マリア様の言う通り 6
ガセボは彼の部屋の窓からは、死角に成る場所に設置されている。四方から、中に座る者を確認できるように成っているが、盗み聞きが出来ないように、ガセボにいる者から、隠れることが出来ないような設計に成っている。これは彼の父親の代に作られた物で、主に内緒話をするための場所だ。
何しろ、屋敷の中には、如何しても使用人の目や耳が有る。外部から、忍び込むような輩もいるから。秘密保持のために、必要な工夫だ。最近は、このガセボで話さなければ成らない案件は、殆ど無かった。その為、このガセボは、余り使われることが無い。実際、この屋敷の中で最も良い場所には、別のガセボがを用意してある。主に妻や娘達との団欒の時に使っている。
今回はこの内緒話用の、ガセボを使うことに成る。其れは、マリア・ド・デニム伯爵令嬢の意向だからだ。
六角形に整えられた、古いガセボには、六人で座って歓談できる椅子が並べられている。日の光を遮ることの出来る屋根と、お茶を頂くことが出来る、丸いテーブルが要されている。流石に、このガセボを使う予定は無かったから、テーブルクロスは用意されていない。今頃、メイド達は慌てているだろう。
食事を終えて、正直腹は減ってはいない。それでも、何も用意すること無く、目上の貴族を置いておくわけにも行かない。相手は子供だ。だからと言って、無碍に扱うと、あとで酷い目に遭いそうな予感がする。
「少しお待ち下さい。暫くすれば、メイド達がご用意できると思います」
予定外の事で、準備が間に合わなかったことを、暗に言葉に載せて言っておく。この子娘が、そう言う大人の事情を理解できるかは、なんとも言えないことだが。それでも、言葉を発しないで、突っ立っているわけにも行かない。
子供が笑うような話題を、仕入れておかなかった事は失敗だった。
マッキントッシュ家のメイドが、一人テーブルクロスを抱えて走ってくるのが見える。その後ろを、ワゴンを押すデニム家の、ベテランメイドが付いてくる。
彼の落差に、なんと言って良いのか判らないほどガッカリしてしまう。一介のメイドですら、その仕草の洗練されていることに、貴族の格の違いを見せつけられた様な気がした。
彼のベテランメイドの様子から、彼女はマルーン王国を名乗っていた頃からの、経験を積んだ一流のメイドなのだろう。貴族としての教育を受けているはずの、侍女よりも洗練されているように見える。
「時間も勿体ないので、これからの予定を話しておきましょうか」
「予定では、今日中に出立して、ナーラダ村へ行くことに成っていましたか」
「そのあたりは、今回のことで、少し変更になりそうです。馬車一台と、その馬車の護衛として、連れてきた小隊を二分して、向かわせることに成りました。私は暫くこの領都に滞在したいと思っております。貴方にはその旨、先ず早めにお伝えしたいと考えまして、このようなことに成りま為たわ」
侍女がガゼボの準備を為ている間、其れを眺めながら、この子娘にこれからの予定を告げられた。この領都に腰を据えて、何かをすることにしたようだ。其れは間違いなく、マッキントッシュ卿に取っては、歓迎できるようなことではない。
此方としては、痛くも無い腹を探られると言うことだからだ。伯爵夫人が来た時は、一緒に夫の道々も在り。其れほど探られるようなことは無かったが、今回はそうはいかないかも知れない。




