なんちゃって探偵 10
深夜の街中での追いかけっこは、意外なほど楽しかった。奴らは結構頑張って、追いかけてきたけれど。あたしら三人の足の速さには付いてこられない。ただ、追いかけてくる連中の怒鳴り声がはた迷惑だと思うだけでね。
彼奴らから逃げ回りながら、なんと言って良いのか。ガッカリする事が一杯あった。街の治安を任されているはずの、自警団ですら顔を出してくる人間が、一人くらいしか居なかったからだ。それに兵隊さんですら顔を見なかった。
これって結構ヤバい事だと思う。見た感じだけど、此所の治安を守る人間が、其れこそいないって事だ。
あたしが知っているのは、お爺ちゃん領主様の頃しか知らないから。これじゃこの街に住んでいる人が困るだろう。兵隊の総入れ替えで、彼らの士気は地に落ちてしまっている。この領都ベレタの街の治安を任されているのは、主に手弁当で動いてくれる街の衆だ。
領都デイロウの自警団なんかは、暴走気味だったけれど。此方の自警団には、街を守っているという意識が全く感じられない。領民と領主様との間に、大きな隙間が出来てしまっている。だから、館と街の間に大きな城壁を作るように成ったんだろう。
これって結構危険な兆候だと思う。政をする人間と、民衆の気持ちが乖離しているって事は、いつ何時暴動が起こるか判らないから。現マッキントッシュ卿は突っ込み処満載の人だな。話して分ってくれれば良いんだけどね。
暫く走っているうちに、追ってきている連中は少しずつ脱落していき。最期には、誰も居なくなった。
あたしが足を止めたのは、マッキントッシュ家の館から、西に一ブロック離れたところだ。子爵子飼いの使用人が、住み込んでいる、アパート群のある区画だ。流石にここまで来ると、道に可笑しな人間が落ちていることも無くて。悪戯書きも殆ど無い。多少は書かれているけれど。その程度だ。
デイロウより治安は悪い。半年前の彼の治安の良さは、一寸期待できないかも知れない。
「では、姫様。宜しく頼みます。俺達が折角苦労して、集めた情報を生かして下さいよ。レイナなんかは、女としての幸せを犠牲に為て集めた情報なんで、少しでも良くなるように為て下さい」
ディックは、にっと笑うと最敬礼を、あたしに向けてくる。この人も、マルーン邦の為に働いているんだな。こう言った人達が集めた、情報を使う立場に、いつの間にか成ってしまって。あたしは恐ろしくなってきてしまう。
こうして、あたし達が無事に生きていることが出来るのも、ああいう人達が死にものぐるいで集めた物の上に立っているって事だ。
踵を返す、ニックは音も立てずに走り去っていく。屋根の上に陣取っていた、弓兵の気配もいつの間にか消えている。もしも、あたし達が逃げ切れなければ、矢に撃たれるような人も出て来てしまったかも知れない。本当に、彼奴らが体力が無くて良かった。
「急いで寝床に戻らないとね。其れと、もう今日に成るのかな。レイには悪いけど、あたしの代わりにあの人達を、ナーラダ村に連れて行ってくれないかしら。あたしも、急いで村長に手紙を書くからさ」
「其れは、お嬢の命令ですか」
「そうだね。宜しく頼むわ」
レイの金色の髪が、暗い背景の中で、酷く浮かんで見えた。本当に宜しく頼むよ王子様。




