脳天気な晩餐 22
少し湿った掌の感触。決して重労働をしないであろう、その柔らかい掌から、この人はいざという時、決して頼りに成らない人だって解る。此れなら、あたしの手の方が堅いかも知れない。
あたしの掌は、決して御令嬢の手とは思えないほど。色々と堅くなっている。その辺り今更何で、こういう所から、正体がばれるかも知れないな。でも、今のマリアの掌は、あたしほどではないけれど。結構堅く逞しくなっている。胸を大きくするために、弓の鍛錬を少しずつ始めているからね。
女は戦う技能を、持たなくても良いんだけれど。その辺り、奥様や侍女さん達の手を見れば、一様に何かを嗜んでいることが解る。この邦の女が強いのか、デニム家の女が強いのか解んないけどね。
その中でも、奥様の掌は結構ごつくなっている。彼の手と比べれば、あたしの手は可愛い物だと思うよ。普段見えないところで、どんな鍛錬してるんだろうね。
綺麗なテーブルクロスがしつらえられている、テーブルの上座の席にエスコートされて、子爵手ずから椅子を引いてくれた。優しげな笑顔を、私に向ける。
私はお礼を口に為ながら、椅子に腰掛ける。そのさいに、少し失敗してしまって。ドレスのスカートを変な風に、挟んで座ってしまった。一寸顔が熱くなる。
普段、こんな良いドレスなんか着ないから、体裁きが上手く出来ないんだ。御嬢様としては恥ずかしい。マリア御免。
マッキントッシュ卿は、一寸表情を動かした程度で、スルーする構えだ。出来れば、笑ってくれた方が有難かったかも知れない。中々しんどい、緊張する晩餐会の始まりだ。
あたしの右後ろには、ジェシカ・ハウスマンさんがそれとなく立って、辺りを見回している。彼女の視線は、メイドさん達の仕事に向けられている。何よりも、可笑しな仕草がないか確認しているのだろう。流石に、此所で私がどうにかなったなら、マッキントッシュ卿にとってはかなり不都合なことになる。だから、可笑しな事には成らないとは思うけど。
それでも、万が一毒の混入があったら、取り返しが付かないから。その辺りのことは、本当に気を付けているんだろうな。毒味役は連れてきているらしいけれど。此所で其れをするわけにも行かないから、厨房の方で確認しているのかな。
処で、毒味役の人は誰なんだろう。あたしは誰が其れを担当しているのか、教えて貰っていない。お礼ぐらいは、言っておきたいんだけれどもね。何しろ、一番危険なお仕事をしてくれているわけだしね。
「ジェシカも一緒に食事を致しましょう。マッキントッシュ卿、宜しいでしょうか」
あたしは右後ろに経ったままでいる、ジェシカ・ハウスマンさんに声を掛ける。此れは予定通りの行動で、その辺りはお互いに織り込み済みの同席となる。彼女も、男爵令嬢でも有るのだから、この晩餐に出席することの出来る立場である。どちらかと言えば、あたしの方が平民でもあるから、この御貴族様達の晩餐に呼ばれるのには、相応しくないかも知れなかった。
「勿論、ハウスマン家のお嬢さんですから。私も是非お近づきになりたい物です」
側に待機していた、侍従なのかな。男性の使用人さんが、すっとあたしの隣の椅子を引いて、ジェシカ・ハウスマンさんが座るのを手伝ってくれた。
気が付けば、このテーブルに着いている人間より、大人数の人達に囲まれてしまっていた。相当気張って、卿の晩餐の用意をしてくれているのが解る。なにより、給仕役のメイドさんの押している、ワゴンの上には、この時期としては中々、見かけない食材が並べられていた。




