脳天気な晩餐 10
「其れではしばしの間、ご休憩いただき。しかる後に、食事をご用意させていただきます。大事なお話は後ほど」
マッキントッシュ卿は、慇懃な挨拶と共に、側に侍るダンディな執事さんに、軽く目配せをしている。かなり焦っているのか、貴族としてはしてはならい失敗をしていた。ぶっちゃ来ると、使用人に命じるタイミングが一寸ばかり早すぎる。焦っているんだろうなー。
あたしはその気持ちが分る気がするから、何も言わずに小さく微笑んでみせる。いわゆる了承したって事だ。
因みに、側で聞いている、ジェシカ・ハウスマンさんの方眉がぴくりと上がった気がした。あとで、彼の対応の悪さについて、あたしに事細かに説明してくるんだろうな。どうやら、彼女は奥様に、あたしに貴族令嬢としての心得を、教えるように命じられているらしかった。
まあ、なんちゃってマリアをするのに、そう言う事を知っておいた方が良いからね。取りあえずそう言うことにしておこうかと思う。
今の処、奥様からは何も言われていないし。建前として、あたしは自分がマリアの姉妹だって事は知らないことに成っているから。だって、父ちゃんからは何も聞かされていないからね。
部屋に残された、あたしとジェシカ・ハウスマンさんはお互いに顔を見合わせて、軽く笑った。お互いに緊張していたことが判って、なんとも言えない気分に成る。
サリーさんは既に、用事を聞きに行ってもらっているから。都合この部屋は二人だけだ。ただ、あたしの地獄耳が、あたし達とは違う人間の息づかいを聞き逃さなかった。
「ねぇ。女だけの部屋を、覗くのがこのお家の流儀なのかしら」
「そんなことは無いでしょう」
あたしはわざと通る声で、ハウスマンさんに話しかける。勿論、此れは何処かの絵画の後ろで、聞き耳を立てている人に対しての抗議だ。まるきりの素人だし。少なくとも、リントンさんの影の人とは比べることも出来ない。もう少し頑張りましょうを差し上げたいと思います。
たぶんこの部屋は、通した人間を監視するための部屋なんだろう。安心して、下手なことを口走れば、困った事に成る。デニム家の御屋敷にも、こう言った仕掛けが在る部屋は幾つか知っている。御屋敷の構造として、壁が結構厚く出来ているから、人一人くらいなら移動できるスペースを作れたりするから。
あっちの御屋敷は、結構面白いくらい秘密の通路があって、其れを探り当てるのが楽しかった。だいたい構造は同じみたいだから。秘密の通路は何処かにあるんだろうな。直ぐ見付けられるもんでも無いから、探しても居られないだろうけれど。
「ジェシカ。此方に来て下さる」
「はい。マリア様」
大変申し訳ないのだけど、ここには彼女しかいないし。あたしに真意を知って貰わなければならないし。此所にボールペンでもあれば、直ぐにでも筆談できるのに。この部屋には筆記用具は何にも用意されていなかった。
立派な応接セットに、使用人用の接待時に使う道具が乗せられた、ワゴンが置かれているだけだ。残念なことに、お湯を入れておくポットの類いは無かった。つまり、お湯がないのでお茶は煎れられない。その辺りも気が利かないな。
国庫まで近付くと、ジェシカ・ハウスマンさんの甘い匂いがしてくる。体調は結構良いみたいだ。この間まで、月の物があったから、血の臭いをさせていたのよね。今は随分楽になって居るみたいで良かった。




