脳天気な食事会
馬車を降りる羽目に成ってしまった、彼の二家族全員が、実に不安そうな表情で、あたしの方を見詰めていた。彼の家族には、申し訳ないのだけれど。あたしが、ナーラダのリコだと教えていない。つまり、此所に居る人間の全てが、知らない人って事に成る。
あたしは、デニム家に仕えるメイドのリコとしか名乗っていなかったし。一緒にナーラダ村に行くのは、マリア・ド・デニム伯爵令嬢としか教えてもいなかった。不安なのは判るのだけれど。今回の遠征の、目的がマリアの、公務って事に成っているから。下手に教えてしまうと、色々と不都合なことがあるかも知れないんですって。(リントン談)
ただ、一番幼い子が実はあたしの事を、ナーラダのリコだって気付いているみたいなんだよね。中々目端の利く子だなとは思う。一応今のあたしは、マリア・ド・デニム伯爵令嬢って言う建前だから。黙っているように口止めしてある。
「ジェシカ。私の側仕え達が不安になっているみたいなの。予定通り御屋敷の側の、ラマの宿亭に案内して上げて。その際に、ナーラダのリコがお願いしていたって言ってくれれば、たぶん面倒見てくれるから」
ラマの宿亭は、あたし達の定宿だ。値段の割に、セキュリティも確りしているし。食い物も結構旨かったりする。あそこの主人は、何よりも信用できる。
訳ありの人達が、泊るのにちょうど良い立地だしね。お祖母ちゃんには、あたしが書いた手紙を渡してあるから、きっと良くしてくれるだろうしね。
勿論、マッキントッシュ卿が用意してくれた、宿でも良いのだけれど。あの人達は、何処からどう見ても怪しく見えるだろうし。絶対に使用人には見えないだろうから。成るべく子爵の関係者には合わせたくない。
奥様の目的は、マリアの対外的な評価の底上げだ。その事を考えるとき、側にあの人達がいるのは、一寸困ることになるかも知れないし。何より、あの人達に余計な気遣いをさせたくも無いしね。
恐らく大丈夫だと思うけど。足取りを残したくないんだ。あれだけの騒ぎの中心人物に、成ってしまった以上。何処から足が付くか判んないしね。ほとぼりが冷めれば、そのうち領都に戻ることも出来るかも知れないけれど。今の処は、一寸危険だからね。
本当は、彼の自警団の有り様を変えることが、一番良い。解散させるか、主要人物を入れ替えるか。其れも簡単では無いのだろう。何より、あの人達の殆どが、真面な教育を受けていないって言うことが問題なんだ。そう言うあたしも、昔は不良をしていて、誰かに誇れるような教育を受けていないんだけど。
こっちに鞍替えしてから、あたしを教育してくれたのは、死んじまった二人しかいない。概ね良いことは、賢者様悪いことはニックの馬鹿野郎から。死んでしまうとは、情けないって言って、復活させられれば良かったんだけど。そう言うゲームでも無かったから。現実って辛いわ。
「はい。畏まりました。取りあえず御屋敷に向かいましょう。彼の方達をご心配になるのは判りますが、それ以上に大切なこともあると思いますよ」
実に侍女らしい語り口で、ジェシカ・ハウスマンさんが言ってきた。本来は彼女こそ、この遠征部隊で最も位の高い人間で、あたしに、上から物が言える立場だし。何なら、命令することも出来る。正式には、貴族としての位は持っていなくても、貴族令嬢には違いないのだから。
「サリー。そう言う訳で、あの方達をラマの宿亭に、案内しなさい」
マッキントッシュ邸から、遣ってきた馬車に、あたしが乗ってきた馬車から、少しだけ荷物を載せ替える作業をしていた、サリーさんに声を掛ける。彼女方が、ジェシカ・ハウスマンさんよりずっと年上でも、サリーさんは平民に過ぎないから、如何したって命じられるままに、物事を遣らなければならない。
あたしがジェシカ・ハウスマンさんと話している間。サリーさんは一生懸命、あたし達が乗ってきた馬車から、最も大事な貨幣を小袋に小分けする作業をしていた。
何しろ、この馬車に乗せていたのは、結構大きなお金だ。この邦の通貨の中で、最も大きな単位となる。大金貨が、相当入っている鉄の箱から、其程重くならないように、小分けして運ぶことにしたからね。




