一寸したトラブル 8
此所にいる主だった人間の視線が痛い。何だか知らないけれど、あたしに視線が集まっている。如何した物だろう。
取りあえずあの子なら如何するか、この辺りジェシカ・ハウスマンさんの提案を聞いたようにして、あたしの思惑も少しだけ混ぜてみよう。マリアならそのまま頷くだけだろうけれどね。なんちゃってマリアにはそのまんまって言うわけにも行かないのよね。
「そうね。暗くなってしまっては、もうどうしようも無いかも知れませんわね。……取りあえず暗くなる前に、屋敷に入らせていただきましょう。荷物はここに置いておく訳にも行かないので、運ばせて貰いましょう。使用人達の馬車の荷物は小分けにして、オーベルジュの隊に運ばせます。アップルの隊は私達の護衛を任せます。それで良いですね」
「ではその様に手配致します」
ジェシカ・ハウスマンさんが、一寸微笑むと略式のコーツイで返事をしてみせる。真先ずは及第点の答えだったかな。お説教は先ず無いだろう。
「では、マッキントッシュ卿。馬車を呼んでいただきたい。私達はその間、この橋の周りを散策したいと思いますので、兵に住民をさがらせるように言いなさい」
あたしの事を、ぽかんとした顔で眺めていた、マッキントッシュ子爵の次の命令を言葉にする。彼は若しかすると、驚いているのかも知れないな。マリアならこう言う言い方を為ないだろうから。
彼女なら、こんなにハッキリとした言葉を吐かない。どちらかと言えば、側にいる侍女か今なら、文官職の人間に発言させる。その方が、マリアっぽいんだろうけれど。此れは減点の対象になるかな。
マッキントッシュ子爵は、深々と頭を下げて、彼の側に立っている物に、住人をさがらせるように命令を出した。彼の言葉に、側に立っていた、恐らくは小隊長なのかも知れないな。背の小さいおっさんが、酷く荒っぽい言葉で手下の連中に、命令を為て居る。結構綺麗なハイトーンボイスだった。
あたしは思わず二度見してしまった。あれで、部下の兵士が言うことを聞くんだろうか。真逆、女じゃ無いよね。黒髪が、標準装備になっている革の帽子から、一寸だけ覗いているだけで、顔はあんまり見られなくなっているんだよね。まるで、モブの兵隊さんの割に、かなり特徴がある。此れで、帽子を脱ぐと、綺麗なお顔が現れるようなら、一寸ビックリだ。
この邦の女は、皆強いんだけれど。真逆小隊長を遣っているなんて事無いよね。見る限り私兵の皆さんは、皆男の人達ばかりだし。
「皆、さがりなさい。デニム家の皆様の邪魔をしないように」
私兵の一人が、野次馬をしている街の衆をさがらせる。その動きは、どことなく緩い感じがする。皆顔見知りで、そう簡単に厳格な顔を見せるわけにも行かないのだろう。実際、野次馬達の好奇な視線は、相変わらずで、少しばかり居心地が悪い気がする。
そして、時間が経つに従って、更に野次馬の数が増えてくる。あんまり娯楽の無い場所だから、こう言うトラブル見物も楽しみの一つになるのかも知れないな。判るけれど、余り騒ぎが大きくなるのは、あんまり宜しくない。
子爵の兵隊さんは、思いの外住民に好かれているみたいだけれど。だからと言って、住民をさがらせるだけで、こんなに苦労する物だろうか。此れって、気に掛けた方が良いことなのかも知れないな。
装備は立派でも、あんまり練度が高くないって頃だから。この間、あたしがサーコートを着込んだときに、出て来てきれたお年寄りの方が頼りに成りそうなのが、困った物である。




