一寸したトラブル 2
アーノルド・マッキントッシュ子爵の、少し慌てたような話し声が、聞こえてくる。
「水門を急いで開け。そして職人に急いで直させろ」
「はい」
マッキントッシュ子爵の命令一下、側に居た兵のうち二人が、蹴飛ばされたように駆け出す。大夫焦っていることが判る。
ふと視線を感じて、後ろを振り返ると、ガイア叔父さんの子供が可愛らしい顔を出して、あたしの事を覗いていた。その視線には、何処か怖がっているように見えた。
思わず手を振ってしまって、彼女に心配ないと心の中で言葉にする。勿論声を掛けて上げたいのだけれど。今のあたしは、マリア・ド・デニム伯爵令嬢って事に成っているから。直接彼女達に声を掛けるわけにも行かない。
何しろ、メイドのサリーさんにすら、人前では侍女のジェシカ・ハウスマンさんを通して出ないとお願いをできなかったからね。熟々面倒なことだと思う。
此れが、側に誰も居なければ、普通に話せる場所として、馬車の中だけはそう言ったルールが生じない空間になっていた。気兼ねなく話ができないって、こんなにもストレスに成るんだね。初めて知ったよ。
あたしが乗っていた馬車は、車列の先頭を走っていたから、領都ベレタの橋の前には直ぐなんだけど。今のあたしの歩みでは、少し掛かってしまう。その時間の間にも、更に街の人達が増えてきていた。城壁の上から、此方を覗いている顔もいくらか見える。
太陽の位置は大夫傾いてきていたから、少しばかり焦んないといけないかも知れない。流石に、このままって言うわけにも行かない。困ったな。
いわばこの領都ベレタが、水害からの復興事業の前線基地の位置づけになる。この街を中心にして、被害に遭った村を見て歩く。其れが表向きの、目的だった。いわばマリア単体でする、初めての公務と言うことに成る。
被害に遭った下流の村は余り大きくは無いからね。これだけの人数を収容する余裕なんか無い。だいたいが、宿なんか無い訳で。あたしと側仕えの人達は村長の家に泊めて貰うとしても、兵隊さん達はそうはいかない。だから、領都ベレタをベースにする計画が立てられているそうだ。
あたしはこの計画に、全く口を挟むこともできなかったから。何がどうなっているのか分かんないんだけど。そう言う事に成っているらしいんだ。
正直、自分達の生活で一杯一杯の人達の処へ。間抜けなお偉いさんが、何のてらいも無く見に来るだけ何て、迷惑以外の何物でも無いからね。何かされていても仕方が無いような気がするな。因みに、あたしは今回のトラブルを、悪意のある事件かも知れないと思っている。如何しても、奥様の一見があってから、皆最悪のことを考えるようになっているんだよね。
あたしが近付いているのに気がついた、アップル叔父さんがとんでもない声量で、あたりの人に道を空けるように命じてくれた。慌てて、アップル叔父さんの処の、兵隊さんが駆けてくる。そのうちの一人は、ちびのチッタだった。
ナーラダのリコに対するふざけた顔じゃ無く。何処の兵士だって、感じのすました表情を作っている。あたしは、少し笑いそうになった。




