一寸したトラブル
レイの堅くゴツゴツした掌に、あたしの手を重ねて、ゆっくりとステップを降りて行く。何故か印象に残ったのは、何故か汗をかいているのか、濡れていたことだ。嫌いな人の手汗では無いから、別に気にもならない。此れが嫌いな人の、手汗だと途端に、触るのも嫌になるのだから、不思議な物だ。
正直今のあたしは、何処から見たって御嬢様の出で立ちだ。この間奥様に作ってていただいた、特注のドレスは着心地も悪くない。何より、一人で着ることも脱ぐこともできるのは、正直有難い。
貴族の淑女が着るドレスの類いは、いわゆる使用人の介助が必要で、動きずらい、構造をしていたから、着ていて取っても疲れるのよね。その点、メイド服は、元々作業服だったから、動きやすいし一人で着替えができるから、お気になのよね。
「マリア様、足下が悪くなっております。気を付けて向かいましょう」
レイの言葉は、何処か白々しく聞こえる。此れが本物の、マリアならいざ知らず。相手が、ナーラダのリコって言うのがね。一寸気の毒な感じがしないでも無い。何しろあたしは、乙女とはとてもじゃないが、口にしたくもないだろうからさ。
ただねー。女の本質は、その見た目と違って、結局ごりごりの現実主義者でもあるから。男達の夢見る気持ちには、申し訳なく思ってしまったりするんだ。
どんなに可愛らしい子であったとしても、当然トイレにも行くし。お腹が空いたら、腹の虫だってがんがん鳴くんだよね。勿論、いい男が側に来れば、顔に汗もかかなくなったりするからね。勿論、不細工が側に寄ってきたら、一寸考えたりもする。結構残酷なことも平気でしてしまう。申し訳ないのだけれど。如何してもね。
女は相当執念深く記憶しているし。怖いところもある生き物だから、その辺り取り扱いに注意して欲しい。ま、こうしてお姫様のように扱われれば、悪い気はしないから、レイは二重丸かな。
流石に隠れ攻略対象。彼はゲームの方では、早々と退場してしまうキャラクターだけれど。全ての攻略対象をクリアしたなら、選択しに出て来るオマケみたいなキャラだけどね。
結構難易度の高いキャラで、彼が死なないルートを見付けるのが、これまた大変だったんだ。レイが、死なないルートに入れば、悪役令嬢マリアの態度が少しだけ優しくなるなんて事が有った。まぁ、ゲームさくらいろのきみに・・・のオマケだからね。彼女の取っても珍しいとろけるような、微笑みのスチルがネットで話題になったっけ。
あたしは頑張って、マリアの足の遅さに近づけながら歩く。こうやってゆっくり歩くのも、意外にしんどかったりする。あたしを守るように、ジェシカ・ハウスマンさんも一定の距離で歩いている。良く見ると、秘密のポケットに右手が入れられている。
余りお行儀の良い態度では無いのだけれど。あれはあたしに対して、誰かが害意を見せたら、懐剣を取り出す構えなんだろう。あたしに対して、そんな心構えでいる必要なんか無いと思う。だって、あたしはなんちゃって何だから。
車列の前方、橋の前にかなりの数の人達が集まっている。其処には、あたしの護衛隊の連中や、子爵の私兵団。それに、明らかに街の住人がいる。ここからでも聞こえる。




