御領主様との邂逅 3
ジェシカ・ハウスマンさんが、レイに合図を送る。文字通り顎で使う仕草だ。さすがはハウスマン男爵の御令嬢だ。こう言う仕草が堂に入っている。
彼女の実家は、領都デイロウの実務を担当している、官僚の家柄で、いわゆる領地を持たない貴族の四女だ。赤毛を短く切りそろえた髪に、頬には所々雀斑が見える。決して美人とは言えない、それでも意外なほど人気者だった。
女伊達らに、剣術を習ってたらしく。下手な男より、剣に関しては強いらしい。因みにこの知識は、傷も癒えてお仕事を再開した、ドリーさんに聞いた事だから、信じてもいいと思っている
そうそう、半年前に、お見合いの話が合ったけれど。相手が弱かったから、ご遠慮いただいたそうである。自分より強くないと、尊敬できないって言うのが理由らしい。そんなことを考えていると、いい男を逃してしまうと思うのだけれど。その辺りどう考えているのだろう。
此所では、メイドも侍女もいい男を捕まえるために、有力な貴族のお家に奉公に上がるのが、この世界の一般的な(?)婚活の方法だから。彼女だって何処かで考えているとは思う。だからと言って、あたしが突いても仕方が無いことだけれどね。
この世界で、女がいっちょ前に生きてゆくのは、取っても大変なんだ。彼の奥様ですら、穀潰しでも結婚しなければならなかった。その現実には、取っても同情してしまうのだけれど。いわゆる前世の世界も、決して女に有利なところではなかったけれど。それでも、自分一人の力で生きて行こうと思えば、十分チャンスが用意されている。
ま、女であるって言うことが強みにも成る世界でも在ったけれどね。その気になれば、身体一つで大きなお金を手にできる世界。簡単に言えば、そう言う覚悟があれば遣っていける。無いなら、無いなりに、遣っていける。女の権利が、其れなりに認められている世界だ。
勿論、こっちでも覚悟さえ有れば、女でも其れなりになれる。でも、此方での覚悟は、あっちとは二桁くらい違う。此所では、女の価値は良い子供を生むことだ。男達に、それ以外期待されていない。此れって結構むかつく事よね。
この世界は、乙女ゲームさくらいろのきみに・・・に、よく似た世界だ。でも、描かれていないことの方が多い世界だ。人権意識なんかは、ずっと低いままだ。それに、恐ろしくリアルで、描くことの出来ないような、汚いことも結構在る世界だ。
あたしが一寸便利な物を提案したからと言って、そう簡単に其れができるなんて事もない。其れが出来たからと言って、簡単にお金に直結なんかしてくれない。それどころか、他人のアイデアで、お金儲けをするような人が、結構多く居る。
乙女ゲームさくらいろのきみに・・・の世界観はそのままに。リアルな現実が此所にはある。何よりも、キラキラしているのは、いわば勝ち組だけが居る場所だけの話しでしかない。転生することが、そんなに良いことでも無いんだよね。
馬車の扉が、開かれて、レイの奴が恭しくあたし達を覗き込んでくる。彼は少し微笑みながら、最初にジェシカ・ハウスマンさんを促すように、頭を垂れた。その仕草は、一寸見応えの有る物だった。まるで、何処かの騎士様を思わせる仕草。堂々として、それでいて繊細な指の動きがなまめかしい。
この馬車を降りるのにも、それぞれ順番が決められている。先ず始めに、侍女のジェシカ・ハウスマンさんが降り立ち。馬車の外の安全を確認してから、メイドのサリーさんが降りる。あたしは最期に降車することが決められていた。
此れまでも、そうやって要りる事が決められていたから、そう言う物だと思っていたのだけれど。此れ一つ取っても、貴族の決まりは難しいと思う。
今回のエスコート役は、レイだったのだけれど。此れまでは、アップル叔父さんがエスコートしてくれた。この護衛隊の責任者には、あたし達をエスコートするよりも、大事なお仕事があるのだろう。




