御領主様との邂逅
「全体止まれ」
野太い男の声があたりに木霊する。この二小隊を統括する立場にいる、ジム・アップルの声だ。彼がチッタの隊の小隊長である。因みにこの車列の護衛隊には、もう一人小隊長が居る。彼はこの旅の始まりに、いわゆるじゃんけんをして負けたから、副隊長の任に付いている。
あたしは、あれは其奴が後出しして、わざと負けたって事を知っている。実は結構狡い性格をしている人物だ。責任は成るべく取らないように立ち回っているんだろう。
確かマルーン邦は、王国の守りの要になっていたはずなのに。こんな適当なことでいいんだろうか。一寸、あたしは心配に成ってしまう。
馬車のスピードが徐々に落とされ、ゆっくりと全体が止まってゆく。これだけの人数の移動だから、急には止まれないからね。何しろこの馬車には、それほど良いブレーキが付いているわけでも無いから。上手く馬を捌かなければならない。
後出し叔父さんの名前は、オーウエンス・オーベルジュ。やせすぎじゃ無いかって思うほど、身体を絞り込んでいる叔父さんで、普段は馬の調教をしている。基本的には、輜重隊を任務としている隊長さんだ。
最近では、あんまり荒事も無いもんで、主に馬車を必要とするような、お仕事に良く駆出されるらしい。皆からは、曉の運び屋って呼ばれている。
全体の指揮を任されているのが、アップル叔父さん事ジム・アップルだ。この人の隊は、護衛任務を良く任される部隊だ。全員がショートソードに、盾持ちなんで、防御特化型って言えるかもしんない。
兜を取ればいい男って言えないこともないかな。髪は短く切りそろえていて、鼻の下にちょび髭を生やしている。余り髭は濃くならない体質らしく。そんなことなら、剃ってしまった方が素敵だと、あたしとしてはアドバイスしたいと思っている。体型は、いわゆる兵隊としては普通かな。
あたしが窓から顔を出そうとしたら、ジェシカ・ハウスマンさんが其れを止めてくる。令嬢が軽々に顔を出すのは、余り推奨されないらしい。
「迎えの隊が来ているのですか」
私の代わりに、彼女が窓から顔を出して、側を歩いているレイに声を掛けた。
あたしの方が顔を出した方が、簡単なのにな。だって、あたしは前を向いて座っているから、簡単に視線が先の方まで通るからね。それに、下手な兵隊さんより、あたしの方が目が良いしね。
「どうやら、子爵の私兵達が来ているようです。ここからは、彼らも護衛に付いてくれるのでしょう」
「それはごくろうなことですわ」
「そうですね」
レイの表情を見る限り。あんまり歓迎されても居ない気がする。若しかすると、マッキントッシュ子爵はあんまりあたしの事を良く思っていないのかも知れない。別にいいんだけどさぁ。
未だ街から結構離れている。ここからは、御屋敷と街の全景を見ることは出来るけれど。一寸離れすぎているから、ここまでお迎えが来ることは無かったはずである。何しろ、この辺りは街道沿いだから、そんなに危険な賊が出ることも、大型肉食獣が出ることないからね。
出もさ。あたしなんかは、普通に単なる餓鬼なんだよ。其れが来たからって、旨く挨拶をして、旨い物でもあてがっていれば、何の問題にもならないよね。
まぁ。此れまでの調査を見る限り。あんまり良い領主様でもないみたいだけれどね。
今の処、不正を働いている証拠もないし。ただ、リントンさんの様子から、一寸臭う物があるみたいだけれどもね。そう言えば、あたしの所も、この領主様の、支配下にあるんだよね。如何なんだろうな。
あたしは結構長いこと、村長の手伝いを為ていたけれど。一度もマッキントッシュ子爵なんて人に会ったことが無かったな。




