奥様からの提案 5
あたしの悪巧みを、誰がチクったんだろう。考えることも無い、マリアの奴が奥様に言いつけたに違いない。そうで無ければ、書類について気付かれるわけが無いのだから。マリアのことを信じたのは失敗だったって事かな。
しかし、奥様は別に怒っている様子でもない。その上品な顔の中に、何処か面白がっている雰囲気が漂っている。なんだかんだ言っても、一国を納めている人だ。何処か、あたしとは違う感覚の持ち主なのだろう。
この人だって、いわゆる政治家って立場の人には違いないから。額面通りに話すことを聞いていたら、きっと酷い目に遭うことになる。あたしのイメージだけれど、政治家は嘘をついてなんぼって気がしているしね。
直接政治を司る人を知っているわけではないんだけど。ほら、テレビを見ているとあんまり本当のことを言っている人がいないイメージがあるじゃ無い。
あんまり政治に対して、興味なんか有ったわけでも無いけれど。高校中退の不良少女にとっては、金回りの良さそうなオッちゃんとしか見ることが出来なかったんだよね。
せいぜい地方の議員さん位しか、身近に感じられなかった。友達の中には、一寸秘密のお付合いを為て居るような子も居たけれどねー。因みに、その子は行けない注射もしていたもんだから、お金が回らなくなって、居なく成っちゃった。生きていると良いなって思っているよ。
あたしなんか、死んじまったから。あの子よりましとも言えないね。
奥様の提案は、あたしに取って有りがたい物だ。結局課題は達成できなかったにも拘わらず。ほぼあたしのお願いを聞いてくれているわけだからね。あんまり旨い話しすぎて、結構怖い気がしているんだけど。断る理由は何処にも無いからね。
「ありがとう御座います。私としては、大変有難いことです」
あたしは座ったままで、奥様にお礼の言葉を紡ぎながら、深々と頭を下げる。内心は、一寸別の言葉を口にしたい。それを言い出すと、かなり不味そうだから、空気を読んで言葉を飲み込む。
彼の危ない集団を、どうにかして貰いたい。出ないと、此れからもっと酷いことに成るかも知れないから。
自警団を放っておくのにも、訳があるんだ。彼の集団も、意外だけれど領都の治安維持に貢献しているらしいんだ。其れも、いわばボランティア的な小さなお金で動いてくれている。
正直、治安維持活動にだって、木賃とした技能が必要で。そう言った能力を、街の若い衆に付けさせるのには、かなりの資金と労力が必要に成る。当然の事なんだけれど、個人に街の治安を維持しているのだって言う自覚と、矜持を持たせるのには、其れなりに教育が必要に成るって賢者様が言っていたっけ。
其れがないから、頭目になる人間の言いなりになってしまう。その頭目が、善良で目端の利く人間なら、何の問題にもならないけれど。命令を出す人間が、駄目な奴だと困った事に成る。何より、最近の若い衆には、邦に対する誇りを持たせることが、出来なくなっていた。心の中に、酷く重たい不満を抱えて、悪を成敗する正義があると思えば、彼らは何処まででも残酷になることが出来る。何より集団って怖いもんなんだ。
個人的には、いい人でも集団の中に入っちまうと、他者を害することに躊躇しない行動を取っちまう見たいだからね。実は、あたしもそんな集団の、一員だった過去があるんで、あんまり声高に言えないのよね。




