奥様からの提案 4
馬車の中にまで、簡単な煮込み料理の良い匂いが、入り込んでくる。馬車の中で、座っているだけとは言え、お腹がすいてくるのは変わらない。料理の味付けは、恐らく胡椒と塩のみのシンプルな物に成る。この辺りは仕方が無い。いくらマルーン邦の支配者とはいえ、旅程のさなかでの食事に贅沢は出来ないからね。
それでも、使われている食材は平民には手が出ないような、一級品の物を使ってはいる。肉は牛の肉を燻製にした物で、結構手間暇が掛けられている。此奴は単なる干し肉と違って、塩気が強すぎるわけでもなく。そのままでも食えるんじゃないかって位の出来栄えだ。一寸炙って、少しだけ焦げ目が付いたくらいの奴は最高だと思うんだけど。
この辺りの貴族の趣味なのか、あれを鍋に入れてしまうんだよね。勿論、何故か態々折角旨味が出たのに、そのだし汁を捨ててしまい。改めて、ハーブと煮るなんて無駄な事をする。
因みに、あたしは父ちゃんと暮らしているときには、手に入れた肉から出た、旨味は絶対に逃さない。せいぜいが灰汁を取って、塩で味付けをする程度だけれど。彼の鍋料理よりは旨いよ。
あたしは奥様の口元を見詰めながら、奥様の提案について、食い気の方を頭から押し出しながら考える。食欲の方が先に立って、食事を専攻しがちになっているんだよね。お腹すいたな。
「奥様、其れはどういう事でしょうか」
あたしは試験にパスしていない。其れなのに、ナーラダ村へあの人達を、連れて行く事を許してくれるなんて。思ってもいなかった言葉だ。そりゃ、メイドとしては半人前だし、若しかすると仕事を増やしているだけなのかも知れないけれど。
藪蛇に成るかも知れないのだけれど、あたしは尋ねずにいられなかった。
「私が出した課題を達成できませんでした。そう言う意味では、貴女は満足できる結果を出せませんでした。だからと言って、民の命を蔑ろにして良い物でもありません。今の貴女は、何か良からぬ事を考えているように見えます」
「何も考えておりません」
「そうですか。公文書偽造と、その行使はかなり罪が重いですよ」
と、栗色の瞳にキツい光を称えて、奥様が言った。
あたしの悪事がモロバレになっている。それでも、公文書は作ったけれど。未だにあたしの部屋の隠し場所に置かれているから、使ったわけでも無いし。作っただけっだし、その書類のサインはマリア本人が書いた物だ。厳密には、偽造された物とは言いがたいと思うんだけど。此れが、奥様のサインの入った物なら、偽造になるだろうけれど。
実は準備はしたのだけれど、見落としがあったのよね。其れは、あれだけの人間が移動するためには、相当のお金が必要だって事。あたしの稼ぎじゃとてもじゃないけど、出すことなんか出来ない。流石に、マリアに頼むわけにも行かなかったから。
奥様にお話ししたんだ。其れで、こう言う遠征に連れ出されることになった。課題はなんちゃってマリアとして、重要な地位にいるディーン・デニム子爵に見破られることなく、なんちゃってマリアをし続けること。その試験にパスしたら、彼の家族が移住できるように、援助してくれるようにお願いしたんだ。
あたしは影武者試験と理解した。悪役令嬢マリアの事を、見破れなかったんだから、楽勝だと思っていたんだけれど。思惑通りには行かないもんだね。




