奥様からの提案 2
アリス・ド・デニム伯爵夫人は、目の前の娘に対して、会心の笑顔を向けて言葉を紡ぐ。元々この催しは、弟に自分のもう一人の娘を紹介する事が主な目的だった。そう、始めから嘘が紛れ込んでいたのである。
だいたい、自分の弟は良くマリアと遊んでくれていた。当然のことながら、ナーラダのリコに気付かないはずが無いのである。例えそっくりとは言え、マリアとナーラダのリコの間には、決定的な違いがある。服を着ていると判りにくいとはいえ、肉付きが決定的に違うのだから。
実際手紙で、マリアの振りをしたナーラダのリコを連れて行くと告げているのだから。最初から試験にすら成らないことだ。それでも、マリアとふれあうことの少なかった、使用人達の反応は上々で、彼女は思惑通りに物事が進んでいる事に満足の笑みを浮かべてしまう。
彼の頭の固い、弟をどう説得するか、其れだけは気がかりではあるけれど。彼女には勝算があった。昔から、なんだかんだ言いながら、この弟は話しを判ってくれていたから。其れを当てにしてしまう、アリス・ド・デニム伯爵夫人であった。
こうして、ナーラダのリコを最も頼みにしている、血の繋がった弟に紹介することが出来た。孰れ彼も自分の姪の存在を受け入れてくれるだろう。そうなれば、少しずつでも、ナーラダのリコを取り込んで、本当に母親と呼ばれるようになりたい。
奥様呼びではなく。母と呼ばれるようになりたいのだ。
一度は諦めた、双子の片割れが戻ってきてくれたのである。今はその事を、ナーラダのリコに話すわけにはいかない。知られたら、若しかするとメイドですら、辞めてしまうかも知れない。何よりも、あの歳で生活力は恐ろしいほどあるのだから。
ナーラダ村のナーラダのリコの評価は信じられないほど高くなっていた。あそこの村長は、彼女の事務能力や画期的な人糞処理による、土壌対策により。小麦の生産量が高く、既に水害以前の状態に戻っていた。
其れだけではない。水害により、決壊してしまった運河の堤防の応急処置の工夫も大した物だと思っている。何より、水害を受けた村の殆どが、未だに復興できずにいたのだから。
「どうせ、貴女は無理遣りにでも、何とかするでしょう。私なら、其れこそ跳びだして行ってしまうでしょうから。それなら、貴女にはマリアの評価を積み上げるのに、協力して貰った方が良い物ね」
「え。」
アリス・ド・デニム伯爵夫人は、本当ならナーラダのリコをあんな遠くに行かせたくは無い。側に置いておきたい。何しろ、産んでから全く会うことも話すことも出来なかったのだから。
そして、マリアの影武者というのは上手いこと言ったと思う。自分の望み通りに、母上と呼ばれるのだから。今は赤の他人として、接しなければならないけれど。
自分の子供を失った、悲しみが少しずつ取り戻されているような気がして、一寸嬉しい物だった。それでも、対外的なことや、自分の気性のことを考えると、自分の意志では無いとは言え。捨てた母親を許してくれるか、不安でしょうがなかったから。取りあえず、ナーラダのリコが彼女を好きになるように、付き合っていこうと思っている。




