夢の印税生活
「くそ……あのFラン大学卒の低脳店長め……こちとら、国立大卒なんだぞ……」
今日俺は、通算13個目の働き先を辞めて来た。大学卒業とともに内定を貰っていた会社に入社したまでは良かったが、上司の馬鹿さ加減がどうしても許せなくて、すぐに辞めてしまった。
その後も、国立大卒と言う学歴を多少の武器に、色々な会社に就職してみたものの、どうしても、自分よりランクの落ちる大学卒の奴等や低学歴の奴等が、自分より数段劣って見えてしまう。いや……間違いなく確実に劣っているだろう。俺にやらせて見たら、もっと効率良く、もっと利益を出してやれるのに、経験だの、就労年数だの、下らない事を理由に俺の邪魔ばかりしやがって。
「あ~あくそ、世の中の奴等は、俺の有能さにまったく気付かない馬鹿ばっかだな……」
昼下がりの、某大手ハンバーガーショップのテーブルに着き、ポテトを摘まみながらボヤきながら、暇潰しを兼ねて、素人が書いた小説を好きに投稿出来るサイトを流し読みしている。
「へ~また書籍化された小説があるのか、ちょっと読んでみるかな」
読んだ事の無いタイトルの小説に、誰かの書いた新着レビューが書かれてあり、そのレビューのタイトルが【祝☆書籍化】となっていた。
レビューからその小説のリンクを辿り、書籍化された小説を読み耽る事、数十分……。
「な……なんなんだ……この設定ザルで、ご都合主義すぎる作品は……こんな【ぼくがかんがえたさいきょーのしょーせつ】レベルの、小学生ぐらいしか読まないような物が、本当に書籍化されたのか?」
「こんな、女と一切の関わりを持たずに生きて来た童貞が夢見てるような展開の作品が書籍化されるのか……いや……童貞の希望的展開だからこそ、売れるのか?こんな駄作でも、童貞どもが喜んで買って、作者に印税が入るのか……こんなレベルの作品でよければ、いくらでも書けるぞ」
その時俺に天恵が降りてきた。
「これだ!童貞どもが、いかにも喜びそうな、有り得ない展開の作品を俺も書いて投稿して、書籍化させて印税で暮らせば、嫌な思いして働く必要は無くなる」
その後、俺は自分の部屋へと帰り、投稿サイトに投稿された数万作品の中から、童貞どもがいかにも喜びそうな【チート】【奴隷】【ハーレム】【書籍化】のタグで検索して、該当作品を読み漁った。
「なるほど……実世界では、キモくてネクラでモテず、女と話した事も無いような童貞が、異世界に転生して、都合良くチートを貰い、奴隷を買い女冒険者や、敵の女どもにホレられハーレムを作る訳か……」
俺が読んだ書籍化されてる作品の大半が、このような展開の作品が多かった。
「ふっ……楽勝だな……これで俺も夢の印税生活が始まる!」
その後俺の書いた作品は、狙い通りに童貞どもにウケ、着実にブックマーク数を増やし、評価も受け、感想も書かれる作品へと成長したが、ランキングの上位に載るような勢いは無かった。
「う~ん……童貞どもがいかにも喜びそうな、奴隷もケモミミもエロフも美少女もハーレムに加え、俺ツエー俺スゲー作品にしたのだが、イマイチ評価ポイントが伸びないな………………そうだ!良い事思い付いた、やっぱ俺ってそこらのボンクラと違って頭良いわ」
俺が思い付いた書籍化される為の作戦は、他人のフリして自分の作品に高評価を付ける。事だ。俺が思い付いた作戦なだけあり、順調に評価ポイントも上がり、それに伴いランキング上位にも載るようになると、どんどん評価もブックマークも増えて行った。
1度、波にさえ乗れば後は、簡単だった。
俺の書く、童貞やオタクどもが夢に見る、実社会で普段味わう事等、出来ない女から無条件で言い寄られ、他の男達を相手に無双する話を、ただただ繰り返すと言う簡単な作業を、繰り返すだけで良かった。
俺の書く、童貞どもにとって理想とも言える作品は、常にランキングの上位に載り、それだけまだ俺のこの、素晴らしい作品を読んでいない童貞どもを呼び込む、呼び水となり、レビューも書かれ、どんどんとポイントを増やして行った。
俺の目的である、労せず金を得ると言う現実が叶うまで、後少しだ。
「しかし……童貞どもは、こんな有り得ない展開に自分を重ねて喜んでいる内は、女にモテる事など無いと言う当たり前の事すら、気付かないから童貞なんだ、そんな事も解らんのだな……」
そしてある日……
いつものように、大量に届く、童貞どもからの絶賛の感想に目を通し、印税生活の為。と割りきり、気持ちの悪い、自分達の妄想全開な感想に対し、奴等の喜びそうな感想返しに、一段落が付いた時。作品の感想欄では無く、俺個人へのメッセージが来ている事に気付いた。
そのメッセージの送り主の名前は。
「○△出版社 編集部 □○△」
と名乗っていた。内容を読むに、俺の書いた、童貞どもの理想の作品を読み、書籍として発売して、もっと沢山の読者に向け、この素晴らしい作品を広めてみませんか?そう書いてあった。
俺は聞いた事すら無いような、出版社の名前に、少しだけ疑いを持ったが、昨今、ラノベブームに便乗して、俺の目論見と同じように、童貞やオタクどもを、ターゲットにして、楽に儲けようと考える聞いた事無いような出版元が増えている。
ついに来た!俺の計画通りに。
俺は、当然のように、この話に飛び付いた。そして、メッセージでのやり取りを何度か重ねた後に、実際に会って、話を煮詰める事となったのだが、出版元があるのは、俺の暮らす街からは、新幹線等を使わないと行けない場所にあった。俺は当然、向こうが俺の作品を使い、出版して利益をあげようとしている事から、向こうの方が、俺の地元まで来るのが、当たり前と考えていたのだが、向こうが言うには、俺にコチラまで足を運べと言う、正気を疑うような内容であった。
俺は当然のように、出版社に対して文句を言ってやった。
奴等は、即座に謝罪をしてきたのだが、本にした時のイラストを書くイラストレーターとの顔合わせもある為に、来てくれるようにお願いをしてきた。まぁ……そのような理由があるのなら、行く事も、やぶさかでは無いと思い、俺は、ただでさえ少ない貯金の中から、交通費を捻出して、出版社に向かう事にした。
「な~に、実際に書籍になり売り出せば、こんな交通費なんか、印税で直ぐに取り戻せるさ」
出版社で、イラストレーターを名乗る奴とも会い、実際に俺の書いた作品を本にした時に載せる、俺の作品のキャラクターをモチーフとしたイラストを数点、見せて貰った。見せて貰ったのだが……
率直な感想としては、昨今のラノベのイラスト同様に。
【誰が書いても同じような顔、同じような姿、童貞どもがいかにも喜びそうな、少しエロチックな服を着た、イラストレーターとしての個性が全く無い、どこかで見た事のあるような、イラスト】
そんな感想しか持たなかったが、だからこそ、童貞どもが喜ぶのだろう。そう思い、社交辞令として、イラストをホメてやった。
その後色々と話を交わして、実際に俺の作品を書籍として発売する事が決まったのだが。出版元は、昨今のラノベブームに便乗して楽して儲ける気マンマンだったようで、俺に。
「今回の出版は、自主出版と言う形での出版にして欲しい」
そう言ってきた。俺には、自分の金で出版するような資金が無い事とリスクを考え、1度は断ろうとしたのだが。編集者が、いかに俺の作品が素晴らしいのか。この作品を世の中に出さない事は罪である。等と言ってきた。
コイツは、俺の持つ才能を、きちんと理解している奴だと思った俺は、俺の才能の素晴らしさを理解しているコイツの為にも、出版社の出す条件を飲む事にした。今回だけは自主出版ではあるが、俺の才能を持ってすれば、直ぐに増版になり、次に書く作品もバカ売れする事は、間違いないだろう。そのように、この出版社にとって俺の価値を知らしめてやれば良いだけの事だ。
そして、○月○日、俺の書いた童貞どもの夢が詰まった作品は、本と言う形ある物として、この世の中に誕生した。
本は、全くと言っていいほどに売れる事が無かった……
もちろん、俺の思い描いた、夢の印税生活がやって来る事も無かった……
俺に残されたのは、在庫となってしまった大量の本と、自主出版に掛かった、800万と言う借金だけだった……
当然、俺は出版社に対して文句を言ったのだが、マトモに取り合って貰える事は無かった。
詐偽として訴訟も辞さない事を伝えてみたのだが……
実際に本は印刷され、その出版社名義で販売もされている事から、詐偽には該当しない。と言う弁護士からの言葉だけであった……
現在俺は、自主出版に掛かった借金の返済の為に、近所のコンビニで、先にバイトとして働いていた、高校生に仕事を教わりながら、バイト漬けの生活を送っている……
あくまでも【フィクション】として書いております。
まぁ……現実にこのような詐偽紛いの事があるのかは、不明ですが。甘い言葉には、何か裏や思惑があるかも知れない。
そんな警鐘を鳴らす事のほんの些細な助けにでもなれば、書いた意味もあるのかも知れないです。