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アイがかけあわされる日

作者: たれねこ

 キーンコーンカーンコーン。

 チャイムが学校に鳴り響き、校内はにわかににぎやかさを取り戻す。

 私のクラスでもそれは同様で、数学の先生の「じゃあ、授業はここまで」という合図で生徒が解放されていく。

 雑談に椅子を引く音や、机を合わせる音、学食に行こうと相談する声が混じり合い、活気にあふれかえる。

 そんな騒がしさを横に私は一人机に突っ伏してダウナーな気分になっていた。

「ミスズー! ご飯食べよっ!」

 弁当を片手にテンション高くいつものようにカナが後ろから抱き着いてくる。それにリアクションを取る気力もなく、頭をゆっくりと動かすだけで反応しているということにする。

「ミスズー。なんか元気ない」

「あんた元気すぎなのよ、カナ」

 カナはそうかな、と笑っている。

「カナが元気なのはいつものことだけど、ミスズ、今日の休憩時間ずっとそんな感じだったじゃない。調子悪いの?」

 前の席に座っているいつも一緒にいるもう一人の友人のサヤが椅子を回転させて座り直しながら話に入ってくる。

「大丈夫。私は健康よ、サヤ」

 私はゆっくりと頭を起こす。二人は心配そうに顔を覗き込みながら弁当を机の上に広げる。その匂いだけで私のお腹は、「ぐぅー」と情けない音を鳴らすのだった。

「ミスズー、お腹すいているの?」

「ミスズもご飯食べなよ。食べないと午後の授業持たないよ」

 私は二人の顔を恨めしそうに見つめる。二人は私に見つめられて、箸を止め、何事かと見つめ返してくる。

「あ、分かったー! ミスズー、お弁当忘れたんでしょう。よかったら私のわけてあげるよ?」

「違うわよ、カナ。あんたじゃあるまいし」

 私はそう言うと、机にかけている鞄からコンビニで買ってきた昼ご飯の入った袋を取り出した。そして、中身を机に置く。


 寒天ゼリーと黒ウーロン茶。


「ああ、そういうこと。ミスズ、ダイエット始めたのね」

「そうよ。週末からちょっとね。もう野菜と寒天しか食べてないよ。やっぱちょっときついかも」

「じゃあ、ミスズー。私のお弁当の卵焼き食べなよ。おいしいよ」

 カナが的外れな発言をし、サヤは呆れてずれかけた眼鏡を直す。

「それ食べたら、ダイエットにならないじゃない、カナ!」

「ええー。じゃあ、仕方ない。今日のメインの豆腐ハンバーグの方がいい?」

「そういう話じゃない!」

 カナの額を指で軽く弾く。「あたっ!」とカナは情けない声をあげる。しかし、カナに悪気がないのも私の体調を心配して言ってくれるのも分かってるから、内心は嬉しい気持ちも溢れている。が、それとは別にやはりカナだけでなく、私とカナの様子を見ながら笑顔を浮かべるサヤも含めて二人が恨めしい。

 それは美味しそうに食事制限なくご飯を食べているからだけではない。

 カナは大食漢でご飯をよく食べるし、買い食いもすれば間食も取っている。だけど、太りにくい体質なうえに運動部でバリバリ活動しているので、むしろ体重が落ちすぎて悩んでいるとか抜かしている。

 サヤもサヤだ。サヤは優等生の文系少女という言葉が似合う色白で細身で、元々食が細いため太るということやダイエットということとは無縁な生活をしているそうで。

「二人とも、私の辛さなんてきっとわからないんだ」

 私がふとそう溢すと、二人の視線は集まる。

「ミスズ。ダイエットするにしてもバランス考えないとだめよ? 肌荒れとか起こすって聞いたよ」

「心配ありがとう。そのへんはサプリ飲んでるか大丈夫よ」

「サプリって、飲んでも体内にはさほど吸収されないらしいわよ?」

「サヤ……今、そういうトリビアいらないから」

「はいはーい! オリンピックの金メダルってほとんど銀でできてるって知ってた?」

「知らないけど、今はそんなこトリビアはもっといらない」

 私とサヤはカナに冷たい視線を向ける。カナは雑学を披露したのに食いつきが悪かったことにダメージを受け、「だって……」と言いながら、不貞腐れ気味に弁当に入っているブロッコリーをむしゃむしゃと口に詰め込む。

「ごめんって、カナ」

 私が謝り、サヤが「カナはえらいえらい」と、頭を撫でるとカナは機嫌をよくしたのか、えへへーっと頬をだらしなく緩ませる。

「それで、ミスズ。ダイエットって何かあったの? 見た感じ体型とかは悪いほうに変わったようには思えないんだけど」

「いや、えっとね……それは……」

 私がお腹をさすりながら答えあぐねていると、

「デートでしょ? ミスズー」

 と、時々鋭すぎる勘を発揮するカナが笑顔で呟く。一発でそこを指摘されたら仕方がないと、普段からあまり隠し事をしない二人に、「そうよ」と、意識してない風を装いながら答える。

「で、相手は誰?」

「隣のクラスの清水君」

「ああー、前にミスズがちょっといいかもって言ってた人かー。よかったね、ミスズー」

 カナは自分のことのように嬉しそうな表情を浮かべる。サヤもクールに頷きながらも口角が少し上がっているので、歓迎というか祝福はしてくれているようだ。

「でもさ、ミスズー。それでなんでダイエット?」

「ああ、それは週末にスパの屋内プールに誘われてて……」

「それで、少しでもよく見せたくて追い込みのダイエットしてたわけね」

 二人は同時に小さなため息をつく。

「えっ、なに? そのリアクション?」

「ミスズ、あんたのその努力だとかは素直に尊敬するけど、それで無理して体調崩したり、デート中にお腹鳴ったりしたらどうするの? それにさっきも言ったけど、肌荒れたらどうするの? 普段からミスズはスキンケアとか怠らずに綺麗な肌してるのに」

 私がサヤの指摘に何も返せずにいると、いつの間にか後ろに回ったカナに抱きしめられて、

「ミスズー。ミスズはかわいいよー。肌はすべすべだし、化粧薄いのに美人さんだし、私は好きだよー」

 と、むぎゅうとされながら言われる。私はカナの腕をポンポンと叩きながら、

「ありがとう。体型は気にするけど無理なダイエットは止めるわ」

 と、二人に告げる。

「でも、ミスズがデートで上手くいったら、こうやってミスズに好きって愛情表現できなくなるのかな? 清水君の恋敵になってミスズを奪い合って、私の愛もこっそりかけ合わせてやろうかな」

 カナが意味の分からないことを言い出す。まだ消されてない黒板がふと目に入り、カナの方に体重をかけながら、

「あんたのアイが掛け合わされたら、アイが二つになってマイナスになるじゃない」

 と、冗談っぽく返す。サヤはすぐに何を言ったか気付いたようで、

「ミスズ、うまいこと言うわね」

 と、口元を抑えながらクスクス笑う。状況を飲み込めないカナは、

「なにさー? じゃあ、サーヤの愛も掛け合わせて三つならどうだ!」

 と、投げやりに数を増やしてくる。

「それだと、マイナスアイになってしまうわ」

「変わってないじゃん、ミスズー」

 頬を膨らませるカナをよそに私とサヤは顔を見合わせて笑う。

「じゃあ、いっそ全員まとめて愛四つならどうだ!」

「ああ、それだとアイはなくなるけどプラスにはなるわね」

 冷静にサヤが呟いて、私とサヤは声を出して笑う。まだ事情を飲み込めないカナは、

「二人してなにさー?」

「カナ、さっきの授業聞いてなかったでしょ?」

 サヤがツッコミを入れて、さらに続ける。

「カナ、さっきの授業何をやった? まだ黒板に残ってるでしょう?」

 カナは視線を黒板に向け、

「ああ、なるほど。さっきのアイがどうとかは複素数のことか」

 と、納得の声をあげる。

「ねえ、ミスズ」

「なに? サヤ?」

「複素数って、別の言い方では『虚ろな数』と書いて虚数という呼び方があるのよ」

「それで?」

「で、虚数ってのは現実には存在しない数で数学者の間で長年疎まれ役に立たないと言われたのよ。複素数で愛を例えたんだから、ミスズの恋愛もそういう風にならないといいわね」

「そういうこと言う? デートを控えた私にさ」

 サヤが悪戯っぽい表情を浮かべている。冗談にしてもタイミングが悪い。とはいっても、きっかけは私だったわけで、強く反論はできない。

「でも、まあ、虚数の存在は認知されてからは不可欠なものになるわけだし、安心して。それに、アイのアイ乗は実数になるから」

「そういうトリビア的なのいる? てか、そろそろ止めないと、カナが情報過多で目を回しかけてるよ」

 カナの方に目をやり、戻した視線がサヤと合い、そのまま目を見合わせて再度笑う。

「わかったよ。ミスズー、サーヤ」

 カナは混乱した頭から一つの答えにたどり着いたようだ。

「とにかくさ、アイとか愛とかわかんないけど、四つでプラスなら清水君含めて四人でデートすればいいんだ!」

「どうしてそうなる!」

 私が呆れかえる横で、サヤはお腹を抱えて笑う。



 こうして楽しくも賑やかで愛おしい昼休みが今日も過ぎていく。

 過ぎてみればなんてことないことでも、いつの日かは今日のことも忘れてしまい、存在すらも怪しい出来事になっているのかもしれない。

 それはまるで虚数のようで――。

 しかし、虚数はかけ合わせれば実数にもなるのだから、誰かと思い出を重ね、かけ合わせればまた存在することになるのだろう。

 今の私には振り返った今を後悔しないように、この時間を目一杯アイする人たち過ごしていく。

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