表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/2

小鳥遊育人

末永くお願いします。


ピリリリ、ピリリリ。

電子音の目覚ましが鳴っている。

俺の脳みそを震わす頭上の無機物。

「……っは!」

胃からせり上がる突然の吐き気と共に目覚め、俺は咄嗟に起き上がるとトイレに駆け込んだ。

「ゲホッ、ゴボッ、ゲエッ……」

耳がキーンとする。

吐き気はしばらく続いた。

5分後、隣の洗面台で口をすすぎ落ち着きを取り戻す。

鏡を見る。見覚えのある顔立ちだが、そこに映っているのは昔の俺を綺麗にしたような顔だった。

俺であり、俺じゃない!?

そこで俺は、ここが前の世界とは別の、「貴方だけの世界にようこそ!」の世界だと悟る。

「そうだ、俺は……」

前の世界を捨て、こっちの世界を選んだんだ……。

一瞬、母の顔が脳裏をよぎり、唯一の心残りに胸が苦しくなった。

母は今頃、俺の書き置きに気付いてくれているだろうか……。

「もう戻れないんだ……」

そう、もう戻れない。俺が決めたことだ。

不意に目の端から流れた涙を拭うと、俺は蛇口を捻り勢いよく顔を洗った。

そして前とは違う洋風な造りの屋内を見て回り、外に出て表札を確認した。


小鳥遊


「俺の新しい苗字……ことり、あそ……?」

どうやら俺の新しい苗字は少々変わっているようだ。

「まあいいか……」

使っていれば、その内愛着が湧くだろう……。

俺は自分の部屋へと戻り、掛けてあった緑色の制服を手に取った。

「緑黄学園……」

俺の通う学校か……。

俺はギャルゲーをしていた頃の記憶を思い出しながら、制服に着替えた。

「んん……?」

思い出せん……。

ギャルゲーの内容が頭からすっぽりと抜けていた。

大好きなギャルゲーだったのに……。

「なぜだ……」

5分ほど考え、無理矢理納得する。

「つまり、これは俺が作る人生だから、無駄な知識は不必要ってことだろうか……?」

逆に考えれば、前にヒロインだったキャラじゃない子が、ヒロインになる可能性も……?

というより、そもそも誰がヒロインだったかも思い出せない……。

俺はパンクしそうになる頭を振り、冷静になろうと努めた。

「これは今の俺の現実なんだ、余計なことを考えてると、とんでもないことになりそうだ……」

これはギャルゲーであって、ギャルゲーじゃない。

もしかしたら、ヒロインなんていないかもしれない。

この世界でも失敗すれば、俺は前の世界と同じ結末になることだって、あり得るんだ。

そう考えると、怖くなってきた。

「落ち着け……」

俺は激しくなる動悸を抑え、深呼吸をした。

「俺は前の俺じゃないんだ……顔だって普通だし、もう周りの目を気にする必要もないんだ」

頬をぱんと叩くと、自分に活を入れた。

ベッド脇のサイドテーブルに置かれていた自分のだろうスマホを取り、指紋認証でロックを解除した。

学校の場所を確認し、今の日時も確認する。

「20○×年4月7日……ってまさか」

俺はサイドテーブルの足下に置かれていた皮のスクールバッグから色んな資料を無造作に取り出す。

その内の一枚に目がとまった。

「入学式案内、入学式4月7日8時30から……」

咄嗟に目覚ましを見る。

「7時」

余裕だ……!

特に時間ギリギリとかではなかった。

とはいえ、入学式だ。

まさか再び俺が学生生活を一から始めることになるとは……。

遠い過去がちくりと心臓を刺す。

「大丈夫だ、いける……はずだ」

俺は息を整えると、階下に下りてパンにバターを塗ってオーブンで焼いた。


ピンポーン


焼き終えたパンを皿に移してコップに牛乳をついでいると、インターホンが鳴った。

なんだ……?

ドキリとしながらも、俺は玄関のドアを開けた。

「ニャー」

「うわ!?」

そこには、ランドセルを背負って黄色い通学帽を被った小さなツインテールの女の子が立っていた。

目は大きくつぶらで、まるで子猫を擬人化したような感じだった。

それがなんで、自分の家に……?

「ど、どうしたの……?」

俺は辺りをキョロキョロしながら訥訥と問いかけた。

「ネコちゃんがこのおうちに入っていったの」

「え……ネコ?」

俺はまた辺りをキョロキョロ見回した。

「あ、本当だ」

よく見ると、庭の影から顔を出す白猫の姿があった。

猫と目が合うと、白猫は颯爽と視界から姿を消してしまった。

「ネコちゃん行っちゃった……」

そうツインテールの女の子は呟いて、何事もなかったかのように俺を見て笑った。

「ニャー」

「にゃ、にゃー……?」

本当にネコみたいだ。俺は心の底からそう思った。

「ニャーニャー」

「……?」

「ニャーニャー、バイバーイ」

「ば、ばいばーい」

女の子は俺に手を振って、何事もなかったかのように道路を歩いて行ってしまった。


「な、なんだったんだ……?」

俺はしばらく熟考した後、だいぶ時間が経っていることに気がつき、慌てて家の中に戻るのだった……。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ