リアル・ラグナロク プロローグ【天使の体質】
前作『リアル・ラグナロク プロローグ【戦姫の目覚め】』を読んでいると内容の理解が早まると思いますので、読むことをオススメします。
前作に続き拙い文章ですが、どうか温かい目で見守って下さい!
大切なことなので開口一番に言わせてもらおう。
俺は不幸だ。
俺の名前は凌宮悠梨。
魔族であり、種族は世にも珍しい天使だそうだ。
普段は存在しないが、背中には魔力で構築された翼を持つ。
俺は現在、異世界に造られた人工島、常世島本土にある小さなアパートに一人で暮らしている。
親は俺が物心つく前にこの世を去り、独り暮らしをする前までは日本の孤児院で育った。
何故俺が孤児院を出て、一人で暮らしているかというと、俺が不幸だからだ。
いや、言い方が少し違うな。
訂正しよう。他人が不幸だからだ。
気づいたのは今から六年前、俺が十二の時だ。
どうやら俺は、他人を不幸にしてしまう不幸体質らしい。
気づくまで孤児院では、大きなものから小さなことまで、様々な不運な出来事が起こっていた。
集団での食中毒や、孤児院の庭にあった遊具の破損事故、泥棒の侵入や、建物の老朽化による半壊。
最初は孤児院の子ども達や、先生達は不運な出来事が重なっただけと考え、互いに励まし合っていた。
しかしある時、何人かの子ども達があることに気がついた。
それは…不運な出来事が何度起きても一度も俺に被害が無かったからだ。
孤児院の子どもは俺を合わせて十六人。
俺以外の子は大切にしていた宝物を無くしてしまったり、体調を崩したり、酷いときでは骨を折る大怪我を負ってしまったりなどの被害を受けていた。
だが、ほんの一度も俺が被害を受けたり、損をするようなことがなかったのだ。
小さな孤児院だったため、この話は直ぐさま広がり、大人達まで俺を非難した。
俺が原因なんて確証も無いのに、大人気ない連中だ。
まぁそれも仕方の無いことだと受け入れる。
俺は物心ついた頃から孤児院にいたが、子どもとは思えない大人びた態度や口調で回りからは浮いていた。
ようは、好かれていなかった。
そんな俺を庇護する者など一人もいなかった。
そんなある日、孤児院を訪れた一人の女性が常世島にある知り合いが経営してるアパートにこないか、と尋ねてきた。
答え次第では住まわせてやる、と傲然と話した。
俺は他人なんて気にはしないが、さすがに孤児院の状況には辟易としていた。
俺はその場で答えを出した。
「世話になる」
そう一言だけ告げ、自分の部屋へ荷造りに向かった。
一応、孤児院の子どもたちや今日まで世話をしてくれた先生達に一言別れの言葉を告げて、俺は孤児院を出た。
××××××××××
あれから六年……
それから俺は、他人と接することの無いアルバイトを探しては受け、不運な出来事が起きてはやめて、また探して、起きてはやめてを繰り返していた。
ある日、バイトの帰りに俺はアパート近くのコンビニに立ち寄った。
夕食を買うためだ。
一人での生活で自炊は心懸けてはいるが、基本的に家事は得意ではないのでほとんど毎日、コンビニやスーパーで買った弁当やお惣菜を食べている。
俺はいつも通り、弁当とフライドチキン、そして烏龍茶を買って家路につく。
だが、ふと思った。
今日は天気も良い。時刻は夜の九時。
「少し遅いが……まぁ、いいか」
俺は家への道を外れ、港の方へ向かう。
××××××××××
「ここは静かだな」
俺が今いるのは、夜は人の出入りが皆無と言っていいほどの寂れた港だ。
他人を不幸にしてしまう不幸体質であり、騒々しいことが苦手な俺にとっては最高の休憩スポットだ。
常世島に来てからは、夜遅くなってから度々足を運ぶ。
俺は無造作に放置されたコンテナの上で夕食をとる。
海風が肌を撫でる。
とても心地良い。
常世島の造られた海域は一年を通して温暖な気候で、春先だというのに真夏の暑さだ。
暑いのは苦手ではないが、さすがに辛い。
だが、この場所なら夜の蒸し暑さなんてのも気にしなくて済む。
そんな至福の一時を楽しんでいると港の端に一台の黒いワゴン車が止まるのが目に入る。
「珍しいな……」
確かにこの時間のこの港はひと気なんて一切無く、静寂に包まれている。
だが時折、黄土色の作業服を着た人を数人見かけるが、車が出入りしているのは初めて見た。
こんな所に来るなんて変わり者だな。
いや、別に変わり者ではないか。
このままでは自分で自分を変わり者だと言っているようなものだ。
……それにしても、こんな所に何のようだ?
釣りか何かか?
一人で考えに耽っていると、ワゴン車の扉が開き車内から黒い服を着た男が現れる。
俺は咄嗟に身を低くして隠れる。
……一人……ではないな。
一人また一人と車内から黒服の男が降りてくる。
場所が場所なので異様に感じるが、仲の良い友人同士でのドライブ中みたいなものだろう。
俺がそのまま体を起こそうとした時、事態が急変する。
車内から黒服の男に強引に引っ張られながら一人の女性が現れたのだ。
女性は顔全体を白い布で覆い被されており、女性と判別できるのは白い布からはみ出る綺麗な空色のストレートロングの髪と短いスカートだけだ。
上半身もコートのようなもので隠されている。
「なるほど……これは穏やかじゃないな」
一目見て全てを理解した。
誘拐……だな。
俺は考える……目撃してしまった以上、助けるのはやぶさかではない。
だが……自身の体質上躊躇いが生じる。
もし、彼女がこのあと奇跡的に助かったとしよう。
それがもし、俺が関わったことで事態の解決など不可能となり、事態がより深刻化したら……そう思うと、心が、体が躊躇って動かない。
決心できず俯いていると、黒服の男達と空色の髪の女性は港のさらに端へ向かう。
するとそこには小型のボートが停泊しており、そのボートに乗り込んでいった。
ボートはそのまま真っ暗な沖の方へと消える。
「最悪だな……いや、最低だな……」
落ち着け。考えろ。
俺は自分のせいで彼女に不幸が降りかかることを恐れている。
そのせいで、助けられたであろう彼女を見捨てた。
「フッ……そしてこの罪悪感だ……」
間に合う。
何もせずに罪悪感に蝕まれるより、結果を見届けて罪悪感に蝕まれた方が何倍もマシだ。
俺は魔力を解放することで背中に円状の金色の術式を出現させる。
現れた術式はそのまま崩れ、同時に天使の証である翼が形成される。
そして上空へと舞い上がる。
「さて、天からの使いが今行くぞ」
俺は沖の方へと向かう。
××××××××××
沖の方へと飛行して数分……
あれは……客船か?
暗闇の海に浮かぶ大型の客船。
空色の髪の女性が乗せられた小型のボートは大型客船に隣接して停泊していた。
俺は小型のボートにひと気が無いことを確認して、ボートに降り立つ。
これがただの誘拐事件では無いことは当然気づいている。
「こんな大型客船を利用するなんて、普通は考えないからな」
ここから感じる大型客船内の人の気配はかなり少ない。
おそらくは、黒服の男達とその協力者たちだけが客船内にいるのだろう。
「乗船しているのは悪人だけ……それなら殺りやすい……」
もしもの時、加減をしなくて済む。
それにしても、誘拐した女性の監禁場所が海上の大型客船とは……
異常だな。
「……あの空色の髪の女……何者だ?」
金持ちの娘か何かか?
それにしても大掛かりだ。
「まぁ、関係ないか。気になるなら助けた後にでも聞けばいい」
客船の方には見張りが何人もいるようだ。
慎重に、一人ずつ無力化していこう。
××××××××××
船内の廊下を進む。
空色の髪の女の捜索のため一部屋一部屋を確認していく。
それと同時に見張りの後頭部に手刀を当てて気絶させていく。
そんな折、あることに気づき立ち止まる。
……このまま探し続けても空色の髪の女は見つからないだろう。
気絶させる前に空色の髪の女の居場所を聞き出せば良かった……。
次の奴で聞き出そうか。
我ながら阿呆だな。
……いた。
銃を構えた黒服が一人。
あれは……ガバメントか。
魔力の気配は無い……実弾銃なら問題ない。
俺は物陰から駆け出し、背後から黒服の男の首に手を回し口を塞ぐ。
左手は男の右脇腹に当てる。
「なッ……!?」
「静かにしろ、騒げば殺す」
「お……お前は……」
「まずはその銃を渡せ」
男の右脇腹に当てた俺の右手を一旦離して、銃を受け取る。
「さて、聞きたいことがある。先程この船に女を連れ込んだろ?空色の髪の女だ。彼女はどこにいる?」
「そ、それは話せない」
「……そうか」
突如、凍りついてしまうのではないかと錯覚してしまうほどの寒気が黒服の男を襲う。
黒服の男の背後から……
俺から放たれる殺気は黒服の男の脳に大音量で警鐘を鳴らせた。
「わ、わかった!だから殺さないでくれ!」
「賢明な判断だな……で、どこだ?」
「こ、この船のデッキ3にある小さな倉庫だ。たぶん、見張りも何人かいる」
今いるここがシアターなどがあるデッキ7。
あと少しだな。
「なぁ、た、助けてくれるか?」
「あぁ、ご協力感謝するさ。命までは取らない。少し眠ってもらうがな」
俺は黒服の男を手刀で意識を奪い、デッキ3へ向かう。
××××××××××
デッキ3倉庫前には見張りが四人、先程と同様銃装備の黒服たちだ。
四人か……億劫だな。
抜剣して一網打尽にするか。
俺は収斂した魔力で一振りの剣を顕現させる。
刃渡り九十センチメートルの淡い水色の刃に、神々しささえ感じる白銀の装飾がなされている片手直剣。
異様な雰囲気を放つロングソード。
俺は剣を手に持ち、黒服たちの元へと足を踏み出す。
俺の接近に気づいた黒服たちは銃口を向け、制止の声を出す。
「何者だ!?止まれ!!」
俺はその言葉を聞かず、剣を前へ翳して一言告げる。
「この刃は綺麗に見えるか?」
瞬間、黒服たちは世界がぐらつく感覚に襲われる。
そのまま黒服たちは膝から崩れ落ち、意識を奪われる。
「手応えの無い連中だ」
片手直剣はその身を氷塊へと変え、砕けた。
倉庫の扉前で立ち止まる。
周辺や扉の大きさから考えて、倉庫は他の客室よりも小さく造られているようだ。
「一応、目的地ではあるが……本当にいるのやら」
扉を……開ける。
部屋は暗く、静寂に包まれている。
俺は気にすること無く、部屋へ入る。
窓も無く、密閉された空間の隅に……女はいた。
手足を縛られ壁にもたれかかった状態で、首から上は白い布で覆い被されている。
すると意識はあるのか、女は声を出す。
「誰ですか?」
その声はとても力強く、凛とした声だった。
この状況に臆すること無く発せられた声に俺は少し驚き、同時に感嘆する。
「そうだな……味方だ。助けに来た」
「私を……ですか?」
「そうだ。喋れるんだな」
「はい。首から上を覆われているだけで、口を直接塞がれているわけではありませんので。あの……良ければ布や手足の縄を解いてくれませんか?」
「あぁ」
俺は首を縦に振り、白い布と共に首を締め付けていた縄を解き、布を取り去る。
……俺は息を呑んだ。
現れたのは現実離れした端整な顔立ち。
髪と同じ空色の瞳。
あまりの衝撃に動作が止まる。
「あの……どうかしましたか?」
「あ、いや、何でもない……」
柄にも無く戸惑ってしまった……
たぶん、俺は今頬が紅潮しているだろう。
俺は気づかれないよう顔を伏せる。
「この度は助けて頂きありがとうございますね」
空色の髪の女はそんな俺に感謝の意を伝えるため頭を下げる。
落ち着きを取り戻した俺は顔を上げて答える。
「いや、構わない。そんなことよりも、気づかれる前に早く脱出しよう」
ここまでは何事も無く順調に進んでこれたが、いつ俺の不幸体質が猛威を振るうかわからない。
「はい。わかりました」
「助けてなんだが、随分と簡単に信用するんだな。俺を疑わないのか?」
女からしてみれば俺は赤の他人。
見ず知らずの男がこんな危険な場所へ来れば、普通なら疑問に思うはずだ。
「大丈夫ですよ」
空色の髪の女は微笑みながら答える。
「私の人を見る目は確かなものなんです。あなたは信用に値する人ですよ」
「俺は……」
空色の髪の女の『人を見る目』がどれほどのものかはわからない。
ただ……
「俺はお前を助けに来た、それは確かだ。お前に危害を加えるつもりは毛頭無い。だが……俺はお前が感じたほど出来た人間ではない」
それだけ伝え、部屋を出る。
「とりあえず、お前を拉致監禁した黒服たちはあらかた片づけた。すぐにこの船を出る」
「お一人で……ですか?」
「あぁ」
「お強いんですね」
空色の髪の女は目を開いて答える。
俺は空色の髪の女と二人で駆け足で船内の通路を進む。
黒服たちの危険性より、俺の不幸体質の危険性を考えた結果だ。
悠長にしていると墓穴を掘ることになる。
まだ余裕こそあるが、その余裕を掻き消すほどの焦燥が俺の中に見え隠れしている。
不幸体質が働く前に、いつもの寂れた港まで戻る。
だが、実際はそんなうまくいかない……
「そこで止まれよ」
船の後部甲板に辿り着いたとき、前方の黒服の男の一言で俺達は立ち止まる。
「まだいたか……」
銃口をこちらに向ける細身の青年。
着崩したスーツと口調から今までのやつとは少し違うようだ。
それにまったく気配が無かった。
「お前は何者だ?」
「うるせぇよ、黙れ。さっさと女を渡せ」
聞く耳の持たない奴だな……
すると、空色の髪の女が耳打ちで、
「彼は黒服たちの中心人物、リーダー的な存在だと思います。他の黒服たちに命令を出していたので確かだと思います」
……リーダー……か。
確かに他の黒服たちとは実力に差があるようだ。
「はぁ……悪いがお前には……ッ!?」
銃声とともに体から力が抜ける感覚に襲われる。
左胸……心臓を撃ち抜かれたのだ。
着ていた白地のワイシャツが赤く染まる。
「クッ……人の話は……最後まで聞くべ……きだろう」
俺はそのまま後ろへ倒れる。
××××××××××
「なッ!?なんてことを……!!」
私を助け出してくれた人が、私の目の前で命を落とした……。
黒服の男は彼の話を聞かず、まるで当然かのように引き金を引いた。
黒服の男は下卑た笑い声を上げながら、彼を撃ち殺した理由を述べる。
「ハハハ!!テメェが素直に言う事聞いて、大人しくしてりゃ良かったんだよ!そいつがそこでぶっ倒れてんのはテメェのせいだぜ!」
「わ、私は……」
黒服の言う通りかもしれません。
もしも、彼があの部屋へ入ってきて私に話しかけてきたとき、彼の起こした行動に対して失礼なことですが、
私に構わず、逃げて下さい……
と、一言告げていれば彼が死ぬことは無かったはずです。
私は自信の安全と救済のために彼を利用し、殺してしまった。
「さっさと罪を認めて俺の命令を聞きやがれぇ!!!」
私は……
「勝手に話を進められても困るんだがな」
え?
私は目を疑った。
心臓を撃ち抜かれたはずの彼は……立ち上がっていた。
××××××××××
「なッ!?どうなってやがる!?」
ったく、突然心臓を撃ち抜かれるとは思わなかったな。
さすがに驚いた。
俺は心臓を撃ち抜かれたことなど気にせず、空色の髪の女に近づく。
「大丈夫か?」
「え!?あの……えぇと……はい……どうして……」
空色の髪の女はあまりの衝撃にうまく言葉を紡げていない。
まぁ、無理もないか。
普通はありえないしな。
「テメェ!!なんでだ!?なんで生きてんだよ!?俺は確実に心臓を撃ち抜いたぞ!?」
黒服の男が驚愕の表情を浮かべて聞いてくる。
いや仕方が無いことだとは思うが、さっきまでの威勢の良さはどこいった。
空色の髪の女も俺を見る。
「まぁ……不死身ってことだ」
黒服と空色の髪の女は二人して眉をひそめる。
「生まれつきの体質でな……。この通りだ」
俺は説明をしつつ、手に短剣を顕現させて自らの心臓に突き立てる。
短剣を抜くと血が溢れ衣服を滲ませる。
「なッ!?何をしているのですか!?」
空色の髪の女が酷く狼狽し、近づいてくる。
「慌てるな、落ち着け」
「ですがッ……!?」
俺は空色の髪の女を手で制して、俺の状態を確認させる。
「な……」
左胸に淡く発光する白い羽が浮かぶ。
俺はシャツのボタンを外して左胸を見せる。
そこには傷一つ無い肌があった。
よく見ると流れていた血すら消えていて、短剣を突き立てたはずのシャツにすら血の一滴も……、傷も消えていた。
「見ての通りだ。衣服まで直るから治癒というより再生だな。信じられないなら何度でも引き金を引け。心臓でも頭でも好きに撃ち抜け」
黒服は一歩また一歩と後退る。
さすがに敵わないと判断したんだろう。
すると黒服は笑いながら言った。
「テメェがとんでもねぇ化け物ってことはよくわかったよ……。だがもう遅い。あと数分で異世界本大陸に到着する。日本と締結した条約では『互いの世界の無断での侵入を禁止する』ってのがある。本大陸にさえ上陸しちまえば日本からの助けが来たって無駄だ!お前らだって自由に動けなくなる!」
なるほど……
確かに条約上、異世界本大陸へ着いてしまえば異世界人……つまり魔族の許可無くして本大陸を出ることは不可能だ。
だが……
「それはお前もだろう?」
「それは違うな……俺は魔族だ。種族は『人族』さ」
「そうか……上陸したらお前の好き放題ってわけだ」
「彼に用はありません。早く脱出しましょう!」
名案だ。
俺は空色の髪の女の手を引いてその場を去ろうとするが、すぐに異変に気づく。
船の回りの空間が歪んで見えるのだ。
すると黒服の男が笑いだす。
「アッハハハ!!!気づいたかよ!そうさ、これは俺の全魔力で構築した結界魔法さ!テメェが不死身の化け物でもそう簡単には壊せねぇぞ!!」
異世界人は生まれつき保有魔力が強大だ。
『魔法』は俺たちが扱う『魔術』よりも劣る力だが、魔力によっては強力なものへと変わる。
「そんな……もう打つ手が無いのですか……」
空色の髪の女は顔を青ざめて俯く。
拳を握り締めて震えている。
凛とした声も弱々しい。
黒服は先程まで俺に怯えていたが、高笑いをあげている。
黒服も空色の髪の女も確信した未来に全てが終わったかのように動くこと無くその場でそれぞれの反応を見せる。
「諦めるの早くないか?」
空色の髪の女に対して言ったのだが、黒服の男が答える。
「無理だって!結界のおかげでこの船は無事だが、海は大荒れ!泳いで戻るのも不可能だ!不死身のテメェは無事かも知れねぇが…女の方はどうよ?」
「だから結界を壊せばいい」
「は?」
「それにお前も大陸本土には辿り着けない」
「負け犬の遠吠えかと思えば……ふざけんじゃねぇよ!!」
黒服の男は俺の発言に憤慨する。
「顔を上げろ」
「ですが……」
「安心しろ。どうにかする」
空色の髪の女はゆっくりと顔を上げる。
その目には涙を浮かべていた。
部屋で見つけたときは肝の据わった女だと思ったが、案外普通なのかもな。
とりあえず……
「キャッ!!」
でこぴんを食らわす。
「な、何をするのですか!?」
「泣くな。必ず常世島まで連れて帰る」
「でも、どうするのですか……」
「実はもう解決したんだが」
「………………え?」
「何か気づかないか?」
俺はそう言って促すと、空色の髪の女はあたりを見渡す。
それを見た黒服も感づいたのか、回りに注意を向ける。
「これは……」
「な!?なんだこれは!?」
空色の髪の女は唖然とする。
空間の歪みは消失していたのだ。
そして船は……止まっていた。
「何が起こってんだよ!?ありえねぇ!!!」
そろそろ種明かしをするか。
「おい、こっちを見てみろ」
俺は空色の髪の女を手招きして船の外、海を見るよう促す。
「お前もだ、黒服」
同時に黒服にも促す。
黒服は無駄だとは承知のうえだが銃口を俺へと向ける。
だが、黒服は手に持った銃を落とし身を乗り出して海を見る。
「な、なんなんだよこりゃあ!?」
黒服は顔を絶望感に染めて叫ぶ。
そこには海など存在しなかった……
広がるのは不安になるほど何も無い……氷の世界だけだった…
「私は……夢でも見ているのでしょうか……?」
確かに現実味のない光景だな。
俺は空色の髪の女に近づいて答える。
「いや、夢のような現実だ」
「な、何をしたのですか?」
「これは……」
「何しやがったぁぁぁ!!」
空色の髪の女の問いに答えようとすると黒服に遮られる。
こいつは本当に横槍を入れるのが好きな奴だな。
「……フラガラッハ」
「なに!?」
俺は自分の手に倉庫前で使用した剣を顕現させる。
そして、苦虫かみ潰したような表情の黒服に見せる。
空色の髪の女と黒服はその剣の異様さに魅入る。
「【君臨の剣フラガラッハ】だ」
「な、なんだよ……その剣は……」
「俺はな……不死身体質の他に変わった魔術が使えてな。俺はその魔術を【神話顕現】と呼ぶ。神話で語られるような聖剣や魔剣と酷似した剣を生成できる。一応、物質生成魔術に分類される」
「そんな魔術聞いたことねぇぞ!!!」
黒服は吠える。
負け犬のように……よく吠える。
「それはそうだろう。俺にも詳細はよくわからないんだからな。ただ、イメージしただけで強力な剣を生成できる。この剣もな……」
そして俺はフラガラッハを前へと突き出す。そして言う……
「この刃は綺麗に見えるか?」
すると黒服は突然膝から崩れ落ち、後ろへ倒れた。
ようやく静かになったな。
振り返ると呆然とする空色の髪の女がトコトコと歩いてきた。
「あの……その剣は……?」
「あまり見ないほうがいいぞ」
「えっ!?」
俺の突然の注意に空色の髪の女は小さく体をはねらせる。
「フラガラッハの能力はその剣身に見惚れた者の戦意……意識を奪うというものだ。相手の魔力そのものに直接術式を書き込み、受けた本人の魔力で術式を起動させる。反則とも言えるほど強力だが、その変わり見境が無くてな。術式構築は強制的なもので俺が制御できるものじゃないんだ」
と説明すると、空色の髪の女は慌ててフラガラッハから目を逸らす。
俺はフラガラッハへの魔力供給を終わらせると、その剣身は凍りつき砕けた。
その様子をチラチラと窺っていた空色の髪の女は俺へと歩み寄り頭を下げる。
「本当に此度はありがとうございます。あなたが助けに来なければ今頃どうなっていたことか……あなたには感謝してもしきれませんね」
そう言った彼女の顔は疲れの色が見えていた。
「礼なんていらない。ただ……俺のために助けただけだ。我が身可愛さでとった行動なんだ。気にするな」
「あなた自身のため……ですか?」
彼女は首を傾げ、不思議そうに見つめてくる。
「なんだ?」
「なんだか……無愛想ですね」
「黙れ」
失敬な。
感情表現が苦手なだけだ。
……って、何を話しているんだ。
「そんなことより、さっさと戻るぞ」
「え?ですが、海は凍ってしまっていますし……」
「大丈夫だ。見てみろ」
「これは……」
海を覆っていた氷が砕けて、元の海が戻っていた。
「泳いで戻るつもりですか?隣接して停泊していたボートも無くなっていますし」
「飛んでいく」
「何を言って……」
金色の輝きとともに翼を出現させる。
空色の髪の女は突如として俺の背に現れた翼に見惚れる。
しばらくすると我に返り、手で口を押さえて聞く。
「あなたは本当に何者なんですか?不死身の肉体といい……、痛みも感じていなかったような……」
「いや、痛覚はちゃんとある。ただ慣れただけだ」
「心臓を撃ち抜かれていたはずですが……慣れるものなのですか?」
「そういうものだ」
納得はしていないようだが、それ以上言及はしてこなかった。
そして彼女は笑顔で……
「フフ、仕方ありませんね。それでは天使様、よろしくお願いしますね?希望としては『お姫様抱っこ』を要求します」
この女は……本当に肝の据わったやつだ。
飛んだ状態で人を運ぶのは体力がいる。
一番楽な体勢は運ぶ対象をお姫様抱っこすることだ。
よって、彼女に要求されなくともお姫様抱っこしていた。
「ほら、暴れるなよ?」
「はい!私、お姫様抱っこなんて生まれて初めてです!」
笑顔で俺の首に手を回してくる彼女は、常に凛とした振る舞いを見せていたことが嘘のように無邪気な子どものように興奮する。
その姿に、俺も自然に笑みがこぼれる。
それを見られていたようで、空色の髪の女は微笑みながら言った。
「ちゃんと笑えるんですね」
「黙っていろ」
照れ隠しで少し声音が強くなる。
空色の髪の女はその原因が照れ隠しだと気づいてるようで、笑顔のままだ。
本当に調子が狂う。
ため息が零れつつ、空を見上げて飛び立つ。
飛び立ってから数分ほど経った頃、雲の切れ間から月明かりが射す。
俺に抱えられた彼女は終始子どものように無邪気な笑顔で眼下に広がる海を、果てしなく広い空を見て騒いでいる。
第一印象としては包み込んでくれるような大人の女性…って感じだったがまったく違ったようだ。
第一印象なんて当てにならないな。
××××××××××
騒ぐ彼女を落ち着かせるのに一苦労しながらも、無事に元の寂れた港へ到着した。
静かな浜辺へ降り立つ。
俺は空色の髪の女を降ろして肩を回す?
さすがに人一人抱えて飛ぶのは体力がいるな……
「ん……、あん……」
抱えられていた彼女も艶めかしい声を出しながら大きく背伸びをしていた。
そして彼女はこちらに振り返り……
「改めて感謝します。あなたの助けが無ければ今の私はここにはいません。本当にありがとうございます」
「俺も改めて言うが、俺のためにやったことだ。気にするな」
「フフ、強情な方ですね。そこは素直に感謝の意を受け止めて『どういたしまして』の一言を言えばいいんですよ?」
顔を逸らす俺に、彼女は相変わらず笑顔で接する。
俺も慣れてしまったのか、あまり気にせず身を翻してその場を去ろうとした。
すると彼女は……
「すみません。名前を伺ってもよろしいですか?」
そういえばお互い名前を明かしていなかったな……
そう思った俺は、もう一度身を翻して言った。
「凌宮悠梨だ。お前の名前も聞いて良いか?」
「悠梨さんですか……。私は……」
「リアナ様ッ!!!」
彼女が名前を言おうとしたとき、大きな声が彼女の言葉を遮った。
なんだ?最近は横槍を入れることが流行っているのか?
今回の一件でそう思ってしまうほど横槍を入れられたな。
すると、数人の豪奢な造りの白い服を着て帯剣した男女が現れた。
男も女も似たような服を着ているところを見ると、その白い服は制服のようなものなのだろう。
俺は一人推測していると、静寂に包まれていた寂れた港にリムジンのような高級車が何台も入ってきて、暗闇が一気に車のヘッドライトで明るくなる。
こいつらはなんだ?
「みなさん!」
彼女の反応からすると敵では無いようだが……
「貴様ァ!よくもリアナ様を!」
思案していると、一人の男性が俺に対して激昂して抜剣する。
俺も身構えて剣を生成しようとしたが……
「やめなさい!」
辺りを強烈な覇気を孕んだ凛とした声が響く。
「何故ですか!?こいつはリアナ様を!!」
「この人は私の恩人です。間違いとはいえ不敬を働くというのならば私が許しません」
声だけではない。
彼女の鋭い眼光に男は尻すぼみする。
本当にさっきまで無邪気にはしゃいでいたのが嘘みたいだな。
男は何も言い返すこと無く、俺を睨みつつ下がる。
謝罪の一言あっても良いと思うんだが……
それにしても……
「お前は何者だ?今回の一件といい、この白服達といい……初めから普通ではないと思っていたが……」
見た感じ、それなりに裕福な家の出自……もしくは親族が権力を持った人間……なんて考えたが。
ん?待てよ……『リアナ』?どこかで……
「すいません。私の部下が無礼を。では改めまして……」
リアナ様……?
まさか……
「私はリアナ・レイ・シャルアリスと申します。常世島のエルル区を治めるシャルアリス王国で第一王女をやらせてもらってます」
俺はあまりの衝撃に言葉を失った。
まさか助けた女が一国の王女だとは……
しかもシャルアリスの第一王女は魔術に秀でていて【輝きの聖女】と呼ばれるほどの実力の持ち主だ。
「いやちょっと待て、それが本当ならお前は【輝きの聖女】だ。魔術の天才であるお前なら今回の一件、全て一人でどうにか出来たんじゃないか?」
素朴な疑問が生まれた。
魔術の腕なら常世島でも随一と聞いた。
なのに何故……?
「確かに私ならあの黒服たちを相手に戦えました。ですが、今回はその黒服のなかに触れた相手の魔術を封じる寵愛を持つ者がいたのです。私は油断をしてしまい、魔術を封じられてしまいました」
そんな奴がいたのか……
「まだ魔術は使えないのか?」
「先程からようやく魔力操作が可能になりました。あと数分で元通りになるでしょう」
「そうか」
これで一件落着というわけだ……
俺は安堵して小さく息を吐く。
「あの~?少しいいですか?」
「なんだ?その……」
「リアナで構いませんよ」
おい……さっきの男がとんでもなく睨んできてるんだが……
本人が許可したのだから構わないか。
「なら俺も悠梨で構わない」
「はい!では悠梨、あなたさえ良ければ私の側近として仕えませんか?」
………………………は?
「私はあなたのことが気に入りました!私は今回の黒服たちのような者に日々狙われています。彼らの目的は私の魔力………私の魔力は通常とは異なり、少し特別なものなのです。ですからあなたのような人材を探していたのです!まぁ、一番の理由はあなたのことをもっと知りたいと思ったからですが」
はぁ~、リアナに会ってから柄にも無く驚いてばかりだな。
別に悪い話では無い。
むしろ最高の申し出だ。
だが……俺には不幸体質がある。
丁重に断らせてもらおう。
「悪いが断らせてもらう。一国の王女の側近など俺には荷が重すぎる」
「あなたさえ良ければ」と言っていた。
さすがに潔く引くだろう。
俺はそう思っていたが……
「納得出来ませんね」
「何?」
「私に嘘は通じませんよ?教えて下さい。何故、断るのですか?」
俺はしばし考え込む。
別に秘密にしておくことでもない。
それに正直に伝えたほうがわかってくれるだろう。
「俺は……なんだ……昔から運が悪くてな。自分だけなら良いが他人まで巻き込んでしまうんだ。だから、俺の傍にいると事態は余計に悪くなるぞ」
「ですが、私は何ともありませんが?」
「今回は……運が良かったんだ」
「悪いのではなかったのですか?」
「だから……」
いや待て……本当に何故だ?
いつもならどんなに注意しても何かしらの不幸が降りかかる。
なのに今回は何もなかった……
俺はいつもとは異なる事態に黙り込む。
そんな俺を見るリアナはくすりと笑って言った。
「実は私、運がとても良いんです」
俺はリアナの言葉に目を開く。
「もしかして私の傍なら大丈夫なのではないですか?」
リアナは人差し指を頬に添え、首を傾げて言った。
対して俺は目を瞑り考える。
俺は昔から自分の不幸体質に悩まされていた。
自分のせいで他人が傷つくことに苦しんできた。
だから……他人と関わることを避けてきた。
上辺ではそんな現実に対して平然としていたものの、本心では……多少寂しいと感じていた。
確かに小さい頃から、俺は常に無表情で、感情を表に出すことをしてこなかった。
だが別に何も感じていないわけでは無い。
友達と遊べば楽しいし、ケンカをしたら怒るし悲しい。
そんな現実に嫌気が差していた。
もしも、リアナの誘いに乗ったなら……
俺は…今まで願いもしなかった道を進めるのだろうか?
「どうしますか?」
リアナが問いかける。
「どうせ、俺が嫌と言っても食い下がることは無いんだろう?」
「では!」
リアナは目を輝かせる。
「ただ、お前の部下にはちゃっと言い聞かせておけよ?さっきの男が俺を視線だけで殺すのでは無いかってくらい睨んできている」
「はい!これからよろしくお願いしますね!」
これは……俺とリアナの出会いの物語。
天使が初めて希望を抱いた物語だ。
誤字脱字などは目を瞑って頂けると助かります。
前作に比べて長くなってしまいましたが、ここまで読んで下さった皆様、どうもありがとうございます!