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EMP

 テーブルの上で半田はんだごてから煙が上がった。

 卓上たくじょうスタンドで照らされる神崎の手元。

 以前から何度か作った物。今度は少し威力いりょくを上げて指向性しこうせい付加ふかした物。ポケットに入れてもバレにくいように作っていく。

 手に収まるような小さな黒い箱が完成した。

 最後にテスターで通電し、確認が終了した。

「まあ、こんなもんかな」

 神崎は黒い箱とその辺のガラクタを持って、マンションの外に出た。

 歩いてきたのは近くの大きな空き地。ビル建設予定地だ。その真ん中まで来た神崎は立ち止まって、ポケットに手を突っ込んだ。中には黒い箱が入っていた。


 ガラクタをマンションに持ち帰った神崎は、それの中身を見ながらほくそ笑んだ。

「いいのができたなあ、おい」


 神崎が作っていたのは、爆弾だった。



 翌日、朝早く家を出た神崎は、電車に乗り四菱自動車本社ビルの前に来ていた。

 まだ、ほとんど出社する者はいない。神崎は近くのコンビニで缶コーヒーを買い、それを飲みながら通りを歩いて正面玄関に向かう社員たちを眺めていた。

 電車の関係だろうが、ある時間になると途端に増える社員たち。

 神崎はその中から昨日喫茶店で目撃した女の姿を探していた。

 八時半過ぎ。その女が通りをこちらに歩いてくるのを発見した。

 神崎は歩き出した。

 女は前を見ているが、神崎には気付かない。

 向こう側から出社する社員達の中に紛れて女が歩いてくる。

 神崎は足を速めた。

 そして、突然ダッシュした神崎は、女にぶつかった。

 女はもんどりうって倒れ、女のショルダーバッグが吹っ飛んだ。

「きゃ!」

「あっ! すいませーん。大丈夫ですか? よそ見しちゃってたもんで」

「いったーい……」

 神崎は遠くまで飛んだバッグに向かった。そして、落ちているバッグを拾うと自分のスーツのポケットに右手を突っ込んだ。

 左手に女のバッグ、右手はスーツのポケットの中。

 バチバチバチバチと電気がショートする音がした。しかし、人の往来おうらい雑音ざつおんにかき消された。しばらくその音が鳴っているが、誰も気付かない。

 神崎は女のバッグを右手のポケットに近づけた。そしてまた、音がした。

 神崎はそのまま起き上がろうとしている女に近づいた。

「すいません。怪我けがは無いですか?」

 そう言って、バッグを差し出した。

 女はバッグを受け取り、肩に掛けて服についた汚れをほろいだした。

「後ろ側を見てみますね」

 右手はポケットの中に入れたまま、神崎は女の後ろにまわり、身体を近づけた。

 そして、また音がした。

「何の音?」

 女が気付いて振り向いた。

「なんでもないですよ。服の後ろは汚れてませんでした」

 神崎は笑顔で言った。


 神崎たちの横を通り過ぎて行くたくさんの社員たち。その中のあちこちで呟く声が聞えてきた。

「あれ?」「え、なんだ?」「あらら、消えちゃった」「くそ、また落ちたよ」

 スマホをいじる社員たちの口から発せられる戸惑いの声。

 その声を残し、神崎はその場を去った。


 神崎は急いで駅に向かった。

 駅の近くのコインロッカーの前に立ち、カギを挿した。

 扉を開けて、中から自分のスマホを取り出しポケットへ入れる。

 そのまま駅に入り、電車で四菱重工に向かった。


 少し遅刻した神崎は何事も無かったようにノートPCを開けて、自分の見たい情報を読み始めた。

 三時休憩の後、席に着いた神崎に内線が掛かってきた。藤沢からだった。



 部長室のソファーに座る神崎と黒岩。

「俺から話す前にお前から話を聞きたい」

 黒岩の鋭い眼光が神崎に向けられた。好きなタバコに火もつけず、神崎に視線を向ける黒岩。

「はい」

 返事をした神崎は、全てを黒岩に話した。

 自宅にハッカーが仕掛けてきたこと。CBとネットで話したこと。昨日喫茶店で篠原と話したこと。そして、今朝方の四菱自動車ビルの玄関先での行為。その全てを――――。


 無言で聞いていた黒岩は、やっとタバコに火をつけた。

 思いっきり吸い込んで、宙に白い煙を吐き出した。

「話は分かった」

 一言、黒岩が発した。

 神崎は頭を下げた。「すいません」

「うむ」

 黒岩は再びタバコを吸い込んだ。そして、ゆっくり吐き出した。タバコの先から紫の煙が立ち上った。

「お前からの話と、俺が今朝、向こうから聞いた話。一字一句同じだ」

 タバコを吸う黒岩。巨体を屈ませて、テーブルの上の灰皿に灰を落とした。

 再びソファーに巨体を預けた。皮のこすれる大きな音が部屋に響いた。

「では、俺から話をする」

 そう言って、黒岩は大きく息を吸った。

「まず、この話は社内でも極秘だ。社長と人事部長と俺しか知らん。発表する予定もないし、取締役会議の議題にも上がらないだろう。できれば株主にも黙っていたい。だから、これから聞いたらすぐに忘れろ。いいな」

「わかりました」

「うむ。まず、向こうの――四菱自動車だが、お前の活躍でスパイは拘束した。内部手引き者も判明した。向こうの人事部長だったよ。本日付で退職願いが受理されたそうだ。借金があったようだ。それを中国の車メーカーの息が掛かった日本の金貸しからも借りたようでな。数千万だと聞いた。前回の一回目のスパイの手引き、そして今回の二回目のスパイの手引きの両方は、借金の棒引きと引き換えにやったと白状した。スパイから受け取ったUSBメモリーを自分のPCに挿したそうだ。彼の権限は最高値だったらしいからな。お前が破壊しなければその瞬間にウイルスが発動してたと、向こうの篠原君が言っていたそうだよ。人事部長室に篠原君が踏み込んだ時には、もう挿し込まれていたそうだ。篠原君は一歩遅れたのは自分の責任だと辞表を出すと言ったらしいが、それは取り合わないと向こうのシステム部長が言っていたよ。俺もそうしてやってくれと頼んでおいた。じゃないと、お前の立場が不味まずいからな」

「申し訳ありません」

 神崎は再び頭を下げた。

「ああ、構わん。気にするな。それに彼は自費で調査したらしいしな。それだけ責任を感じてたんだろう」

「やはり、向こうはスパイの件を揉み消そうとしてたんですか? 会社が調査しないから篠原主任は自費で調査したんでしょうか」

 神崎は昨日の篠原の口ぶりで感じたことを黒岩に質問してみた。

「まあ、そんなとこだろう。前回のハッキング事件の時だが、向こうは当然会社として調査しようとしたのだが、人事部長が強力に反対したそうだ。彼は押しが強い男だからな。他の取締役連中も押し切られたんだろう。調べた結果が世間に知られでもしたら、会社として三度目の恥となる可能性もあるわけだし、敵がわかっても会社として対策が変わるわけじゃない。そう判断したんだろう。まあ、それはあっちの判断だから、こっちとしては口出しできる筋じゃない」

「そうですね」

「スパイは捕まえたが、警察に届けるかは、これからだそうだ。なにせ手引きした者がいるんだからな。ハッキング事件なりスパイ事件としてニュースにでもなったら、人事部長のことも世間にバレてしまう。向こうも三度も恥はかきたくない。だから難しいだろう。まあ、コレもうちとしても口出しはできない。向こうの判断にゆだねるしかない」

「はい」

「これで、大まかな話は済んだ。いいな。すぐに忘れろ」

「はい。忘れました」

「うむ」

 黒岩はタバコを消すと、両膝に両手を叩きつけた。

「それでだ、神崎!」

「はい」

「今回の件で、お前に黙っていたことは俺の判断だ。いいか」

「はい」

「だからこそ、お前は俺に黙って行動した。そうだな」

「はい。申し訳ありません」

「うむ。それはいい。だが、俺の判断も甘かったかもしれん。結局、お前一人にやらせてしまったようなもんだ」

「いいえ。部長の判断は正しかったと思います」

「まあ、最後まで聞け」

「はい」

「俺は今回の件で、お前に多少だが、申し訳なかったと思っている」

「……」

「だからだ。俺は今回のお前の活躍を強烈に人事と社長にプッシュした」

「はい……」

「一発でねじ込んでやったよ。お前の兵器開発部門への転属をな」

「え……」

 呆気にとられる神崎。

「どうだ。喜べ。神崎」

 黒岩は笑顔だった。

「あ……、ありがとうございます!」

 神崎は立ち上がって、深々と礼をした。

「ああ。よかったなあ。神崎! 向こうに行っても頑張れよ。お前の夢を叶えて来い。いいな!」

 ソファーから身を正した黒岩が神崎に激を飛ばした。

「はいっ!」

「うわっはっはっはっはっはっはっ」

 黒岩の大笑いが部屋中に響き渡った。

 神崎は頭を上げて、信じられないといった表情で笑っていた。


 突然、扉をノックする音がした。

「入れっ!」

 黒岩が叫んだ。

「失礼します」

 藤沢だった。三つのグラスが載ったお盆を持って入ってきた。

「神崎主任。おめでとうございます」

 藤沢が満面の笑みで会釈して、お盆をテーブルに載せた。

「乾杯だ! 神崎! グラスを取れ!」

 黒岩が大声で神崎に命令した。

「はい!」

 神崎がグラスを持った。

 藤沢もグラスを持った。

 最後に黒岩が熊のような大きな手でグラスをつかむ。ひとつだけ小さく見えるグラス。

「かんざーき!」

 黒岩が神崎の名を呼んだ。

「はい!」

「栄転だ! おめでとう!」と、黒岩。

「おめでとうございます」と、藤沢。

 三人で乾杯した。


 部長室で行う三人だけの最高の祝賀会だった。

 神崎はまだ信じられないといった表情でグラスを持っていた。


「今回は藤沢も大いに活躍した。だから、またねじ込んでやったぞ、藤沢! お前は主任だ!」

「え――――――っ!」

 目をまん丸に開けて藤沢は叫んだ。

「おめでとう、藤沢!」

 神崎が祝福した。

「え、え、え……。あ、ありがとうございます。部長……」

 そう言って、藤沢は泣き出した。

「泣くな藤沢。これからもよろしくな! うわっはっはっはっはっ」

 再び黒岩の大笑い声が室内に響いた。


 全員でシャンパンを飲み干すと、お盆を持った藤沢が退室して行った。

 再び、神崎と黒岩が向かい合ってソファーに座っていた。

「ところで、神崎! お前今朝、どうやってUSBメモリーを破壊したか言ってみろ!」

「はい。EMP爆弾を発動させ、テロを行いました」

「馬鹿野郎っ!」

「すみません。責任は取ります」

「馬鹿野郎っ! 責任はこの四菱重工が取るんだよ」

「え、でも……」

「そうじゃなかったら、向こうでも篠原君が責任を取らされるだろう、馬鹿モンがっ!」

「はい、すみません……」

「いいか。お前がウイルス発動するだけで、世界中が迷惑してるんだ。その上、EMP爆弾をあんなに大勢の中で発動するんじゃねーぞ。馬鹿モンがっ!」

「へへへ、あ、すいません……」

「向こうから被害に合ったスマホの請求書が届く。幾らになるのか見当もつかんぞ! なあ、神崎!」

「そうですよね。自分のはロッカーに退避たいひさせていたので無事ですが……」

「馬鹿モンがっ! うわっはっはっはっはっはっ」

 黒岩はいつまでも笑っていた。神崎も苦笑いから普通に笑ってしまっていた。

 しばらく二人の笑い声が部長室を包んでいた。






 [用語説明]


EMP【エレクトロ・マグネティック・パルスの略】(電磁パルスのこと)


EMP爆弾(高電圧の電流をスパークさせることによって電磁パルスを発生させて、周りにある電子機器を破壊する爆弾)



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