秋・椿 1-1
主人公、暁亮です。
ゆるやかに扉から入って来たのは、華奢な、まだ年端もいかぬ若者だった。
その若者が、開いた扉から逆光を受けて輪郭を象られつつ、秋国王宮白焼宮の王の謁見室へと進み出るさまに、秋国王陽斎をはじめ、集まった人々は、暗黒の闇をどこまでも真っ直ぐに貫く、強く鮮烈な、そして恐ろしい程静かな光を見た。
若者のその揺るがない藍色の瞳は、天上の神々が無慈悲に地上を見遣り睥睨するかの如く、威厳ある静謐に満ちている。
だが、やがて若者は自らその瞳を伏せ、人界の王の一人が座る玉座の前に膝をつき、礼を取り、頭を垂れる。
「夏国王明理の命にて、和平の使者として御前に参りました。暁亮、字を桂淋と申します。秋国王陽斎どの、我が王よりの親書がこれに‥」
その場の人々が息をするのもはばかるような沈黙を破るその声は、若者が膝をつくまでの印象と等しく、澄み切った真冬の夜空の如く玲瓏に響く。男にしてはやや高め、女にしてはいささか低めの浮つきのない声。
「確かに」
捧げられた書簡を侍従が受け取り、秋国王陽斎へ恭しく受け渡す。書簡を広げてさっと中身を確認し、陽斎は頷く。
温厚で人好きのする、おおらかな王の器を示す声。だが自国の王の声ですら、その暁亮と名乗る若者の声程人をひきつけはしない。いや、声どころか-
その姿。その眼差しの行方が、無窮の星空のような不思議な吸引力と、天上の桜が花開きその花弁が舞い散るかのような華やかさをもって、並び立つ秋国家臣団の視線を集める。
敵国であり隣国である夏国から来た幼い使者の人となりを確かめようとする、無遠慮とも言える好奇心に満ちた視線は、瞬く間に賞賛と崇敬をにじませた。幸いなのは、集った高位高官が男ばかりであったことか。殊に美に聡い女がこの場にいたならば、一部の狂いもなく描かれた造形の線、天とも魔ともわからぬ人智を超えた美しさに魂を吸われるように失神していたことだろう。
陽斎の頷きに暁亮はわずかに目を細め微笑する。
「これにて、和平成立である」
改めて、高らかに陽王は言い放った。その力強さにはっと息を吹き返すように、人々は秋国王陽斎を見る。
その一瞬、暁亮に目を奪われていた人々は、陽斎の言葉にどこか強張っていた力を抜き、表情を緩めた。
「文面にも誤りなく。約定は成った。確かに秋国と夏国の和平は成立としよう。
正式には夏国王明理どのの到着を待ってとはなるが‥。秋と夏、二国の和平だ。宴を開き、戦なき時、友国の誕生を祝すとしようか。
暁亮、大義であった。其方にはしばらくこの白焼宮に滞在することを許す。無論、祝宴にも出るが良かろう」
「ありがたきお言葉。ですが、我が王明理の到着も間もなく。もとより貴国との友和を最も望んだのは他でもない明王御自身。使者如き分際の私が先に祝す訳には参りません。わたくしの祝宴への参加は、是非明王が参った時に」
王の言を返す言葉に、しかし陽斎は気にすることもなく、ふむと頷く。
「では下がって体を休めよ。--周藍。友国夏の明王名代だ。客人を相応にもてなすように」
「御意」
取り囲むうちから一人の男が礼を取り、秋国王陽斎に応じた。
夏国王の使者暁亮は、陽斎に再度頭を下げてその場を辞した。
この地にまず名を与えたのは誰だったのだろうか。人が何百年何十世代と営みを繰り返す中、いつしかこの大陸の東部、山々に囲まれて中央と隔たれた一角に国は生まれ、争いが始まった。いくつかの王朝が興亡を繰り返し、ついに統一国家「春」が興る。その名の如く長き世の春を謳うかのように続いた春帝国は、しかし三十年程前にその息吹を終え姿を消した。
武勇に長け、かつ野心溢れる三人の武将の一人により最後の君主である界帝は殺され、他の皇族は虐殺された。唯一の生き残りである第三皇女華羅耶を巡って武将たちが争ううちに、彼ら三人はとうとう国を三つに割った。
「紀」と「渓」、「青臨江」の三つの河川を境にし、北に冬国、東南に夏国、西南に秋国。三国に分かたれた後も戦乱は続き、巨大な国土と鉱物資源を有する冬、農作物豊かな豊穣の大地を誇る秋に比べ、遊牧民族と荒れた山岳地帯を含む夏は最も国力が小さく、民も少ない。冬国秋国の二国に比べてどうしても見劣りする夏国。だがその情勢は昨年に一変した。
天候不順と虫害による大規模な飢饉が秋国平野部で起こったのだ。農作物で国が潤う秋国にとって、収穫を前にしたこの災厄は大打撃を与えた。
また旱魃の影響で秋と冬の国境を流れる紀の河の水位が下がり、秋国への冬国の侵略がたやすくなった。この秋国の不安要素に夏国王明理がすかさずつけ込み、冬国に対する軍事同盟と互いの休戦を持ち出した。
三度にわたり親書が行き交い、はじめは渋っていた秋国王陽斎も和平に応じる気配を見せた。そこから更に二度、詳細の詰めがあり、夏国王明理は和平条約調印の最後の使者を秋国に送り出した。
暁亮、字を桂淋。
漆黒の絹糸を束ねたような艶やかな髪を頭上で束ね背に流し、夜空を映す星のきらめくような藍色の瞳。
天上の神々が筆を執ったかのような隙のない造形に、桜が舞い散るような華やかな天与の美しさ。
訪れたのは思いもよらぬ若さの麗人。
その藍色の瞳には、その名の如く、暁の光のように強い意志がたたえられていた。
その時、あいかわはPCとかなくて、レポート用紙にこつこつとお話を書いていました。
で友人数人に見せていました。
この「暁光」は、本物は親しい人の一人に差し上げて、
コピーが手元にあります。
今回、なろうさんに掲載するにあたり、記載整備してますが、大筋は変わりません。
すごい恥ずかしく、懐かしく。
余談ですが、暁亮さんに関して、
あいかわの世界で一番美しい人にしよう、と決めて書いたのでした。
ので、この人の形容詞には気合が入ります。
時々表現が死んでいるのは、あいかわの力不足です‥。精進します。