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三国志遊戯  作者: 三十四
184年7月
9/14

第八話

食事中の方はご注意ください。



【一ターン進みました】

 


 王双部隊を出陣。

 ついで、郭図部隊・劉禅部隊も出陣させる。

 

 城兵は負傷兵の回復もあって、1100。大将のいない城兵の攻撃と防御力は皆無に近くなるが、やはり騎兵部隊の攻撃では減らすのは難しくなる。

 作戦を遂行するまでの間は、余裕で保つ。


【一ターン進みました】


 ――よし。

 まずはOKだ。

 戦闘系特技が発動する時は必ず最初のターン。郭図・劉禅の部隊の撃破はこのターンでは起こらなくなった。


 俺は、郭図の【計略】コマンドを選び、【虚報】に合わせた。


 ゆっくりと太陽が西に沈んでいくのが見える。

 ここからは、歩いて【交趾】まで行く。現在時刻は午後六時くらいか?

 ここから朝六時までが、夜のターン。

 

 ――ここからは、歩いていかねばならない。


 一ターン進ませてしまうと、いきなり敵のど真ん中になるからだ。なす術もなく殺されてしまう可能性があった。


 平原が真っ赤に染まっていく中、俺は歩いていく。目標は分かっている。

 すでに、【交趾】の建物は目視できていた。

 それほど、時間はかからないように見えた。


 ――が。


「はあ……はあ……はあ……」


 俺はしばらく歩いて、膝に手をついた。

 足痛い。

 息が苦しい。

 頭痛い。

 運動不足が祟っているのだ。

 というか、体内時間でもう丸一日寝てないんじゃないのか? つっても、この状況ですやすや眠れるほど神経が太くない――昔の人は、それでも眠る時は眠っていたんだろうけど。俺は、根っからの現代人なのだ。


「くそっ」


 悪態をついてから、俺は再び歩き出す。

 少し休憩しても、良いのではないかと頭の中で思ったが――でも、やっぱり休んでいられない。


「!?」


 俺は身をかがめた。周りが草の丈が長いので、それだけで身を隠すことが出来た。

 今、視界の端に、黒っぽい何が映ったのだ。

 心臓が早鐘を打つ。

 敵兵? 情報ウィンドウ上では、まだ接敵していないはずだ。

 息を殺し、そろりと上体を上げる。

 ――何も見えない。


「カー!」


「!」


 慌ててまた身をかがめた。

 何だ?

 何の声だ? まるで動物の鳴き声だが。


「アホー!」

「カー! カー!」

「……」


 胸の辺りを摩って、俺はほーっと息をついた。

 カラスだ。カラスが鳴いているのだ。

 驚かすなよ、頼むから……

 俺は起き上がり、そして、目を疑った。


 夕日に照らされている草原。その真っ赤な風景の中に、点々と人が死んでいた。

 カラスたちは、その死体を貪り食っていたのだ。眼球をほじくり出し、その身を啄んでいる。カラスばかりではない。野犬もそれに加わり、そのご馳走を食べるために、先を争って牙を立てている。

 

 ぶーん。


「ひっ……」


 頬っぺたに何かが触れて、俺は頭を押さえて突っ伏した。

 何かと思ったら、蠅で――俺の手の甲に止まり前脚をしきりに摩っている。その二つの複眼が、俺を見つめている。


「……おえっ」


 腹からすっぱいものが逆流してきて、その場に吐き出してしまった。

 

 分かっていたことだった。

 

 ここはゲームの世界の決まりがあるけれど、生命は生きている。

 刺されりゃ死ぬ。殺されればもう動かない。

 そういうことだ。


 分かっていたのに、俺は見て見ぬふりをしていた。


「俺が、殺した」


 動物たちがどちらの兵を食べているのかは知らないが、俺が決断した末に彼らは命を絶たれたという事実。

 それが、重く肩にのしかかってくる。


「どうしようもないことじゃないか……!」


 言葉に出していってみる。

 こちらの宣戦布告から戦端が開いたけど、どちらにせよ袁術が攻めてくるのは目に見えて分かったことだ。

 やられる前にやらなければ、生き残れない。

 俺は生き残りたい。

 だから、殺す。

 犠牲になってもらう。


 ――頭の中では分かっている。だが、心は全く整理がついていない。


 俺は頭をぶんぶんと振った。

 その考えを、追い出す。

 立ち上がり、歩く。一歩、一歩。屍山血河となっているその風景に、目を反らしながら。

 


 【交趾】の城塞がもう目前に迫った所で、俺は体をかがめて前進する。

 都合よく、辺りはとっぷりと暮れている。このまま身を隠しながら、近づけそうである。


「ワアアアアアア……」

 

 いくつもの声が聞こえる。悲鳴。叫び声。泣き声。罵倒する声。阿鼻叫喚のるつぼと化した戦場の声だ。

 来た。

 どうやら、すぐ近く。暗くなっているので、死体の振りをして体を突っ伏し、もぞもぞと匍匐前進しながら、宵闇の中目を凝らしてじっと辺りを伺う。


 情報ウィンドウ上では、どの軍も微動だにしていない。

 が、目の前に起こっているのは、当然のようにリアルタイムだ。

 

 俺は、自分の部隊の状態を確認。

 交戦状態――にはなってない。


 もっと近づいて――戦わないとやっぱり駄目か?


「……」

 

 息をつく。

 一瞬で良い、はずだ。

 手には、死体から拾って来た槍をもってきていた。


 ――行こう。

 

 行くんだ。


 突っ伏したまま、俺は心の中で叫ぶ。


 あの、弓矢が飛び交い、斬り合いをし、殺し合いをしているところへ!


 怖い。

 怖い怖い怖い怖い怖い!


 でも――

 あの物言わぬ死体たちのことを思い出す。

 やらなきゃ、やられるんだ。やらなきゃ……


「ああああああああああああああああああああ!」

 

 叫んだ。力の限り。

 立ち上がり、全力で駆けだす。


「あああああああああああああああああああ!」

 

 完全に狂人のそれだ。

 何事かと近くにいた兵士が、驚きすくんでいる。

 俺の部隊が、交戦状態になっているのを確認。

 計略【虚報】を発動。



「ワアアアア……!」


 戦場の至る所で、声がする。


「小田裕也軍に援軍が現れたぞ!」

「その数一万!」

「既に紀霊将軍は討たれてしもうた!」

「援軍だ、援軍だ! 退却じゃー!」


【虚報により、紀霊の部隊はかく乱状態になりました】


 やった。作戦は成功だ。

 よし、これで――ターンを回す。


【一ターン進みました】


 朝。柔らかな日差しが戦場を照らす。


 5000あった紀霊の部隊が、3500に減っている。一夜にして、1500人が戦闘不能に陥ったということだ。


 まだ紀霊の部隊の攪乱は解けていない。かく乱状態は、一ターンごとに部隊にいる全ての武将の統率と知略の値を参照して、元に戻るかどうかを判定する。

 もしくは、計略【鼓舞】か【治療】を使用すれば、かく乱状態は解ける。程銀と紀霊は、どちらも持ってはいなかった。

 よし、まだまだ!


【一ターン進みました】

 

 3500から1500に。こちらの損害は0なので、数的に優位ならば、その消耗度は加速していく。いける。

 目の前では怯える顔の兵士が見える――はたと俺は気が付いた。

 ああ、そうだ!

 何をやってるんだ。俺は。

 かく乱状態が解ければ、即座に俺は殺される。なんだってこの戦場でターンを送っているんだ!

 とんでもない大ボケだ。

 すぐさま、俺の行軍目標を【交趾】に設定。

 まだ紀霊の部隊はかく乱状態になっているので、無傷で入れるはずだ。


【一ターン進みました】


 紀霊の部隊はわずか150ほどに。かく乱状態は、ようやく解けた。

 こうなったら、彼らの部隊も殲滅させてもらう。これで、その負傷兵もこちらに頂けるということになる。俺は、各部隊に逃げていく紀霊の部隊の追撃を命じた。


「太守様のお帰りじゃぞ!」


 突然声がして、俺はビビった。


 俺がいるのは、城門のすぐ近くなのだが、何故だかそこには町民、兵士などが出迎えてくれている。


「よくぞ生きて帰ってくれましたですじゃ!」

「さあさ! どうぞこちらへ……誰か、馬を! 太守様をお乗せするのだ」


 ――なんだか嫌に歓待されているな。

 

 俺は愛想笑いを浮かべつつ、適当に頭を下げている。


「いや、しかし太守様の剣技は素晴らしいものがありました」

「そうじゃそうじゃ。全く……敵兵共がまるで子ども扱いじゃ」

 

 え?


 剣技?

 

 ちょっと待て。えっと、どういうこと?

 

「全く、太守様こそ、天下無双、真の豪傑じゃ」

「まさかお一人で、あれほどの兵を倒すとはのう」



 さっと何か冷たいものが首から背中にかけて走った。

 今俺が持っているのは、剣だ。槍ではない。

 よく見ると、俺のTシャツもジーパンも血まみれで、髪から血がぽたぽた垂れている。顔をぬぐってみると、べったりと血が掌に張り付いている。まるで、血のシャワーを浴びたみたいだ。


 ――つまり、こういうことだ。


 かく乱状態を受けている部隊は、部隊攻撃力が0になる。

 兵力1の俺であっても、戦場にいる限りは、敵兵を攻撃し続けていることになる。


 息が、詰まった。


 俺は、今、どれだけ戦場でターンを送った? この帰って来た時と合わせて、丸一日だったはずだ。

 丸一日――俺は、人を、殺し続けた……?

 この剣は、おそらく、敵兵から奪った物ではないのか。


「太守様……?」


 意識がブラックアウトしていく。

 慌てる町民の声を聞きながら、俺は意識を深い闇の中に沈めた。



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