第五話
ところで、彼女らが仕事をしているというのに、俺はまったくやっていない。
いや、やっていない、ということはないのだが、結果的にやっていないということだ。
俺は、彼女らが仕事をしている間に、【交趾】に【人材探索】を連打しているのだ。
郭図が言うように、この【交趾】にはきっともう目新しい人物などいないのだろう。だが、それでも俺は【人材探索】をしていた。別に、彼女のいうことを信じていないというわけではないのだ。
【人材探索】は他にもイベントが起こる可能性がある。
このゲームには能力値を成長させる要素があるのだが……
統率……主に戦争を経験するごとに経験値が溜まっていく。
武力……主に【訓練】、一騎打ち、戦闘特技発動事に経験値が溜まっていく。
知略……主にコマンドの【計略】を選択するごと、知略特技発動事に経験値が溜まっていく。
政治……主に【内政】、【外交】を行うごとに経験値が溜まっていく。
魅力……経験値がない。完全なる才能。上げるには、アイテムを装備するしかない。
と、経験値が一定値溜まればその都度アップしていく。そして、数値が高くなるに比例し、経験値が大量に必要になってくる。
時間をかけさえすれば、オールカンストも可能だった。かければね。難易度極悪で、そんな暇はない。
【内政】や【訓練】をやればいいのではないかと思うかもしれないが、それらのコマンドには、当然のようにお金がかかる。余裕があるとはいえ、都市の産業値の低い今、無駄遣いは控えるべきである。……毎月払う武将の給金を払えなくなれば、忠誠度が下がっていくのだ。絶対に、それは避けたい。ノーモア呂布。
今、オール1のできる仕事は、【人材探索】のみだということだ。
一応、イベントさえ起これば経験値もそのイベントに応じて微量ながら貰えるし。【内政】なんかするより、よっぽど良い効果が期待できるのだ。オール1だからね。悲しい。
イベントを引き当てるには政治の値がそのままパーセントになる。つまり、1パーセントが俺の場合、何かが起こる確率。
あ――
【義勇兵が1011人集まりました】
と思っていたら、良いイベントを引いた。
国の全体の兵力が一定値以下の時に起こる、序盤では、結構ありがたいイベントだ。
そして、同時に、執務室のドアが開く。栗色の髪を振り乱して入ってきたのは、劉禅だった。鼻を高くしながら、満面の笑みをしている。
「裕也~、また阿斗が武将を見つけてきたのじゃ~」
この劉禅優秀過ぎない? 何なの?
【王双子全】
統率 71
武力 90(+2)
知略 11
政治 18
魅力 56
【特技】
【騎兵LV2】【歩兵LV1】【猪突猛進】
うーん。結構、強いぞ。
呂布にはそりゃ劣るけど。つか、あれと比較しちゃいけない。武力90は武官としては、かなり強い方だ。
しかし【猪突猛進】、かあ。まあ、この武力では悪くないんだけど。
呂布にもあったこの【猪突猛進】の効果は、戦闘特技を発動させやすくなるのだけど、計略【挑発】を受けやすいのと、一騎討ちをしやすいという特徴がある。
武力90は十分強い。強いんだけど。その強さは絶対ではないのだ。一騎討ちは、どうやってもランダム。俺の操作も受けない、確率の戦いになってくる。
呂布がこのデメリットをあまり受けないのは、【天下無双】があるからだ。これは【一騎当千】を持つ者以外と一騎討ちになれば必ず勝つことができるという特技だ。なんという公式チート。
ちなみに【一騎当千】の特技を他に持つ者は、関羽、張飛、張遼だけである。……呂布を使いこなせれば、本当に楽だったんだけどなあ。
……まあ、どんな人間であろうとも、今の状態では登用するしかないんだけどね。
「じゃあ、登用に向かってくれ」
「畏まったのじゃ!」
そう言って、またぴゅーと駆けだしていった。王双は【桂陽】にいるから、登用できたかどうかわかるのは……往復で二十日以降か。
――で、また俺は【人材探索】を連打と。金印とかおちてないかなあ。あれは、魅力を100にする素敵なアイテムなんだけど。
【人材探索を行いましたが、何も発見できませんでした】
まあ、そううまい話はないか。
【一日が終了します】
「――殿、おいでですか?」
執務室のドアを開けて、郭図がやってきた。
「昨日、登庁してみれば、殿は領内を探索しに出たとか」
どうやら、【人材探索】を行った後に、彼女の任務が終わったようだった。
「すまなかったな」
「いえ。【零陵】にはこれといった人材はいませんでした」
「そうか……」
まあ、彼女の政治から見れば、見落としている可能性もあるが。
そろそろ、内政に力を入れるべきだ。えっと……情報ウィンドウを開く。
【交趾】
民心 17/100
産業 18/64
収穫 4/30
耐久値 7/100
兵力 1014人
将 3人
右の値がマックスの値で、それ以上上昇することはない。うん。かなり民心が低いな。これからは【徴兵】も行わなければいけないし、ちょっと上げておこう。
「郭図、【巡察】を行ってくれ」
【巡察】は都市の【民心】を上昇させる効果がある。
金庫から金を出し、郭図に渡す。
「御意」
一礼し、郭図は部屋を出て行った。
ふーやれやれ……さて、俺はまた【人材探索】を行うか……
それから人材探索を二十回したところで、ばーんと扉が開いて劉禅がやってきた。
「裕也! 王双殿をお連れしたのじゃ!」
本当に優秀だぞ劉禅……ちなみに、俺の方はこの二十日、全く何も起こらなかった。
【劉禅が王双の登用に成功しました】
腕を組んだ女性が劉禅の後に現れる。長身であり、腰まである黒い長髪。赤のチャイナドレスを身に纏っていて……おっぱいが張り出されている。腰のスリットも深く、なんとも教育上宜しくない衣装を身に着けていた。
その肩にはじゃらりと流星槌が垂れ下がっていた。つながれた鎖の両先に球状の金属が取り付けられているものだ。
ようやくにして、武官の採用。
だが、のっそりとしたスピードだが、確実に戦力は増強されている。
「王双、とりあえず、これを受け取ってくれ」
定番のお金を王双に渡す。
「それと、君の役職は【屯騎校尉】に任免しようと思っているんだけど」
「我は、王双」
「……」
え、何この子。何で今名乗ったの?
「我は、王双」
憮然とした顔つきで、彼女は腕を組んだままだ。
「うん。それは分かった」
ふむ。と彼女は頷く。
「我は王双……」
何なのこの子。
助けを求めて、俺は劉禅へと顔を向ける。
「ふむ。王双殿は、阿斗と会ったその時から、それ以上の言葉を喋ってはおらぬのじゃ」
「我は、王双!」
古臭いロボットがやるみたいに、両腕を上げて力こぶをつくる王双。
やっと頼りになる武将を引き当てたと思ったら、何だか不安しか感じなくなってきたぞ……
「しかし、なんとなく表情で言わんとしていることは分かるじゃろう? ほれ、嬉しそうな顔をしておるではないか。きっと褒美が貰えて、嬉しいのじゃ、そうじゃろう? 王双殿?」
「我は、王双!」
そ、そうか?
俺の目には、全く変わらず、憮然とした表情にしか見えないんだけど。
「で、次の任務はなにかのう?」
と目を輝かせている劉禅。えっと、とりあえず。
「王双、【徴兵】してくれ」
まず王双に指令を下す。うん、と彼女は頷いて。
「我は、王双」
と言って執務室を出て行った。うーん。本当に、言葉が分かっているのか? この世界に来て初めて自分の言葉が通じるのか疑問に思ったぞ。
「で――えっと、劉禅は」
ふわ、と欠伸が出てしまった。
――考えてみれば、もうずっと寝ていない。
この世界に来てから、結構な時間が経ってしまっているはずだった。
「裕也? また無理をしておるのか?」
「え――?」
「いかんぞ。お主がこの国の為に身を粉にして働いておるのは分かっておるが、休む時は休まぬとな」
「まあ、そりゃ、そうだけど」
「お主、殆ど寝てはおらぬそうではないか」
「いや、全然寝てないけど……」
あ、そうか。
彼女らからしてみれば、俺はずっと働きっぱなしに見えるのだ。飯も食わずに、寝もせずに、一日中、人材を探索する太守。ちょっと……いや、かなり不審だ。
俺は慌てて訂正した。
「いや、君たちの見ていないところでは、眠っているからな」
さすがに三十日間眠らずに働ける人間は、超人を通り越して化物だ。あらぬ噂がたてられてはたまったものではない。
「しかし、今日の所は、休んだらどうじゃ?」
「そうだなあ」
「休め、休め。おお、そうじゃ。阿斗がお茶を淹れて来よう。待っておれ!」
と言って、ぴゅーっと扉を開け放って出て行く劉禅。
……元気だなあ。
執務室の椅子に背中を預けて、俺はもう一欠伸する。
そうだな……今日の夜は、自分の部屋で眠るとするか……
さしあたっての危険はないはずだし……
そうして、大きく伸びをしたその時。頭の中に、メッセージが浮かぶ。
【零陵にて袁術が旗揚げしました】