第三話
俺は、頭の中で情報ウィンドウを開き、他国のデータを見てみる。
全体マップを表示。えっと、俺以外の太守は……曹操、楽進、甘寧、皇甫嵩、諸葛亮孔明……うげ、まじか。あんた補佐役だろ。と、後は陳宮、朱治、陸抗、顔良、夏侯淵、司馬懿……司馬懿って。
「結構な強敵ぞろいだなあ、おい」
特に孔明と司馬懿が隣合っているのがまずい。必ずどっちかを吸収して、更に強敵になる可能性が高い。しかも、【洛陽】と【長安】。元々相性の悪い二人だから、どちらかの国が滅んだあと、処刑、しないかな。せめてどちらかは死んでほしい。いや、マジで。本当にお願いします……
全体マップを見ながら、当面の目標と計画を立てていく。
当面の目標は、曹操をやり過ごしつつ、勢力の拡大を図ることだ。俺の所属都市【雲南】に隣接しているのは、太守のいない空白都市の【成都】と【建寧】、曹操が太守の【江州】。このゲームは、同盟を結んでいたとしても、世界全体で二か国になった時点で条約を破り捨てて攻め込んでくる。そのため、勢力の拡大は絶対に行わなければならない。
ここは――よし。
「出陣する」
俺は兵士に伝える。
「は――して、目標は?」
「【交趾】へだ」
【成都】方面へ勢力圏を伸ばしていくと、司馬懿と孔明にぶち当たる可能性があるし、曹操を早期に相手しなければならない。勿論、良い武将を引き当て続ければ、勝てる可能性があるが、そんなにうまくいかないと思うべきだ。
このゲームは、順々に占領しなくてもいい。CPUは、太守のいない空白都市に序盤は攻め込まない特徴がある。というのも、空白都市を占領すると、その都市の【民心】の値が下がってしまい、産業値、収穫値、徴兵値に影響が出てしまう。
そして、民心が下がると、隠しパラメータである【信望】も下がっていく。【信望】は最大値で【皇帝】になることから、CPUは内政を行い、その都市の【民心】を十分に上げてから空白都市は攻めていくのだ。
故に、【建寧】を飛び越えて、周りが空白都市の【交趾】へと向かうのだ。中国の一番南方。ベトナムに当たる所だったはずだ。【交趾】に拠点を移すだけで、かなりの時間稼ぎを行えることになるのである。我ながら、ナイスな一手だ。
「しかし、劉禅様に兵糧を持っていかれて、絶対に足りなくなりますが……」
「いや、俺一人で行く」
驚く兵士。軍団を移動する際は兵糧が減少するのだが、減少量はその数に比例する。一人ならば、最低限に抑えることが可能だ。そして、空白都市を占領するには、一人で十分なのだ。ゲーム的仕様と言う奴だ。
ただ、【雲南】から【交趾】への軍団移動は、三十日かかる。太守である俺が都市を離れることにより、その間、一切の政務が行われなくなるが、まあ、問題はないだろう。
俺は頭の中に浮かぶメッセージ【出陣しますか?】に【はい】を選択。
風景が変わる。
うわあ。なんだこの……大自然だなあ。
辺り一面、ジャングルだ。不気味な声が辺りに木霊している。うだるような暑さに、体から汗が即座に吹き出てくる。今どれくらい? と確認。……あれから、5日経っているということになっている。
一人でいるのは、気持ち悪いところだし、さっさとターンを送って【交趾】へ行こう。
【曹操が同盟を断りました】
と、それから5日後。頭の中にメッセージ。
劉禅が外交に失敗したようだった。
失敗すると、兵糧は戻ってくるから、そこは安心だ。
うーん。まあ、仕方ない。【交趾】についたら、再び曹操の所へ行ってもらおう。
【曹操軍が小田裕也軍に宣戦布告しました】
「は?」
あわわわわ!
マジかよ!?
情報ウィンドウの全体マップでは、曹操軍が【江州】より打って出ていた。
マジだよ!
予想以上に曹操はやる気だったというわけだ。
このゲームでは、プレイヤーが操る太守の所属国がなくなれば、ゲームオーバーだ。
【江州】から【雲南】までは、たしか15日前後かかったはず。
そして、【交趾】へ辿り着くには残り20日かかる。
この時点で、一応、俺の生存は約束されている。いくら曹操でも、1都市を攻め落とすのにはわりと時間がかかるはず。その間に、空白都市の【交趾】を攻め落とせれば、ゲームオーバーにはならない。
更に、戦闘モードは、この頭の中に浮かぶ情報ウィンドウで操作できるはずだ。劉禅はもう【雲南】に戻っているので、彼女を操作し、最悪、【交趾】を落とすまで時間稼ぎを行えばいい。
だけど、劉禅と兵士は――
彼らは、生きている。
それを、あの警備兵と話していた時に感じたのだ。
俺と同じように、死があるのだ。
――彼らは俺の部下であり、俺が生きるために使い捨てになっても、いい存在だ。……ってバカ言うな!
頭の中に、劉禅のあどけない顔が浮かび上がる。
彼女が死ぬかもしれないなんて、そんなこと許されるか!
でも、しかし、どうやって――あ、いや、そうだよ!
【建寧】だ。
【建寧】ならば、ここから12日。ぎりぎり、【雲南】が交戦状態にならない可能性がある。
頭の中で情報ウィンドウを開く。そして、俺の行き先を、【交趾】から【建寧】へと変える。
間に合うか……? 確か、交戦状態と判定されるのは、三日の距離だったはずだ。交戦状態と判定されれば、【雲南】に関するすべての操作が受け付けなくなり、戦争モードに移行する。
いや、これだ。これしかない。
俺は、【建寧】へと移動を開始。
それから12日――
【小田裕也軍が建寧を占領しました】
俺は【建寧】の政庁へと走った。
「ひい……ひい、はあ、はあ」
日ごろの運動不足が、とんでもないところで祟っている。
執務室でなければ、コマンドを選ぶことが出来ないのだ。
「これは太守様」
警備兵が恭しく一礼。丁度良かった。
「執務室へ案内してくれ!」
情報ウィンドウ上では、曹操軍が【雲南】にすぐそこまで迫っているのが見えたのだ。
俺はようやくにして執務室へと入り、頭の中に浮かぶウィンドウを操作。
「劉禅と物資をこっちに【移動】、編成している兵士を……解散!」
【一ターン進みました】
【曹操軍に雲南を占領されました】
はー……よかった。
情報ウィンドウを開く。
【建寧】
金 3516
兵糧 85018
よしよし。二都市分が加算されている。
……不思議な事だが、物資はワープしているのに、将個人の移動は、その都市間の距離に応じて日数がかかるようだ。まあ、これはゲームの仕様なので、仕方ないのかもしれないが、一体どういった処理が行われているんだ?
って、そんな疑問を挟む暇もない。
俺はすぐさま、【交趾】へと兵数1で移動を開始。
軍団は、移動日数が嵩むと【士気】が下がっていく。この【士気】が下がると部隊攻撃力が下がっていき、0になると消滅する。
CPUはこの士気を非常に大事にしており、滅多に連戦は仕掛けてこない。
曹操軍の軍の士気が上がるまでの間は、一応、安全だし、俺が全くやっていない内政も行うはずだ。
つまり、俺が安全なのは、その間だけだということ。
依然、時間的余裕はなかったのだ。
そして【交趾】を占領した後に、再び劉禅を移動する。
結局劉禅と再会したのは、【建寧】を占領してから一月半。……といっても、俺にとっては一時間もかかってはいないけど。
「……」
そろりと執務室のドアを開ける劉禅。
「何やってんの?」
顔だけドアから出して、なかなか入ってこない劉禅。
「顔を合わせらぬのじゃー……」
「何で?」
「裕也に任せておけと行ったのに、役目を果たせられなかったのじゃ」
「いや、別に……仕方ないよ」
政治50の兵糧56000での同盟締結の成功率は、まあ、半々であろうと思っていた。政治が100であろうと、駄目な時は駄目なのだ。だから、俺は気にしなかった。
「……それだけじゃないのじゃ」
「なんだ?」
俺が尋ねると、彼女は、執務室のドアを開けて、静かに入ってくる。
「阿斗は……逃げ出してしまったのじゃ」
「逃げ出すって、何に?」
「曹操軍が、【雲南】に迫ってくることを知り、阿斗はこうなれば城兵とともに城を枕に討ち死に覚悟じゃった」
「……」
「ところが、曹操軍が間近に迫って――阿斗は、怖くなって逃げ出してしもうたのじゃ……!」
どん、と劉禅がその場に座る。
「なんと情けない! ……ここに現れたのは、その償いをするためじゃ! 主である裕也よ! 阿斗を煮るなり焼くなりせよ! この首を晒し、臆病者を弾劾するのじゃ!」
あの、曹操軍と交戦状態になる前に劉禅を移動させたのが、そういう過程になったということだ。
その事を知っている俺が、劉禅に対し恨みごとなど言えるはずがない。
「劉禅、気にすることはないよ。君は、武官ではないんだし」
俺は、劉禅に対し手を差し伸べた。
「し、しかし……城兵を見捨ててしもうたのじゃ……将として、許されることではないのじゃ……」
「城兵は、一滴の血も流れていないよ」
目をぱちくりさせる劉禅。
「えっと……まあ、彼らも臆病風に吹かれたんだろう。曹操が相手だしな」
「ほ、本当か? 裕也? 何故その事を知っておるのじゃ?」
う。
劉禅のくせに、痛いところをつく。
頭の中に浮かぶ、このウィンドウで操作したのだ、と言っても信じはしないだろうな。
「俺が、そう命令したからだ。曹操が来たのなら、逃げろとな」
嘘は言っていない。
「……」
じっとその目で射抜かれる。やがて、ほーっと劉禅は息を漏らした。
「よかったのじゃ……誰も死なずにすんだのじゃ」
なんというか、優しい子なんだなあ。
「と、すると、アレかのう? 阿斗を、その、この国にまだおいておいてくれるのかのう?」
「勿論だよ。俺には君が、かなり必要だし」
というか五十倍の政治力があるし。俺の方が、頭をこすりつけてお願いしますする立場なのだ。
満面の笑みを浮かべ、俺に飛びついてくる劉禅。
「ありがとうなのじゃ、裕也!」
「うわ!」
慌てて抱き留める。本当に、子どもっぽい……
「うっ」
顔や体格が幼いくせに、けっこう、ある。彼女から押し当てられる柔らかな感触に、心臓が否応なしに高鳴っていく。
考えてみれば――彼女は俺の部下で――この執務室は今密室で……誰も、見ていないわけで。
【劉禅がイベントにより、忠誠度が上がりました】
頭の中に浮かぶメッセージ。
急いで確認する。
【劉禅公嗣 忠誠度 100】
え? 何もしてないよ? 確か、さっきまで80いくつだった気がしたけど。
俺はハッとなる。
彼女は生きた人間だ。
【俺を信じられると思ったから、忠誠度が上昇した】のだ。
それを、ゲーム上は【イベント】で処理したということだ。
だから――その逆もありうるということ。
や、やばい。
俺の心がやばい。このまま欲望のまま押し流されてしまえば、彼女の忠誠度がダウンする可能性があった。すると――
俺の元を離れる→あの国の太守は変態だと言いふらされる→誰も仕官に来なくなる→国が滅亡→俺死亡。
なんてわかりやすい方程式だ!
「ちょっと、離れて、劉禅」
「どうしたのじゃ、裕也?」
「し、仕事をしないといけない」
と、俺がいうと、あっさり劉禅は体を離した。
「おお、そうじゃな」
あ、ちょっと名残惜しいかも……いやいや命あっての物種だ!