第一話
こ、ここはどこだ?
気が付くと、どこか見覚えのある部屋の中だった。
頬っぺたを抓ってみる。痛い。夢じゃない。てことは、現実?
「えっと……」
辺りを見渡してみると、部屋の中央にテーブル、そして、俺が座っているのは、やや立派な椅子だった。こじんまりとした部屋の造りであるが、周りには何だか豪華そうな調度品……ん? あれ、この棚に飾られている物は――
【難易度普通クリア記念 プレート】
【難易度難しいクリア記念 プレート】
【難易度極悪クリア記念 プレート】
壁には、
【劉備勢力でクリア記念 雌雄一対の剣】
【曹操勢力でクリア記念 青紅の剣】
などなどが飾られている。その調度品を触るごとに頭の中に文字が浮かぶのだ。
そしてそれらは、いずれも見覚えのある物だった。
「おいおいおい」
冗談じゃないぞ……
俺がやっていた三国志のゲームは、クリアするごとにそのプレイ状況に応じて賞品があり、それらはインテリアとして、執務室や自分の部屋に飾ることが出来るのだ。
「太守様、今日はいかがいたしましょうか?」
部屋の中に、鎧をつけた兵士がやってくる――ゲーム上では軍師がやってくるのだが、軍師がいない場合は、兵士がやってくるのだ。
ああ、いや、もう、心の中では認めてしまっているじゃないか。
俺は――あの三国志のゲームの中にいるんだ。
困った。
【小田裕也】
統率 1
武力 1
知略 1
政治 1
魅力 1
【特技】
なし
頭の中に浮かぶ、ウィンドウ。ゲーム画面そのままだ。泣きたくなるようなステータスだな。誰がこんな奴作ったんだ。
俺だけど。
どうやら、ゲームの中に俺はいる。
原因は、あの穴に吸い込まれたから? ンな馬鹿な。トラックにもひかれていないのに?
いや、それは良い。よくないけど、良いことにする。
問題は、俺は生きた人間であり、ちゃんと腹も減るし、眠たくもなるということだ。
ということは――刺されたら死ぬということだし、万一ゲームオーバーになったらどうなるのか……は試したくない。
そして、これはゲームの中ではあっても、セーブは出来ないようだった。
うわー……まじかー……
こんなことになると分かっていたなら、能力値カンストに作ってたっつーの。
「太守様? いかがいたしましょうか?」
兵士が再度、俺に尋ねてくる。それしか言えないのか、お前は。
「お前、俺の姿を見てどう思う?」
俺の服装は、ジーンズにTシャツという現代風の服装だった。兵士は小首を傾げて、言った。
「変わった服を着ていると思います」
それだけですか。
【一ターン進みました】
頭の中に文字が浮かぶ。
このゲームは、一日が朝・昼・夜で三ターンで構成されている。
いま、何もしなくてもターンが進んだということは……時間が来れば、自動的にターンが進むのか?
……一ターン、損した。
いい加減、まごまごしている暇はない。
とにかく、ゲームの世界に来ちまったのはしょうがない。まず、セオリー通り、人材を確保して――
「太守様、武将をお連れしました」
え?
執務室に現れた武将を見て、俺は驚いた。
赤く長い髪。切れ長の目に、張り出された乳房。虎柄の衣装を身につけた、ふてぶてしい顔面の女性が、そこにいた。
【呂布奉先】
統率 90
武力 108(+8)
知略 20
政治 8
魅力 79
【特技】
【騎兵LV3】【歩兵LV3】【弓兵LV3】【天下無双】【一騎当千】【獅子奮迅】【猪突猛進】
「あんたが小田裕也か?」
右手に持っているのは、かの有名な方天画戟。
「りょ、呂布だって? あ――」
女体化MODをそういえば切ってなかった。
このMODは全ての三国志武将を全員女性にするというものである。その昔、飽きてきたときにインターネットでゲーム名で検索した時に手に入れた物だった。
ごくり。
衣装からはみ出ている横乳に生唾を飲み込んでしまった。いや、いや、いや。それよりも!
「ほ、本当にうちに来てくれるのか?」
このゲームには、それぞれの武将間に相性が設定されている。
この相性が良ければ、このように登用コマンドを選ばなくても、来てくれることがあるのだ。
「ああ――ま、暇だったからな。適当に頼むぜ」
【呂布が小田裕也軍に加わりました】
うおおお、やったぜ!
まじでか。
これで一気に楽になった。
いやー……助かった。かなり。これで、俺の生存率はかなり高くなったと言える。
「じゃあ、早速、そうだ。【人材探索】で雲南を探ってくれないか?」
「分かったぜ」
呂布にその適性はないが、とにかく人材を確保していかないと、即座に積んでいく。呂布の政治は俺の能力の八倍。魅力に至っては約八十倍だ。呂布の方が、人材を確保するのにうってつけだ……悲しいなあ。
呂布が、執務室の扉を出て行く。
えっと、俺も、【人材探索】を【雲南】で行うように頭の中で展開されるウィンドウ画面を操作する。
【一日が進みました】
【呂布奉先が曹操軍に引き抜かれました】
は?
え? まじで?
情報のウィンドウを頭の中で開く。うん。いない。いないね。俺の名前しかない。
そっかー難易度【極悪】だったなー、そうそう、【極悪】はこういう風に隠しステータスの【義理】が低く、忠誠値が低い場合、容赦なく引き抜いていくのだ。
「つか、曹操!?」
頭の中に浮かぶ、情報ウィンドウを操作して全体マップを見る――よりによって、【江州】にいる。すぐ近く、というか隣接している。
ちなみに、曹操の能力は――
【曹操孟徳】
統率 99(+5)
武力 82(+2)
知略 102(+6)
政治 98
魅力 88
【特技】
【歩兵LV3】【騎兵LV2】【鼓舞】【虚報】【罵声】【罠】【弁舌】【同士討ち】【策謀】【反計】【造営】【冷静沈着】
化物か何か?
いつみても無修正でチートだ。うわー、こんなのが近くにいるなんて……
というか、今の呂布の引き抜きにより、関係が【敵対】になってるし。そ、そっちが勝手に引き抜いたくせに!
向こうは、もう武将を六人。兵士数は1万8千人で、こっちより3千人多いだけだけど。これが二倍の数になってくると、遠慮なく攻めてくる。おそらく、ゲーム内時間で一月も経たないうちに。
ていうか、今攻め込まれても負ける。こっちは武将はいないし、あっちには曹操に呂布。鬼に金棒どころか、鬼にミサイルだ。
その時、執務室の扉が開かれる。
「太守様、武将を発見しました」
と、執務室のドアを開けて、兵士が言って来た。
えっと、これは呂布の途中までの成果か? それとも、俺の【人材探索】の効果か? ま、どっちでもいいか。
その武将の情報が、同時に頭の中に浮かんでくる。
え――?
これまた、驚いた……驚いてばっかだな。本当に。
いや、この状況で、よくやってると思うんだけどな。俺も。
【劉禅公嗣】
統率 3
武力 1
知略 2
政治 50
魅力 50
【特技】
【鼓舞】
劉禅というのは、三国志の主人公である劉備の息子だ。
彼――ああいや、今は彼女か。その能力は本来、かなり低い物だった。政治と魅力の50は俺が【武将能力編集】で編集したためである。たしか、元の能力は政治11の魅力7じゃなかったか。
何でそんなことをしたかというと、彼女が孔明亡き後なんだかんだで約30年国を安定させたからだ。あの魏相手に、である。まあ、安定というか、国内はごたごただったけど。それでも、30年は評価してもいいんじゃないのか。
そういう意味で、平凡な50に設定していたのだ。
まさか、こんな形で生きることになるとは――
いや、その前に、彼女になんとしても我が国に仕官してくれるように頼まなければいけない。
頭の中に浮かぶウィンドウを操作し、【登用】をする。
でも、政治1の魅力1だからなー、かなり頼み込まないと、来てくれないだろうなー。
【劉禅は登用を断りました】
ですよねー。まあ、数撃てば当たる方式で、どうにか登用するしかないな。
【一ターン進みました】
「太守様、劉禅様が我が国に仕官したいと申し出てきましたぞ」
え?
扉が開く。
現れたのは、栗色の髪をした、小柄な少女だった。ぱっちりとした目に、どこか品のある顔立ちをしている。彼女は腰に手を当てて、無い胸をふんぞり返って言った。
「お前が小田裕也か? 阿斗は阿斗じゃ! 阿斗が来たからには、もう大丈夫じゃぞ!」
「えっと……」
俺は、しばし固まって、小柄な少女に質問をした。
「あの、何でうちに仕官してきたんだ?」
「ふむ……昨日お主が訪問してきて、その場は断ったのだが……まあ思う所があってじゃな」
「はあ……」
「何じゃ? 阿斗では不満なのか?」
「あ、いや――うれしい。助かった!」」
【劉禅公嗣が小田裕也軍に加わりました】
そして――俺は金庫から金を取りだす。
「少ないが、これは褒美だ。収めてくれ」
「おお、裕也は太っ腹じゃのう! 善哉善哉」
二の轍は踏まない。金を渡すことにより、武将の忠誠度は上がり、寝返りにくくなるのだ。更に、役職【諫議大夫】に任免する。
役職を与えることにより、ステータスが一部上り、更に寝返りにくくなるという特性がある。
呂布の時は、舞い上がってしまって、忘れていたのだ。
で、だ。彼女には早速任務を行ってもらう。
「劉禅、我が軍の兵糧の殆どを持って、曹操軍と同盟を結んでくれ」
「兵糧を殆どじゃと?」
「ああ――とにかく、今は曹操との衝突を避けなければいけない」
この、曹操軍と互角の勢力差である今しか結べない。
「しかし、そのようなことをすれば、皆飢えてしまうがのう」
「同盟締結まで兵士数は維持して、結べば兵士は全て解散する」
「なんと」
ゲームだからこそできる戦法だった。同盟を結んでいる相手は、三か国以上ある場合、【義理】の少ない武将以外は攻め込むことはない。案外、曹操は【義理】が高かったはずだ。
「あい分かった。阿斗に任せてたもれ」
ちょっと、不安だけど……とにかく、これが結べれば、当面は安心だ。