第十二話
「方策は単純に三つです」
郭図が俺に進言してきた。曹操軍が攻めてくるにあたって、その善後策を尋ねたのだ。
「一つは、戦うことです」
曹操軍の兵力は、2万5千人。
俺の軍の兵力は、2万8千人。
攻撃側が曹操軍であり、防衛側が俺。こう並べてみると、すごく俺の方が有利に見える。
だが、その陣の中にいる武将は、曹操、夏候惇、郭淮、賈詡、費禕、紀霊、臧覇、呂布など、計15人の将がひしめき合っている。……何時の間にこんなに集めたんだ。
こちらの将は、俺、王双、劉禅、郭図のみ。
将棋に例えれば、相手は全ての駒が使える、しかも飛車角が2枚づつあり、金銀が8枚くらいあるというのに、俺の方は飛車、銀将、歩だけ。しかも王将が歩の動きしかできないという戦力差がある状況(更に向こうの王将は龍か馬の動きが出来る)だった。
うん。無理。まともな思考をしていれば、無理だと分かる。
「もう一つは、外交により和睦することです」
「和睦か……」
「もう一つは、降伏することでしょう」
「うーん……郭図はどう思う?」
眼鏡をくいっと上げてから、彼女は得意な顔で言った。
「戦うことかと思います」
「郭図は、俺たちの戦力で曹操軍に勝てると思うのか?」
「降伏は論外。和睦は、ここまで攻めてきている曹操軍が、簡単に応じてくれるとは思いません」
うーん。
確かに、勝算は低いながらある。
俺が兵力1で釣り出して、袁術の時みたいに各個撃破できればだ。
それには相手の戦闘系特技が発動しないことを祈ることと、呂布との一騎討ちが発生しないこと、曹操軍の計略が発動されないことをお祈りせねばならない――
セーブが出来れば、やってみても良いが。勝算が低すぎると思う。
「しかし、戦力差がありすぎるんじゃないか?」
「何をおっしゃいます。殿の武勇さえあらば、この戦、五分と五分。そしてわたくしの計略があれば、必ずや勝利を収めましょう」
あ、郭図は俺のあのインチキな武勇を、真実だと思っているのか。それを計算の内にいれているから、そのように思うのだ。
「郭図、和睦するには、どれくらいのお金を渡せば良いと思う?」
俺が自分の意思を伝えると、郭図はむっとしながら、答えた。
「金3000は必要かと」
現在の持ち金は、兵糧を売ったお金もあり、金5400。それじゃあ、兵糧を売って、と。
「郭図、劉禅。それぞれで金3000ずつ持って、曹操に和睦をしに行ってくれないか」
和睦と言っているが、【外交】コマンドの【贈物】である。
これは、指定した勢力に、物資を送り、好感度を上げる効果がある。
好感度が上がれば敵対関係が解除されるほか、交戦状態になっている部隊をも解除され、退陣してくれる効果がある。
ただし、好感度が上がろうと、攻めてくるときは攻めてくる。
安心できるのは、同盟関係になった時だけである。
「殿、わたくしをお疑いなのですか?」
眼鏡の奥の目が、不満そうに細まる。
「疑っているのは、自分の実力だよ。本当に、あれはたまたまなんだ」
「だから、偶然であのようなことは起こりません」
「良いではないか。戦続きでは民草も疲弊するのじゃ。それに、曹操殿と同盟できれば、後顧の憂いが無くなるしのう」
そう。
曹操と同盟を組めれば、後ろからくる敵は誰もいない。安心して【交趾】から離れ、北の荊州か、東の揚州へと軍を集中できる。
「――かしこまりました」
若干不満そうな顔をしながら、郭図は頷いた。
我が軍の方針は、和睦に決まり、俺は捕えていた程銀と兀突骨を離すことになった。
袁術が降伏したので、彼らは、曹操軍となっているのである。
勢力の武将を捕縛し続けていれば0、好感度は下がり続ける。和睦をするには、捕縛している彼らを離す必要があったのだ。
だが、その二十日後。
「申し訳ございません。曹操は、我々の贈り物を受け取りませんでした」
うわ……マジか。
うーん。これは、判定に負けたか? まあ、【零陵】を攻め取ったし、武将も捕獲していたから、敵対的な行動しか俺たちは取っていないし。
ここは、もう一度行うべきであろうが。しかし、時間をかければかけるだけ、どんどんと自軍は不利になっていく。となると――
「……言っておきますが、わたくしは善処いたしましたからね」
「何のことだ?」
「わたくしの意見が聞き入れられなかったからと言って、手抜きをしなかったということです」
何を言ってるんだ、この子は。
「郭図がそんなことするわけないだろ」
情報ウィンドウ上で行われることは、『俺が見ていない限り』絶対であることは確認済みだった。
俺の即答に、目を瞬かせる郭図。
「どうした?」
「いえ、何でも……」
それよりも、曹操をどうするかだ。
曹操軍の【建寧】と【雲南】から、合計兵2万が【交趾】領内の陣内へと移動していくのが、情報ウィンドウで見て取れた。あれが来たら、曹操軍は戦端を開くはずである。
リミットは、それまで――あ。
そうだ、そうだ。あの方法を利用すればいいんじゃないか?
「郭図、俺が曹操軍へ行ってくる」
「何を言ってるんです?」
本気で信じられないという顔で、郭図が眉根を寄せた。
「君主自らが敵陣へと行くなど――殺されますよ! 相手は曹操なんですよ!?」
「大丈夫だよ」
このゲームは、【外交】コマンドで死ぬことはない。
現に、二人とも敵陣の中に入って、帰ってきている。
「今は、曹操軍と和睦するのが、最善手だよ」
「殿は、あの敵兵が囲まれている中で、逃げ出せるのですか? 和睦がまとまらなければ、即座に殿は首を刎ねられる可能性があるのですよ?」
「外交に失敗しても、逃げれるさ」
失敗すれば、ターンを送るだけで帰ってくることが出来る。何のことはないのだ。
「……殿は、曹操を説得できる材料があるのですか?」
と、郭図は俺を睨んでくる。
「勿論だ」
俺には秘策があった。あの、俺が知覚すれば、ゲームの処理よりも優先されるというのを利用するのだ。
「阿斗も反対じゃ。さすがに危険すぎはせんかのう?」
劉禅も反対してきた。
うーん。曹操の説得よりも、この二人を説得しなければいけないとは。
ばーん!
その時のことだ。
扉が勢いよく開かれ、王双が入ってきた。
そして、俺に詰め寄ってきて――近い、近い近い近い!
「近いって!」
まさに目と鼻の先という距離で、彼女は口を開いた。
「我は、王双!」
それに、ふむ、と劉禅が頷き、言った。
「話は聞かせてもらった。王双殿は、自分もついていくと言っておる」
「わかるのかよ、劉禅!?」
いや、もしかしたら俺だけが通じていないのか――? 郭図を見てみる。
「分かるのですか、劉禅!?」
やっぱり、俺の耳がおかしいわけではなかった。
「なんとなくわかるであろう? このやる気に満ち満ちておる王双殿を見ればのう」
ふんす、と鼻息を出した王双はこくりこくりと何度も頷いた。
「確かに、王双殿が一緒ならば、殿の安全は確保されるかと」
「うーん。本当に大丈夫なんだけどなあ」
しかし、これで二人が納得するというのなら、仕方ない。俺は王双とともに、曹操の下へと向かった。