第十話
八月は、兵糧転がしができる月だ。
どういうことかというと、兵糧は売買ができるのだが、月が替わるごとにその交換レートは変化するのである。
収穫期の九月は最安値になり、八月は最高値になる。
つまり、八月は兵糧を売り、九月になったら同じ値を買い足せばその差額分が儲けになる。
で、ついでにおれはあることを試したかった。
「わが軍の、兵糧の総数は、100250となります」
郭図に尋ねると、そのように返答してきた。
俺は頭の中で情報ウィンドウを開き、【売買】を選ぶ。そして、そこから、兵糧を20000売ることを選択。
「郭図、すまん。もう一度言ってくれ。よく聞こえなかった」
郭図はすこし不満な顔を見せて、言った。
「80250です」
「――さっき、100250と言ってなかったか?」
「何を言ってるんですか。今日、街の商人に、20000の兵糧を売ったじゃないですか」
みると、竹簡の記録に方にもそのように記述されてある。
――目の前で書き換わった。
「そうか。ありがとう」
「?」
不審そうな顔の郭図が退出して、俺は考えを纏める。
俺が今やっているのは、この時々現れる訳の分からないイベントがどのようにして起こるのかを調べているのだ。
色々と検証した結果、分かったのは、
『情報ウィンドウ上で起こることは、絶対にその通りに起こっている』だ。
どう足掻こうが、それは絶対だ。たとえ矛盾があろうとも、その矛盾が起きないように過去が改ざんされるのだ。
だが――俺の身の回りだと、それが適用されなくなることがある。
例えば、十日前に、俺は内政コマンド【改修】を選んだ。これは自身の所属する都市の耐久値を上昇させるものだ。それを、俺はいつものようにターン送りをせずに、城門を修復する民衆たちと一緒になってそれを行った。
【交趾の耐久値が上昇しました】
城壁がある程度の形になったその時、そのメッセージが出た。
【統率】の値を参照する【改修】コマンドなのにだ。統率1の俺が選べば、失敗するか、かなり低い成果になっているはず。
思えば、不思議なイベントは、俺の身の回りで起きている。
劉禅が忠誠度MAXになった時も。
郭図が忠誠度MAXになった時も。
住民が、内政の手伝いをしてくれた時も。
俺の知覚している情報が、ゲームの処理よりも優先していると言える。
そう。不思議なイベントは、俺の身の回りだけ起きているのだ。
思えば、他の君主が情報ウィンドウを扱えるというのなら、俺がターン送りする時に待ち時間があるはずだ。それがないというのなら、俺だけがこの情報ウィンドウを扱える、ということになるんじゃないか?
俺だけが、この世界の中で特別であることは、疑いようもない事実だ。
「――じゃあ、何なんだ? 俺は?」
それに対する解答は、一向に出てこなかった。
いや、とりあえずそれはおいておこう。
とりあえず、俺の身の回りで起こることは、数値の判定を無視して、その"見たまま"が適用されているということだ。
これは利用できるんじゃないのか?
例えば、ほかの内政コマンドでも、ターン送りなんてせずに俺がそれを実際に行えれば、数値が上がるということである。
オール1の俺でも、出来る仕事があるかもしれない。
そうだ。そうだよ。異世界に迷い込んだ現代人は、その知識で無双できるはずなんだ。
今更なんだが、俺が無双できそうな要素を探す。
えっと……今まで習って来た学校の勉強は――三国志のお陰で中国史だけは結構詳しい方だが、フリーモードなため全く役に立たない。
理数系は苦手だから、近代兵器なんて作れないし、使えない。そもそも火薬の作り方なんて知らない。
畑に糞を撒くのは駄目だとは覚えているが、じゃあ、どうすればいいのかなんて知らないから【開墾】には役に立たない。
【商業】はどうすれば発展するのかなんて知らない。も、物を安くしたら売れるとかじゃないのか? あ、そうか。税金を安くすれば……?
郭図を呼んで尋ねてみた。
「反対です。潤う可能性もございますが、今現在は乱世です。今は良くとも、後々お金が必要になる可能性もあります。税を安くすれば、人民は喜びますが、その逆はそれ以上の反発を招きます。現状では不満がないのですから、手を出すべきではありません」
そうですか。
うーん。生半可な知識で手を出すのは、やっぱりまずい感じだな。どれも。
【徴兵】もどうやって集めればいいのかなんてわからないし、【訓練】は言わずもがな。【計略】なんてできっこない。やばい。リアルに役立たずで、泣きそうだ。
待て。あるはずだ。俺にも、この世界で無双できそうなものは――あ。
カレールウなしでカレーが作ることが出来る。
……駄目だ。俺は駄目な奴だ。
となると、やっぱり俺の取り柄と呼ばれるものは――やはりこのゲームに詳しいということだろう。この知識とプレー経験こそが、俺の財産、アドバンテージと言える。
要するに、今までと変わらないということだ。
まあ、とりあえず――今できることは。
情報ウィンドウ上の【零陵】へと目を移す。
袁術軍を、滅亡させることである。