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遺産相続したら魔界で爵位まで継承しちゃった件  作者: 桜
【第一章】 財政再建 編 
9/33

サイクロプス

 グロウスはフリーポイントから遥か西に位置するバルバロス島の出身だ。

 島民の八割以上がサイクロプスであるバルバロス島には、数多くのサイクロプスの部族が存在する。

 

 一年に一度、全ての部族の満18歳を迎えた若者たちが島の中央に位置する霊山に集められる。そして、若いサイクロプスたちには祝福の言葉と共に、祖霊の加護があると言われるレッドコーラルで作られた特別な首飾りが手渡される。

 

 夜更けと共に最初の鐘が鳴り響く。三日三晩続く祖霊の儀式の始まりの合図だ。それと同時に若いサイクロプスたちの体には首飾りに宿る祖霊の魂が降りる。バルバロス島の歴史に名を残す偉大な祖霊たちの魂が降りた彼らに恐れるものなど何もない。


 若いサイクロプスたちは三日間その首飾りを、自らの肉体のみで守り抜かなくてはならない。霊山に住まう野生動物たちはもちろん、他ならぬ同族であるサイクロプスたちからである。

 首飾りを無くしたり奪われたりした者はそれと同時に祖霊の加護を失う。それは自らのルーツを失う行為であり、自己存在の意義が瓦解した瞬間でもある。そうなった者は部族へ戻ることも島で暮らすことも許されず、ほとんどの者はその場で自決もしくは身内の手によって命を絶たれることとなる。


 守り抜いた一つの首飾りを持ち帰った者は、部族へ戻りその他大勢の下働きの兵士の一人となる。


 首飾りを二つ持つ者は偉大な祖霊に選ばれた証であり、サイクロプスを更なる高みへと導く存在として部族に戻り祝福を受けると共に、妻をめとりより強い子孫を残すことを許される。


 希に例外が現れる。一つは首飾りを三つ以上持つ者だ。新たな英雄の登場だ。その者は部族へ凱旋すると族長の補佐として、後にその座を後継した際に部族全体を率いていくための教育を受けることとなる。各部族の族長たちは大抵そうした者たちが受け継いでいる。


 もう一つは首飾りを失いながらも自決せず、身内に命も絶たれずに生き永らえた者だ。この場合は全部族を共通した掟として奴隷に身を落とすこととなる。

 グロウスはそうして奴隷となった。


 「ところで、グロウスその目どうしたんだ?」

 「ああ。これは産まれですぐに母ちゃんに潰されだと聞きました」


 グロウスは額に巻かれた包帯をさすりながら答えた。 

 やはり包帯の下に見えたのはただの傷口などではなかった。

 しかも、産まれてすぐに自分の母親に潰されるとは。


 「すまない。嫌なことを聞いてしまったな」

 「いえ。とんでもねえです。それに母ちゃんがこの目ば潰したのはオデのためでございます。サイクロプスの二つ目は呪われでる証として部族から追放されます。幼い子供が部族から追放されれば生きでいくこどはできませんから」

 「なるほど。そういうことか。強い母ちゃんなんだな」

 「はい」


 グロウスが初めて見せた笑顔は、奴隷とは思えない歳相応の若々しく明るいものだった。その笑顔は5千ゲルドの使い道が、間違っていなかったことを証明してくれたかのようだった。


 『キィ』小さく鳴き声を上げてシロがグロウスの肩へと飛び乗った。

 人見知りのシロが初めて見る者の肩に乗るなんて珍しい。どうやらシロはグロウスのことが気に入ったようだ。肩の上で気持ち良さそうに毛づくろいをしている。


 「グロウスも食うか?」


 グロウスに袋からブラッドボールを一粒取り出して手渡すと、大きな一つ目を更に大きくして驚きながらこちらを見つめ返えす。


 「ブラッドボールは嫌いか?」

 「いえ。食べたことがねえです。いただいでよろしんでしょうか?」

 「うん。食べてみて。オレもさっき初めて知ったんだけど、見た目のわりに本当に美味いんだよ」


 愛おしそうに掌に乗せたピンク色の果実をしばし見つめると、皮も剥かずにおもむろに口に放り込んだ。咀嚼に合わせて口の端から真っ赤な汁がのぞく。今のグロウスの場合はブラッドボールの果汁なのか本当の血なのかがわかり辛い。ただ、満面の笑みを見る限りブラッドボールは気に入ってくれたようだ。


 

 

 『ダン様、こちらが治療院でございます』しばらく歩くとバランが赤茶色のレンガ造りの立派な建物の前で立ち止まった。患者と思しき者たちに混じって歌舞伎の黒衣を思わせる服装の者が出入りしている。


 オレたちも建物に入ると受付に向かった。受付には先ほどの黒衣のような服装の女性が座っていた。職員の制服のようなものなのだろうか。よく見ると他にも建物の中に何人か同じ服装の者の姿が見られる。ちなみに奴隷の治療を行う場合は患者であるグロウスの名前ではなく、主人であるオレの名前を伝えるのが一般的なようだ。ただし、治療を受ける者の種族や身体的な特徴はきっちりと確認された。


 正直なところ初めて治療院を訪れるオレにはそもそも何ができて何ができないのかすらわからない。いちいちバランの顔色をうかがいながら話を進めるのなら、この場だけでもバランが主人だということにしておけば良かった。


 グロウスの場合は『状態』が『衰弱』『裂傷』『打撲』『失明』となっていたため、とりあえず『失明』以外の治療を頼む。

 すると受付の女性が『それ以外の疾患が予想される場合には、完全治療フルリカバーを試されるのをお勧めいたしますが?』と笑顔でたずねてきた。

 そんな素晴らしい治療技術まであるのか。

 

 治療費が少し心配ではあるが本来ならそれを選ぶべきだろう。ただ、サイクロプスのグロウスにとってこの失明を治すことは好ましくないのかもしれない。それに、それはただの怪我などではなく母との大切な思い出であり絆である可能性も高い。

 オレは当初の予定通り『衰弱』『裂傷』『打撲』の治療だけをお願いした。


 しばらく待つと名前を呼ばれ、治療室へと案内される。

 ちなみに初めて『ロックランド伯爵』と呼ばれたオレは、バランに指摘されるまでまったく自分が呼ばれていることに気付かなかった。

 

 治療室の中には院内で何度か見かけた、歌舞伎の黒衣を思わせる服装の者が二人で待ち構えていた。


 名称:────

 レベル:33

 性別:♂

 状態:倦怠

 種族:魔族

 職業:治療師

 魔法属性:治療リカバー


 名称:────

 レベル:29

 性別:♂

 状態:良

 種族:プランテリア

 職業:治療師

 魔法属性:治療リカバー


 「ロックランド伯爵でございますね? お待たせいたしました」

 「はい。よろしくお願いします」

 「治療者をこちらの診察台へどうぞ」


 彼らの職業は治療師というらしい。

 レベル33の方の治療師の状態が『倦怠』となっている。

 どこの世界でも他人の命に関わる医療従事者は気苦労が絶えないのだろう。

 レベル29の方のプランテリアという種族は初めて目にする。

 肌が緑色で瞳に白い強膜部分がなく全体が黒い。

 

 一方の治療師が診察台に手を向ける。

 診察台には長身のグロウスが横たわっても余裕があった。

 魔界には多種多様な種族が住んでいるらしいので、種族や体格差に合わせて治療師や診察室が使い分けられているのかもしれない。受付での確認はそのためか。

 

 治療師たちはグロウスの体に付着した血の跡や汚れをふき取ると、全身をくまなく検査し始めた。一方の治療師がグロウスの枕元に立ち、両手で頭を覆うように手を添える。もう一方が足元へ立つと両手で足首の辺りを覆うように手を添えると、同時に魔法を唱える。


 『検診メディカルイグザム


 グロウスの頭と足元に青白く輝く魔法陣が現れる。

 

 「検査の結果、全身に打撲と細かい擦過傷が見られます。左頬の裂傷も酷いですが、とくに健康状態の悪さが著しいですね」


 見立てはオレが見たものと大差なさそうだ。

 

 「失明は治療しないで良いとのことでしたが?」

 「はい。それ以外の個所は治せますか?」

 「問題ないでしょう。よろしければ治療に入らせていただきますが?」

 「お願いします」


 治療に了承したという証拠の署名をした後に、オレとバランは部屋の外で待たされた。治療方法にちょっと興味があっただけに残念だが仕方ない。


 「バランさん、さっき受付の女性が言ってた完全治療フルリカバーというのも魔法の一種ですか?」

 「詳しくはわりませんが、恐らくは上位の治療魔法かと思われます」


 周辺領土で最も発展した商業都市がこのフリーポイントなら、人間界に比べれば魔界はずいぶんと遅れていると思っていた。まあ、ロックランドは問題外だが。

 しかし、考えようによってはこの世界は魔法の存在によって、人間界とは別の方向性に発展を遂げただけであって決して遅れているわけではないのかも知れない。


 「魔法で治療ができるのは便利ですね」

 「そうでございますね。人間界のドラッグストアも便利ではありますが、冒険や探索の際には治療魔法は欠かせない魔法の一つでございます」

 

 なるほど。治療魔法か。いいな。

 偶然にもオレは最初から『マジックアロー』を獲得している。手から魔法の矢を放つなんてかなり中二的だ。派手な炎や稲妻が出せたならビジュアル的には更に中二心を掻き立てたことだろう。しかし、実用性を考えれば治療魔法の優位性はかなりのものなはずだ。実際に森の中で野生のガーゴイルを威嚇するつもりで放ったマジックアローは、思った個所とはだいぶ違った場所に命中した。


 実践では何発撃っても魔物に命中しなかったり、仲間に誤爆するような魔法では使い物にならないだろう。もちろん使い方次第で可能性は広がるのだろうが。

 それに比べて治療魔法は戦闘時だけでなく日用生活においても有用性が高い。

 誰でも怪我をする。また、病気にもなる。治療魔法が活躍する場面はいくらでもあるだろう。まあ、どんな病気でも治せるのかは知らないが。


 「バランさん、新しい魔法ってどうやって習得するんですか?」

 「新しい魔法を習得するには二つ方法があります。一つは優秀な魔導師に師事する方法です。この場合、弟子はその師匠から魔法を学ぶわけですから、一般的に師匠を超える魔法を習得することは困難だとされています。つまり中位の水系魔法を操る魔導師に師事した弟子は中位以下の水系魔法を習得することとなります。もちろん、ごく希に例外もございますが」

 「なるほど他の魔導師に弟子入りするのか」

 「はい。そして、もう一つは魔神と直接契約を結ぶ方法です」


 何それ。もうその段階で危ない香りがプンプンするんですけど。


 ちょうど話が怪しい方向へ向かおうかというところで、治療室の扉が開き治療師の一人が姿を現すとオレたちに入室を促した。治療が終わったようだ。部屋に入ると頭部に新しい包帯を巻き頬や体の数か所にガーゼのような布を巻き付けられたグロウスが、診察台に座って治療師の説明を受けている。


 「ロックランド伯爵、お待たせいたしました。ご注文通り頭部の失明個所はそのままになっておりますが、それ以外の個所の処置は一通り終了しております」

 「ありがとうございます」

 「ただ、かなり衰弱しておりましたので健康状態の完全な回復には、もうしばらく栄養の補給と休養に気をつけていただく必要があります」

 「わかりました。そのようにいたします」

 「念のために傷薬を少しお渡ししておきます」


 グロウスの顔色は明らかに良くなっている。

 この短時間でここまで回復させるのだからやはり治療魔法とは大したものだ。 

 感心していると治療師から傷薬の入った袋と一緒に『治療請求額1350ゲルド』とだけ書かれた請求書を手渡された。どうやらこの場で支払いをするらしい。

 

 それよりこの治療額は妥当なのだろうか。ずいぶんと高い気もするが短時間でここまで回復させるのだから、もし人間界に同等の医療技術が存在したならそれ相応の高額な医療費を請求されることだろう。しかし、あまりにも不明瞭な会計内容に不安を覚え、試しにバランに請求書を見せてみる。

 バランは何も言わずに微笑みながら頷いた。

 やっぱりこんなもんなのか。


 今更言っても仕方がないけど、高っけぇなぁ……。

 オレは1350ゲルドを治療師に支払って礼を言って治療室をあとにした。

 ロックランドを出る前に13300ゲルドあったのが、今では残り6930ゲルド。

 あっと言う間に半額以下。うわ。これマジでヤバイな。


 だいぶ元気を取り戻した様子のグロウスが、オレとバランに何度も深々と頭を下げて礼を言う。シロがグロウスの肩に飛び乗り嬉しそうに喉を鳴らした。


 金はなくても腹は減る。街の入り口で待つポルチに合流する前に屋台でラプトルタスクの串焼きを四本買って8ゲルドを支払った。オレたち三人のぶんとポルチへの土産だ。予定よりだいぶ時間が掛かってしまった。街の入り口でポルチが心配していることだろう。


読んでくれてありがとうございます。

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