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遺産相続したら魔界で爵位まで継承しちゃった件  作者: 桜
【第一章】 財政再建 編 
7/33

フリーポイント

 これが本当に魔界なのか。それがフリーポイントに足を踏み入れたオレの第一印象だ。色とりどりの屋根や壁。規則正しく並んだ建物の周囲には花と緑が溢れ、石畳の道を馬車や荷車が忙しなく行き来する。道行く者たちの種族も服装も様々で、まるでスターウォーズのキャラクターたちと一緒に、見知らぬヨーロッパの街に迷い込んだかのような錯覚に陥る。


 通りを埋め尽くすように無数の店が軒を連ねる。オレは初めて大都市を訪れる田舎者のごとく、口をぽっかりと開けたまま通りに並ぶ建物を見上げる。

 よく見ると服屋のとなりには別の服屋が、道具屋のとなりには別の道具屋といったように同じ業種がいくつも並んで店を開いている。


 「どうして同じ業種が何軒も並んでいるんですかね?」

 「一軒だけ店を出すよりはこのほうが店にとっても客にとっても都合が良いのでございます。品質と品揃えの良い店にはだまっても客が集まります。ですが小さくて品揃えの少ない店を繁盛させるのは至難の業です。同業種にもそれぞれの得意分野がございますので、お互いの得意分野で商売をしているのでございます」


 なるほど。一軒の店で気に入ったものが置いていなくても、すぐ隣の店先に気に入ったものが並んでいるかもしれない。お互いの店の得意分野がもう一方の不得意分野を補うというわけだ。共存共栄というよりは相利共生に近い考え方かもしれない。


 「とりあえず、食料品の相場を知りたいんですが、食料品の店も同じ場所に何軒も集まってるんですか?」

 「はい。ご案内いたしましょう。こちらでございます」


 バランが勝手知った自分の庭のごとく通りを進む。

 その歩みは人込みをすり抜けるように進む東京に住む者のそれに似ている。

 しばらく進むと街の中心部にレンガ造りの大きな建物が見えてきた。


 「ダン様、あれがフリーポイントの公館でございます」

 「公館?」

 「はい。フリーポイントは建前上は皇都の管理下にありますので、そのような場所には公館が置かれることになっております。人間界で言えば役所と領事館と税務署と警察署を一緒にしたような施設でございましょう」


 ずいぶんと仕事内容の入り組んだ施設ではあるが、この街で最も重要な施設のひとつなのは間違いなさそうだ。入口の左右にはそれぞれ一名ずつ、銀色に輝く全身鎧と青色のマントに身を包み、銀色に輝く槍を手にした衛兵が立っている。


 公館を通り過ぎる際に窓ガラスに映った自分の姿を見て思い出した。そう言えば殻魔装を着てたんだ。よくあの衛兵たちに止められなかったものだ。

 ひょっとするとオレが人間だからそう感じるだけで、魔界的にはこの殻魔装はごく当たり前の服装と一緒の扱いなのだろうか。

 

 いや、それはないはずだ。先程からすれ違う者たちも皆それぞれに種族も服装も違うが、オレのような身なりの者は一人も見かけない。


 そんなことを考えながら歩いているうちに、多くの客で賑わう地区に入った。

 美味しそうな香りが辺りに漂う。たくさんの食べ物屋が並び、その店先では串に刺されこんがりと焼きあがった肉や、木の器にもられて湯気の上がる汁物、甘い香りのするパンのようなものなどが売られている。

 

 後ろ髪を引かれる思いでその場を通り過ぎると、ようやく目的の食料品を扱う店が見えてきた。初めて見る野菜や果物がところ狭しと並び、店の者たちが活気のある客寄せの声を上げている。そんな店が何軒か続いた後に香辛料を取り扱う店が軒を連ね、更にその向こうにはナッツや麦に似た食料品を扱う店が並んでいる。


 オレは試しにその中の野菜と果物を売る店の前に立った。

 魔界の食材知識がまったくないオレには、どれがどんな料理方法に適した野菜なのか、それどころか中には野菜なのか果物なのかすら判別のつかないものも少なくない。


 「バランさん、この中で一般的な野菜はどれですか?」

 「そうですね。これなんかどうでしょう」


 バランが砲丸を連想させる深緑色の丸い塊を手に取った。


 「緑芋でございます。野菜としだけではなく、しばしば主食として使われることもございます」

 「緑芋か。ちなみにそれはいくらですか?」

 「1キロで2ゲルドです。この大きさだと約三つで2ゲルドでしょう」


 つまり1個約0.6ゲルドか。

 バランの月給が100ゲルド。30日と考えれば、日給約3.3ゲルドだ。

 日給を全て使えば約1.5キロの緑芋が買える。一日働けば緑芋を4個から5個買うことができる。念のためにいくつか別の野菜の価格も聞いてみたが、緑芋はその中でも平均よりもやや安い価格帯の野菜のようだ。


 「あの、バランさんこの中で美味しくて手頃な価格の果物ってどれですか?」

 「味には人それぞれ好みがあるかと思いますが、今の時期でしたらブラッドボールなどはいかがでしょうか?」

 「ブラッドボール?」

 「はい。こちらでございます」


 手にしたのはピンク色の大粒のプラムのような果物だ。

 『店主よ、一つうちのご主人さまにお試しいただくぞ?』そう言うとバランは答えを待たずに皮をむいた。店主も微笑みながらこちらを見たままなので、魔界ではこれが当たり前なのだろうか。

 中から毒々しいまでに真っ赤な果肉が現れた。人間のオレに言わせればいかにも魔界的な果物だ。陽の光を浴びて一段と生々しい赤色の果汁が滴り落ちる。オレ的にはどう見ても食欲をそそる感じはないのだが。


 バランから手渡されたブラッドボールを恐る恐る頬張る。滴る果汁がまさにブラッドのようだ。しかし、その直後に見た目からは想像できない、上品な芳香と爽やかな甘さが口いっぱいに広がる。たしかにこれは美味い。

 

 「これはいくらですか?」

 「2キロで5ゲルドです」


 オレは店主に20ゲルドを支払い8キロのブラッドボールを購入した。8キロともなるとけっこうな量だ。もちろん帰って書斎で一人でもくもくと食べるわけではない。日頃の労をねぎらってロックランドで留守を守ってくれている皆への土産だ。


 肩の上で大人しくしているシロに一粒やる。小さなシロが持つとまるでメロンでも抱えているかのようで可愛らしいのだが、早速かぶりつくと口元から真っ赤な果汁を滴らせる姿がグロい。たしかに美味いのだが、やはりこれはビジュアル的にどうかと思う。


 続いてオレたちは肉屋へと向かった。ここではちょっとショッキングな光景を目にすることとなる。バランには『肉屋を見たい』と伝えたはずなのに、着いた場所はペットショップが軒を連ねる地区だ。可愛らしい小動物から猛禽類を思わせる大きな鳥や、とぐろを巻く巨大な蛇のような生物までが檻の中に入って店先に飾られている。檻の中の生物たちに反応したらしくシロが少し興奮している。


 「バランさん、ここって……」

 「肉屋でございますが?」

 「は!?」


 そういえばこういう光景をゲテモノ食いのテレビ番組で見かけたことがある。ようするにこの檻に入った動物たちは全て食料ということか。    


 「あの、バランさん人間界のような切り分けられた状態の肉はないんですかね?」

 「もちろんございます。注文すればほとんどの肉は切り分けてくれますが、とくに大型獣などそのまま持ち帰るのが難しいものは、最初から枝肉の状態になっているものがほとんどでございます」

 「よかった。それじゃあ試しに一般的な種類の肉の相場を聞いてもらえますか?」

 「かしこまりました」


 こういう時に人間界に行った経験のあるバランが一緒だと話が早い。

 肉屋の店主にバランが相場の聞き込みをしてくれている。目の前にいる鎖で繋がれた巨大な鳥を指さしながら話し込んでいる。二人に眺められている鳥はいったいどんな心持ちなのだろうか。

  

 しばらくするとバランが戻ってきた。魔界で人気のある一般的な食肉として、ラプトルタスクとブルーレッグの相場を確認してきてくれたようだ。

 

 ラプトルタスクの肉は1キロで5ゲルドだ。ラプトルタスクはもともとベスティアルタスクという大型の野生動物を家畜用に改良したものだ。野生のベスティアルタスクは気性が荒く、とくに発情期になると自分のテリトリーに近付くものには、問答無用で下顎から突き出す巨大な四本の牙で襲い掛かる。

 それに比べ家畜用のラプトルタスクは体もひと回り小さく性格も温厚で、下顎からは二本の牙が生えているものの野生のベスティアルタスクに比べればそれは牙と呼べるような代物ではない。肉質が良く、皮や骨までが様々に場面で活用される極めて優秀な産業動物だ。


 ブルーレッグの肉は1キロで6ゲルド。ブルーレッグは超大型の走鳥類だ。名前の由来は茶色の羽の生えた体から伸びる二本の真っ青な脚によるものだ。人間界のダチョウやエミューなどと同じ様に飛べない鳥なのだが、その脚力はダチョウを遥かに上回る。最高時速90キロを超える走力と、脚の後ろ側にある鋭い鉤爪は岩をも深くえぐる威力を有する。

 そのため畜産用では産まれて三ケ月になると安全のために鉤爪の切除を行っている。肉の他に羽に産業価値があり、一部の体の小さい種族には乗用の使役動物としても利用されている。


 バランの月給をもとに考えればラプトルタスクの肉なら20キロ、ブルーレッグの肉においては16キロしか買うことができない。

 間違いない。魔界がデフレなのではなく、うちの屋敷に仕えてる者たちの給金が極端に少なすぎるんだ。何てことだ……。


 相続したばかりとは言え領主のオレとしては、ものすごく申し訳ない気持ちになった。このことは帰ってから一度ゆっくり話し合う必要がある。


 


 街のメインストリートを歩いていると、来たときには気付かなかったが歩道の端に街灯のようなものが設置されているのが目に入った。いくらフリーポイントとはいえ流石に電気はないはずだ。


 「バランさん、これってガス灯ですか?」

 「いえ、それは魔光灯でございます」


 何だそりゃ。予想外の回答に頭の中にクエスチョンマークが浮かぶ。

 

 「それって街灯ですか?」

 「はい。圧縮魔素を原料とした街灯でございます」

 「圧縮魔素? 空気中の魔素を圧縮して作るんですか?」

 「いえ。圧縮魔素は魔鉱石を再結晶化することで得られます」


 言ってる内容はよくわからないが、人間界の電気のような存在となのだろうか。いや、たしか強い魔素を大量に浴びることで健康を害すると言っていたので、むしろ原子力に近いような存在なのかも知れない。

 いずれにしろ周辺地域で最も発展した商業都市とはいえ、ワイバーンで一時間半程度で来れる距離だと言うのに、ロックランドとの発展具合にあまりにも差がありすぎる。東京都内と比べれば別次元の話になってしまうが、ヨーロッパの地方で一番大きな街と比べるならけっこう良い勝負になるのではないだろうか。


 途方に暮れながらメインストリートから一つ入った裏通りを歩いていると、少し先の十字路で人だかりができていた。何かあったのだろうか。


 野次馬根性で近付いてみると人だかりの中央に、鎖で繋がれた見たことのない大柄の種族たちが荷車を引いているのが見えた。すぐ隣には灰色のローブを身に纏った髭面の太った男が、鞭を振り回しながら罵声を浴びせている。怒りに満ちたその視線の先には、道端に散らばった荷物を拾い集める長身だが痩せこけた一つ目の種族の姿がある。


 状況から推測するとこの髭面の太った男が主人で、痩せこけた一つ目の種族が誤って大切な荷物を路上にぶちまけたのに対して怒りをぶつけているのだろう。


 「サイクロプスの奴隷でございます」


 バランが小さな声で耳打ちする。相手が奴隷だからなのだろうか。髭面の太った男は痩せこけたサイクロプスを不良品の器械のごとく罵る。何度も鞭を打たれたサイクロプスの体には痛々しい鞭の跡が浮かび上がる。

 不意に現役SM嬢の母を思い出した。母は『鞭さばきにも溢れんばかりの愛が大切だ』とか言っていたが、髭面の太った男の鞭からは溢れんばかりの怒りが感じられる。


 何度目かの鞭が顔に当たるとサイクロプスの頬が裂け鮮血が飛び散った。その血が商品に飛び散ると髭面の太った男は更に怒りを露わにして鞭を振り回した。


 ダメだ。我慢できない。

 オレはバランにシロとブラッドボールの入った袋を預けると、袋からブラッドボールを一粒だけ取り出した。それを胸元で握り潰すと真っ赤な血のような果汁が飛び散った。

読んでいただきありがとうございます。

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