救援
【お知らせ】
いつも読んでいただいてる皆さま本当にありがとうございます。
じつは似たような内容(半分程度は一緒です)の改定版の構想を練っております。
今回よりもっと面白くなるように頑張ります。
出来次第またお知らせさせていただきますが、そちらへ以降したいと考えています。
何卒、ご理解くださいますよう、よろしくお願い致します。
位置表示の画面が消えた。殻魔装の起動時間が限界に達したのだ。
「突然どうしたダン? アステルランド伯爵がどうかしたのか?」
ジルコが不思議そうにオレの顔を覗きこむ。位置表示が消える間際に映し出されたバルバス殿の隊のあれはいったい何だ。普通のエントマの成体を相手にあれだけの人数の兵士が簡単にやられるものだろうか。まさかあれがクイーンなのか。
「ジルコ、クイーンって二匹いるのか?」
「!?」
オレの問い掛けにジルコだけでなくエレとセダムとザッパも一斉にこちらに怪訝な表情を向ける。
「ダン、お前、何言ってんだ。クイーンが二匹もいるわけねーだろ?」
エレが呆れたような声を上げる。
「ダン、何かあるのか?」
ジルコが真剣な眼差しを向ける。
バルバス殿の隊に何か異変が起こっているのは間違いないはずだ。
「アステルランド伯爵の隊が何かに襲われている」
「クイーンなのか!?」
「わからない。でも、普通の成体ではないと思う」
「それが二匹いるってことか?」
「うん」
ジルコがオレの話を聞き皆の顔を見る。
どうやらクイーンが二匹同時に現れることはないらしい。
だとすれば、あれはいったい。
「エントマ以外の何か強い魔物が現れたのか?」
「それはないだろう。魔宮ならともかく地上でそれはありえない」
ザッパの問い掛けをジルコは即座に否定する。
「ジルコ、ひょっとして紅いヤツでは?」
「ああ。オレもそう思ってたとこだ」
セダムの問い掛けにジルコが頷きながら答える。
それを聞いたエレとザッパも『紅いヤツか』と頷きながら繰り返した。紅いヤツ。変異体か。たしかに通常のエントマの成体より獰猛で攻撃力が高いとされる変異体が、二匹同時に現れたとすればバルバス殿の隊のあの様子にも頷ける気がする。
「クイーンじゃないにしろ、アステルランド伯爵の隊に壊滅されるのはまずいな」
「ああ。オレたちの食いぶちが怪しくなる。急いだほうが良さそうだな」
ジルコの話にザッパが納得したように答えると、皆もそれを聞いて頷いた。
たしかに依頼主がいなくなれば依頼は取り消しとなるだろう。
「ここはクイーン退治よりひとまずそっちが先決だな」
「ああ。ダン、アステルランド伯爵の隊の方角はわかるか?」
エレの話に同意しながらジルコがオレに問いかける。『ここから北東の方角だな。ちょうどこの位の角度だと思う』そう言ってオレは位置表示で確認したバルバス殿の隊の方向を指さす。
「そうと決まれば急ぐぞ! 伯爵を助けてガッポリだぁー!」
エレが悪どい笑みを浮かべながら叫ぶと、仲間たちは一斉に移動の準備に取り掛かる。
ジルコがオレとロブストたちに視線を投げかけ頷いた。きっとバルバス殿の隊はかなり危険な状況にあるはずだ。一刻も早く駆けつけなければ。
「大物はできるだけダンに止めを刺させる案はそのまま続行だ」
「ありがとうジルコ」
ジルコが皆に念を押す。
「アジリス! 先に行ってアステルランド伯爵をお守りしてくれ!」
「わかりました」
「これを持って行ってくれ」
オレはインフィニティーバッグの中から水色の小瓶と二本の巻物を取り出した。バランが討伐用にと準備してくれた回復薬と、隠し部屋から持ち出した火魔法が組み込まれている巻き物だ。
「よろしいのですか?」
「頼む。オレたちもすぐ後から行く」
「はい」
『高速移動』
アジリスが呪文を唱えると足元に青白い魔法陣が浮かび上がる。
その魔法陣が消え去る前にオレが指さす方角へ向けてアジリスは姿を消した。
歓声に沸くバルバス殿の隊の中にいてグランプスは言いようのない違和感を抱いていた。
「火弓隊、構え! 大火球、次弾の準備だ!」
「どうしたグランプス? 紅色のヤツがもう一匹いるとでも言うのか?」
「わかりません。ただ何かが────」
用心に用心を重ねたその号令から彼の心境が垣間見られた。しかし、バルバス殿にはそれが少し神経質になり過ぎているようにも感じていた。グランプスは思う。何かが起ころうとしている。それは漠然とした感覚ではあるが兵士として最前線で領土の安寧を守り続ける者の直感だった。そのとき前線でざわつく兵士たちの気配に気付く。
「どうした?」
「将軍、エントマの巣の付近から妙な音が……」
エンジン音。いや、この音は────エントマの翅音。
ボゴンッ。グランプスがそれに気付いた矢先のことだった。
地中から突如、何かが巣穴の側面を突き破るようにして飛び出した。
辺りに土煙が舞う。
「火矢隊、放て!」
禍々しい翅音を立てて宙に留まるそれに火矢はまるで風に吹かれた木の葉ほどでしかない。
薄れる土煙の中から姿を現したそれは、あの恐ろしい変異体が普通のエントマ程度に感じられるほどの存在感を放ちながら宙空に留まっている。
流石のバルバス殿も目を疑った。明らかに大きい。しかも普通の変異体でないことは大きさ以前にその特異な風貌で容易に認識できた。巨大な四枚の斬翅に紅色と桃色の斑模様の甲殻。碧色に薄らと輝く複眼が静かにバルバス殿の隊に向けられる。それは目の前に並べられたお馳走に、どれから先に箸をつけようかと迷っているかのようにも見えた。
一瞬の瞬きの間に斑模様の禍はバルバスの隊の脇腹を食い破る様に、側面からの高速の一撃で兵士たちをなぎ倒す。その一撃で即死した者はむしろ幸いだったのかもしれない。強烈な痛みや恐怖を覚える前に、何が起こったのかも理解する前に絶命できたのだから。腕や脚を切り落とされた者や腹部から内臓がはみ出しのた打ち回る者のうめき声が辺りに響く。
「ぜ、全員、防御態勢! 密集して防御態勢だ! 伯爵をお守りしろ!」
グランプスの檄で我に返る兵士たち。しかし、斑模様の動きは普通のエントマの比ではない。
兵士たちが隊列を組み直して防御態勢に入る前に、再び旋回して反対側の側面から兵士たちをなぎ倒す。この二度の攻撃でバルバス殿の隊は全体の三割が命を落とし、半数以上が負傷した。
「小癪な! グランプス、儂の背後に密集隊形だ! 儂が出る!」
次の一撃の瞬間を狙ってやる。バルバス殿の瞳に堅固な決意が宿る。
黄金の槍を構え上空を旋回する斑模様を目で追う。体勢を整え一気にバルバス殿の隊を目掛けて急降下する斑模様。『あっ!』その時、兵士の一人が声をもらした。決して気を緩めてなど良い場面ではないことは、その場の誰もが理解していた。もちろん声を上げた本人もだ。だが、その声が彼の最後の言葉になることなど隊の誰一人予測の出来てはいなかった。
突然の衝撃にバルバス殿の背後で密集隊形をとる兵士たちが蹴散らされる。
背後の騒ぎに気を取られたバルバス殿が正面からの斑模様の直撃を何とか払いのける。
何が起こったのだ。驚いて背後を確認するバルバス殿の目に飛び込んだのは、唖然とした表情で槍を構えるグランプスと血を流しその場に倒れる兵士たちの姿だ。まるでボウリングの球に倒されるピンのごとく兵士たちが横たわる。
斑模様を仕留めることは出来なかったが、たしかに直撃は自分が食い止めたはず。それなのに────。
『ち、父上! あれを!』グランプスが指さす方角に飛び去り上空を旋回する斑模様が見える。
何故あそこに斑模様が。急いで反対方向の上空を確認する。バルバス殿の視界にもう一匹の斑模様が入る。これは悪夢か。バルバス殿は心の奥で呟く。一瞬の混乱をかき消したのは息子グランプスの声だ。
「敵は二匹だ! 密集隊形のままアルベラの林まで後退だ!」
既に何名かの混乱した兵士がアルベラの林を目掛けて逃げ惑っていた。
ダメだ、こんなときは敵に背を向けては。
「待て! 隊形を乱すな!」
混乱し我を忘れた兵士の耳にその声は届かない。
声を荒げるグランプスの腕からも血が滴っていた。
凄惨な光景が目の前に広がる。一人また一人とバラバラに逃げ惑う兵士たちの命が背後から刈り取られ、あっと言う間に兵士たちの数は半分以下となった。このままでは全滅する。咄嗟にグランプスは父の背を守り槍を構えた。
「ち、父上、このままでは────」
グランプスが撤退を具申しようとしたその時、戦場にそよ風が吹いた。
『開封! 古の炎よ我が身を守る壁となれ────火炎壁』
呪文と同時にバルバス殿とグランプスたちの目の前に炎の壁が現れた。
気が付くとそこにはナイフを手にした見覚えのある小柄な少年の姿があった。
「お怪我はございませんかアステルランド伯爵」
「そなたはたしかロックランド卿の……」
「はい。アジリスと申します。ダン様たちもこちらへ向かっております」
「グランプス将軍これをお使いください」
アジリスがグランプスに水色の小瓶を差し出す。
「すまないアジリス殿。ロックランド伯爵はお一人か?」
「いえ。仲間と共に向かっております」
今のバルバス殿とグランプスは『仲間』という言葉がいつも以上に心強く感じられた。
『負傷度合いの酷い者たちに分け与えろ』グランプスは手にした回復薬をすぐ後ろの兵士に手渡す。斑模様がその微かな希望をあざ笑うかのように、禍々しい翅音を振りまきながら上空を飛び回っている。る。あれはいったい何だ。エントマなのか。アジリスはその異様な姿に眉をひそめる。
「また上空から来ます!」
兵士の一人が叫ぶ。
「儂から離れていろ。電撃をお見舞いしてくれるわ!」
黄金の槍を抱えバルバス殿が叫ぶ。
掲げた槍を地面に突き刺すと地響きを立てて周囲に雷柱が立ち上る。辛うじて逃れた二匹の斑模様たちも流石にこれには肝を冷やしたらしく、不快感を露わにするようにけたたましく翅音を立てて上空を旋回する。前面を火炎壁に守られ、背後にアルベラの林がある今の状況では、この雷柱は攻撃というよりも防御として有効な手だった。
バルバス殿は斑模様の動きを見ながら何度も雷柱を放ってけん制する。敵を倒すためではなく時間稼ぎのための攻撃。戦略的な行動とは言えそれはアステルランド最強の戦士と呼ばれた彼にとっては、プライドを傷付けるに十分なものであった。だが、兵士たちを救うにはこの方法が最善の策だと彼は理解していた。
雷撃の槍から放たれる雷柱は槍そのものが空気中から取り込んだ魔素を、魔力に返還して発している雷魔法の一種で、その威力は上位の雷魔法にも匹敵する。魔法を発動させるだけではなく、その力を制御するためにも膨大な魔素が消費される。更には巨大な雷撃の槍はその重量のせいで、並みの者であれば持ち上げることすらままならない。まして自ら電気を帯びるその槍は仕様者すら傷付けかねない。
その全てを乗り越えた者ですら雷柱を放つとなれば三度も繰り返せば気を失う。
それを可能にさせているのが雷帝の鎧だ。
「兵士たちよ、ロックランド伯爵たちが救援に向かってくれている。上空からエントマは我らが伯爵が身を呈して抑えてうれている。側面から入り込むエントマたちは我々の手で防ぐのだ! アステルランド兵士の意地を見せるのだぁ!」
「おぉぉぉ!」
グランプスの叫びに兵士たちが答える。
体を張って自ら斑模様たちから自分たちを守る領主や将軍グランプスの姿が、彼らに再び勇気を与えてくれたのだろう。バルバス殿が何度も放った雷柱はただのけん制としてだけではなく、本人も意図しない意外な効果を発揮していた。
その時、側面から迫るエントマの体に矢が突き刺さり、上空を旋回する斑模様を目掛けて火球が放たれた。『グギィィィ』突然の火球を斬翅に受けた斑模様は悲鳴を上げて空中でよろめく。
「アステルランド伯爵!! おケガはありませんか!?」
「おお。ロックランド卿!」
アルベラの林をひたすら駆け抜けたオレたちはようやくバルバス殿と合流した。
殻魔装が停止し位置表示が使えない状態だったオレが指さした方角はだいたい当たってはいたは。だが、正確な方角を確認するのに役立ったのが何度もバルバス殿が放った雷柱だ。その光を頼りに正確な位置を確認しながら進むことができたからだ。
「何だあれは!?」
「クイーンではなさそうだが、紅色と桃色の斑模様とは……」
セダムとザッパが上空を旋回する斑模様を見ながら口々に言う。
エレが上空を見上げて一つ舌打ちをした。
「セダムとザッパは手分けして負傷者の治療をしながら側面から近付くエントマたちを頼む。ダン、君の仲間たちにもアステルランド伯爵の援護を指示してくれ」
「わかった」
オレは残りの回復薬を全てロブストに手渡し、ジルコの指示通りアステルランド伯爵の周囲の守りを固めるように指示する。なおもジルコの指示は続く。
「ダン、エレ、ペイン、オレたちはあの斑模様を片付けるぞ」
本当にあれを殺れるのか。それが斑模様たちを見たオレの第一印象だ。
セダムとザッパの反応からすればアレは通常の変異体とはかなりかけ離れた何かのようだ。
ジルコはオレに止めを刺させるために、あえて討伐班に抜擢してくれたのだろう。
正直そこまで気を使ってくれなくてもと思ったが、とてもそんなことを言える空気ではない。
できればアステルランド伯爵をお守りするほうのお仕事が嬉しかった。オレなんかがこのメンバーに加わったところで出来ることは少ない。
恐怖を振りまきながら斑模様たちが上空を旋回していた。
「まずは一匹ずつ片付けよう」
「あんなもん、どうやって殺るのさ!?」
エレが不機嫌そうに問い掛ける。
「エレ、向こうに出来るだけ大きな痺れ罠を仕掛けてくれ。何分かかる?」
「5分、いや3分だ」
「わかった。頼む。ダンとオレとペインは3分間を稼ぐぞ」
ジルコが移動しながらテキパキと作戦を伝える。
エレは舌打ちをしながらも、身を低くして罠を仕掛ける場所へと進んだ。
「ペイン、魔素を温存しながらけん制だ。オレが合図するまで大火力の魔法は控えろ」
「ダン、オレと一緒に来てくれ」
ペインは頷くと無防備にエレから見て7時の方角に移動して魔法を唱える。
オレはジルコの後について5時の方角にフードを深く被り身を低くして待機する。
少し離れた場所でエレが地面に罠を準備している。
上空の斑模様たちも既にこちらの存在には気付いている。
禍々しい翅音を立てて時々近くまで下りて来るが、火球とクロスボウのけん制を嫌って再び上空へと旋回していく。二匹の斑模様にばかり気を取られているわけにもいかない。地上では巣から少しずつ別のエントマたちも這い出して来ている。
そこはまさに修羅場と化していた。
読んでいただきありがあとうございます。