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遺産相続したら魔界で爵位まで継承しちゃった件  作者: 桜
【第一章】 財政再建 編 
31/33

雷撃

 『ダン様、今、クイーンと? それは、あのエントマクイーンのことでありますか!?』ロブストが目を見開いて聞き返す。たしかにそうだ。いきなりこんなことを言われれば驚かないはずがない。


 エントマの成体が三匹同時に現れただけでも緊迫した雰囲気に包まれるオレたちのパーティーが、クイーンを相手にするというのだ。成体よりはるかに強いうえに単体で現れる保証もない。もしクイーンが成体を三匹従えて現れたとすれば、難しいを超えて無謀としか思えない話だ。しかし、それはオレたちだけならの話だ。


 「おい、ジルコ、お前サボってんじゃねぇーぞ!」


 アルベラの木の上からエレが機嫌の悪そうな口調で叫ぶ。


 「エレちょっと来てくれ。大事な相談だ」


 ジルコはエレの機嫌など気にもとめない様子で彼女を呼び付けた。明らかに面倒くさそうにエレが木から降りてこちらにやって来た。エレはオレの顔を見ると『よう、ダン』と声を掛けるとそのまま通り過ぎ、ジルコにガンを飛ばしながら舌打ちをして詰め寄った。

  

 「おい。何だよジルコ、いちいち呼ぶんじゃねーよ! また木に上るの大変なんだからな!」

 「エレ聞いてくれ。クイーンを仕留めるために力を貸してほしい」

 「は!? クイーンを? お前、何言ってんの? セダム、ザッパ、ちょっと来て!」


 エレは更にセダムとザッパを呼んだ。さすがにクイーンを仕留めるという突然のジルコの提案は、イケイケのエレにしても無謀すぎる話だったのだろう。オレも話を聞くためにジルコたちに近寄ると、残されたロブストたちが困惑した様子でこちらを見つめる。


 「どうしたんだエレ?」

 「おう、ダンじゃないか? どうしたんだ?」

 

 セダムとザッパがエレとオレとジルコに交互に視線を向ける。

 エレはどうしたもこうしたも無いと言った表情で、顎でジルコに説明するように促す。


 「ダンがクイーンを仕留める。皆で力を貸して欲しい」

 「何!?」


 そう。オレも心の中で『何!?』だ。まるでオレが言い出したみたいになっている。

 ただ、驚きすぎて声は出なかったのだが。


 「オレたちhサポートにまわる。止めはダンが刺す」

 「はぁ!? サポート? お前いつからサポーターになったんだぁ!?」


 エレがいまにも噛みつきそうな距離感でジルコに突っかかる。

 ジルコはエレのことをまったく気にせず話を進める。


 「これは重要なポイントだ。もう一度言うが止めは絶対にダンに刺させてくれ。ただし、仕留めた報酬は全てオレたちがいただく。上手く力を合わせれば十分に可能なはずだ。どうだろう?」

 「何だって、よりによってクイーンを?」


 セダムが驚いたようにオレを見る。


 「アステルランド伯爵と競争をしてまして────」

 「競争!? アステルランド伯爵と? ダン、お前、何者なんだ?」


 ジルコにガンを飛ばしまくっていたエレが回れ右をしてオレに詰め寄る。

 近い。近過ぎる。


 「クイーンが倒されればこの討伐もやがて終わる。オレたちの稼ぎもそこまでってわけだ。ここらで大きく稼いでおくのは悪くない案だと思うんだ」

 「なるほど。たしかにそれは言えるな」


 ジルコの提案にセダムとザッパが頷く。


 「まったく仕方ねえな。いずれにしろるなら急がねえとな。先に手を出されたらチャンスはないよ!」

 「たしかにそうだな。獲物は基本的に先に手をつけたパーティーに権利があるからな」

 「まずはクイーンを見付けるのが先決だな」

 

 反対なのかと思われたエレまでがクイーン討伐を前提とした話ぶりになり、他のパーティーもクイーン討伐に積極的な発言をする。駆け足で話がまとまっていくが肝心のクイーンはいったいどうやって探すのだろう。もしかするとクイーンもセダムの魔法でおびき寄せることができるのだろうか。それにまだ全員の意見が一致したわけではない。

 

 「あの、ペインさんの意見は効かなくもいいんでしょうか?」

 「ペインはコミュニケーションは得意じゃないんだ」


 ジルコは当たり前のようにペイン抜きで話を進める。たしか魔導師とは魔法使いより格上の職業だったはず。もっと敬われるべき存在ではないのか。コミュニケーションが得意じゃないからって、そんな理由でペインの意見を聞かなくてもこのパーティーは上手くいっているのだろうか。


 肝心のペインは相変わらず青白い顔で、少し離れた場所で虚ろな表情で一点を見つめている。たしかにあの雰囲気ではコミュニケーションが得意とは思えない。そんなことを考えながらペインを見つめたとき、そこに現れた表示に違和感を覚える。


 名称:ペイン

 レベル:────

 性別:────

 状態:良

 種族:ホムンクルス

 職業:魔導師

 魔法属性:雷・火


 『種族』の『ホムンクルス』というのは初めて見る。

 『魔法属性』が『雷』と『火』の二つなのは、さすがは魔導師といったところか。

 しかし、何だこの不自然な表示は。どうしてレベルも性別も表示されないのだろうか。


 『そうなると、クイーンの居場所だな』顎鬚をなでながら話すザッパの言葉で、オレの意識は目の前のクイーン討伐の問題に引き戻された。セダムも同じように腕組みをしながら考え込んでいる。そうだ今は目の前の問題に集中しんければ。

 

 「さきの黄色い花はセダムさんの魔法ですか?」

 「ああ。正確にはフェルニカという花の種を蒔いて、それを魔法で急激に生育させたものだ」

 「その花はクイーンを呼び寄せるのには使えないんですか?」

 「それは無理だ。あれが通用するのはエントマの成体だけだ」


 オレの問い掛けにセダムが残念そうに首を横に振る。たしかにフェルニカと呼ばれる黄色い花に群がっていたのは成体だけだった。困った。いくらジルコたちが協力してくれるとは言え、クイーンの場所がわからなくては意味がない。オレがジルコに妙な相談をしたせいで、場の雰囲気がおかしなことになってしまった。


 居た堪れない気持ちになって殻魔装の『位置表示』で現在地を表示してみた。オレたちがいる場所に味方を意味する白色の印が集中している。この近くにエントマを現す赤色の表示は見当たらない。


 少し離れた場所に赤色の点を囲む白色の点がいくつか見える。他の場所でエントマと交戦中の討伐者たちだ。アルベラの林を挟んで向こう側、オレたちのいる場所から北東の方角。農園の外れにたくさんの味方の表示が見える。これだけの討伐者が規則正しく並んで討伐する場所。間違いなくバルバス殿の隊だ。良く見ると特定の一か所からエントマを意味する赤色の点が湧き出している。地図に表示されない場所から現れているのか。すると、これがジルコの言っていたエントマの巣か。


 「ジルコ、もしかしてエントマの巣って地中にあるのか?」

 「ああ。そうだな」


 突然の問い掛けにジルコは一瞬だけ躊躇した様子を見せる。だが、その後に『山中などでは洞窟や巨木の内部に作ることもあるみたいだ』と思い出したように付け加えた。


 やはりこれがそうか。もしかしてクイーンもこの巣の中にいるのか。もしそうだとすればこの勝負はオレの負けなのだろうか。たしか先に発見した者に討伐の権利があるとセダムが言っていた。こんな競争をしtばっかりに。心の中に深い後悔の念が沸き上がる。


 その刹那、エントマの巣と思われる地点から少し大きめの赤色の表示が現れ、瞬く間に東側へ移動すると旋回しバルバス殿の隊の脇腹を食い破るように横切った。あっと言う間の出来ごとに理解が及ばないでいると、エントマの巣からもう一つの少し大きめの表示が現れた。バルバス殿の隊はまとまりを失いかけている。先に現れた赤色の点はまるでブーメランのように再び旋回し、今度は西側から乱れた隊列に突き刺さるように直撃した。


 白色の点が四方に逃げ惑う。いくつかの白色の点がアルベラの林へと逃げ入った。そこへ後から現れた少し大きめの赤色の点が尋常ではない速度で襲い掛かる。二つの少し大きな赤色の点は、まるで自分たち以外の白色の点たちが全て止まっているかのようなスピードで次々と白色の点に襲い掛かる。

 何が起こっているんだ。バルバス殿の隊を現す白色の点が見る見る減っていく。


 「ジ、ジルコ! 大変だ! アステルランド伯爵が!」



 

 この日の早朝からグランプス率いるバルバスの隊は、前夜までの調査で発見したエントマの巣を包囲していた。上の農園の東の外れの草むらの中にある、不自然に地面が隆起した個所の側面に見える大穴。それこそがエントマの巣だ。


 『火矢隊、攻撃の間隔を空けるな!』グランプスの指示が飛ぶ。目の前の大穴から次々と現れるエントマを目掛けて火矢が放たれる。エントマたちは威嚇するように翅を鳴らすが、幼体ならともかく成体の硬い殻に普通の矢は通用しない。もちろんそんなことはグランプスも重々承知だ。


 「将軍、大火球の準備が整いました!」

 「よし、放て!」


 空を裂く轟音とともに巨大な火球が大穴を目掛けて放たれた。大きな地響きが起こり辺りを土埃が覆う。鼻をつく異臭は黒焦げになったエントマからのものだ。


 早朝から巣の周囲のエントマたちを討伐し、あらかた片付いたところへ満を持してバルバス殿と共の者たちが到着した。発見した巣を包囲しながらエントマの苦手な火でけん制し魔法の準備に必要な時間を稼ぐ。難しい大火球の魔法はグランプスお抱えの魔法使いたちが、三人掛かりで作り出したものだ。


 グランプスの号令と共にその大火球が放たれた結果は前述の通りだ。完璧な作戦を前に成す術なく魔生石と化すエントマたち。グランプスがこの手順を四度繰り返したところで、勝利を確信した兵たちから自然に歓声が上がった。だが、グランプスだけは違った。


 『まだだ! 気を緩めるな! 火矢隊、構え!』彼の中での決着はそんなところにはない。これだけのエントマが短期間に発生したことへの懸念が彼の緊張感を持続させていた。そして、その懸念はじきに現実のものとなる。


 魔生石をかき分けるように巣の穴から紅色の脚が現れる。それに続いて特徴的な大きな顎と鋭い牙が見える。ガチガチと牙を鳴らしながら黒色の複眼が様子を窺うようにこちらを見る。ゆっくりと穴から這い出したその紅色の体は同色の棘に覆われ、知らない者が見ても一目で感覚的にそれが危険な存在であることを理解させた。


 変異体だ。兵士たちの顔から笑顔が消え去る。何名かが無意識に後ずさる。

 このままでは完全に気押されるそう思った矢先。『はっはっは! これはいい!』隊の後方、一段高くなった場所に設置された椅子にどっかりと腰を下ろした黄褐色の鎧が眩しく輝く。バルバス殿がゆっくりと右手を上げ槍を催促すると、後ろに控えるお共の兵士が二人掛かりでチリチリッと音を立てる黄金の槍を運んできた。その腕には肘まであるこげ茶色の特別な手袋が、同じ様に胸の高さまである特別製の前掛けを着けている。

 

 「グランプス、儂が出るぞ!」

 

 バルバス殿のその言葉に反対する者はいない。それは彼が領主だからではない。初老をとっくに過ぎたであろうバルバス殿が、一人でエントマの変異体に立ち向かうことに意を唱える者がいないことは、他の領土の者たちの目には奇妙な光景にも映るだろう。しかし、そこには確固たる理由がある。彼はアステルランド領主であると同時にアステルランド最強の戦士だからだ。


 兵士たちが左右に分かれバルバス殿の前に道ができる。

 黄褐色の鎧に巨大な黄金の槍。槍を持つその手には赤色の腕輪が見える。


 「父上、起動は?」

 「既にしておる。この鎧と槍はお前が受け継ぐものだ。下がってしっかりと見ておくのだ」

 「はい。お気をつけて」

 「うむ。では参るぞ!」


 心配そうに声を掛けるグランプスにバルバス殿が豪気に答える。

 バルバス殿は巨大な黄金の槍を軽々と抱え、真っ直ぐに変異体を見据えたまま進む。黄金の槍が僅かに静電気を帯びたようにパチッパチッと音を立てる。紅色のエントマがその音に不機嫌さを露わにするように大きく牙を鳴らした。バルバスはゆっくりと歩を進める。両者の距離が徐々につまり10メートルを切ったところで、突然エントマは翅を広げバルバス殿へ向かって矢の様に飛び立った。


 太い槍の柄と硬いエントマの斬翅がぶつかり合うと、強烈な金属音と同時に爆発音にも似た電気がはじける音が響き渡り、エントマは空中でよろめき思わず悲鳴を上げた。バルバス殿が手にする黄金の槍に付与される雷属性の魔法効果だ。


 『雷帝の鎧』と『雷撃の槍』それがバルバス殿が身に着けている黄褐色の鎧と手に抱えている巨大な黄金の槍の名前だ。


 アステルランドには先祖から代々伝わる黄金の槍があった。それがこの雷撃の槍である。ところが強い雷属性が付与されたこの宝槍は、その強過ぎる属性効果ゆえ実際に使われることなく、長年ただただ宝物庫の一角に祀られ続けていた。雷撃の槍は大人が二人掛かりでやっと持ち上げることのできる超重量に加え、凄まじすぎる雷属性の威力によって使用者にもその影響を及ぼしてしまうという重大な欠点があったからだ。


 その飾り物と化した宝槍を、アステルランド最大の特筆戦力に昇格させたのが雷帝の鎧だ。

 雷帝の鎧は一年半の歳月と多額の財産を費やして、とある名技師が作り出した高度な雷耐性と操作力を持った鎧だ。


 バルバスと変異種の戦いは次第に激しさを増す。両者がぶつかり合うたびにバチッと大きな音が響き渡る。『グギィィィ!』エントマが悲鳴を上げる。だが、両者は怯むことなく再びぶつかり合い激しく衝突音を響かせる。激しい衝突音が響く一進一退の攻防を兵士たちは固唾をのんで見守る。もはや自分たちが手を出したところで邪魔にしかならないことを理解しているからだ。


 変異種が上空を旋回して勢いをつけてバルバス殿に突進する。そのスピードは成体を上回る。

 バルバス殿はその瞬間を待っていたかのように雷撃の槍を高く掲げ地面に突き刺した。変異種の斬翅が迫る。その刹那、地響きとともにバルバス殿の周囲に、何本もの雷柱が天に向かって立ち上った。雷柱に捕えられた変異体はそのまま空中で二度三度と弾け、煙を上げながら地面に転がった。


 バルバス殿が地面から槍を引き抜いてゆっくりと歩を勧める。そして、僅かに脚や牙を動かす変異種に勢い良く槍を突き立てた。バンッ。変異種の体が弾け、バルバス殿を見つめるその複眼から光が失われる。一瞬の静けさの後、にアステルランドの兵士たちからこの日一番の歓声が上がった。


 虎口を逃れて竜穴に入る。

 この後、バルバス殿の隊に更なる禍が降り掛かろうとしていることを知る者はいない。

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読んでいただきありがとうございます。

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