共闘
契約の腕輪に『132』という数字が浮かんだ。仕留めたエントマの大きさを現す数字なのだろうか。
バルバス殿の腕輪にはいったいどんな数字が浮かんでいるのだろう。そんなことを考えていると、オレの腕輪に浮かんだ数字を見てロブストが『ダン様、やりましたな!』と嬉しそうに言った。たしかにそうだ。勝負はまだ始まったばかりだ。
オレはようやくスタートラインに立ったことに少し安堵しながらせっせと魔生石を拾う。不思議と誰一人、魔生石を拾うのを手伝うどころか手をつけようともしない。むしろ拾うオレを見ようともしない。回収作業は完全にオレの仕事ということなのだろうか。ちょっと寂しいな。
殻魔装を起動させたことで地図機能に討伐者やエントマの存在が表記される。
下の農園は昨日に比べて討伐者の数もエントマの数も明らかに少ないのが、その反面、上の農園には多くの反応が見られる。やはり主戦場は上の農園に移っているようだ。
クロスボウに矢を補充し、オレたちは上の農園に続く道を進んだ。
この細い道は意外と危険だ。前後には開けているが、左右の林から突然エントマが現れる可能性がある。そのうえ道幅が狭く、もし前後から挟み撃ちにあった場合に逃げ場がない。
「ボンザック、できるだけ足早に進め。ここで囲まれては厄介だ。アジリス、ダン様の守りを怠るなよ」
「「はい」」
ロブストがボンザックとアジリスに指示を出す。
気合い十分だ。契約の腕輪の危機感が彼らの集中力を高めているのだろう。
よし。頼むぞ。しっかり守ってくれ。そして、止めは出来ればオレにやらせてね。
『来ます』アジリスが警告する。もう少しで上の農園の入口に差し掛かろうというところで、右手の林からエントマの成体が一匹現れた。やや大きく見える。手負いのようだ。傷付き緑の液体が滴っている。
「デカいぞ逃がすな!」
ロブストの声に反応するようにエントマが興奮したように翅音を立てる。自らの危機を感じているのだろう。ボンザックが容赦なく大剣を振りかざすがエントマはそれ辛うじてかわす。
『高速移動』
アジリスが小声で魔法を唱え両手にナイフを構えて駆ける。
青白い魔法陣をはるか後方に置き去りにして一気に距離を詰めると、滑り込むようにエントマの真下から腹に斬り付けた。小さく悲鳴を上げたエントマが地面に落ちるとアジリスがオレを見る。了解。わかってますよ。
駆け寄って近距離からバタバタと地面の上で暴れるエントマにクロスボウを放つ。
一発目は斬翅に当たってはじき返された。狙ってすぐに二発目を放つ。矢がエントマの胴体に突き刺さった。すぐに三発目をと思い狙いを定めているうちにエントマの動きが止まり、やがて契約の腕輪に『153』という数字が浮かんだ。エントマの死骸がゆっくりと消え去り黄色の魔生石が残る。
「やった記録更新だ!」
「お見事ですダン様! ズッハー」
「上の農園にはもっと大きなヤツもいるはずです。ここは危険です先を急ぎましょう」
ロブストの言う通りだ。油断してこんな場所で囲まれたら大変だ。
急いで地面に転がる矢と魔生石を回収し、ようやく上の農場にたどり着いた。
上の農場も基本的な耕作方法は下の農場と同じで、中央にアルベラの林が茂りその周囲が通路のように整備され、更にその周囲を背丈の高い草や木々が覆う。ただし、広さは下の農場の二倍近くありそうだ。
そこかしこでエントマとの戦闘が繰り広げられている。それも血で血を洗う戦闘が。
何箇所かときどき凄まじい光や爆発音のようなものが聞こえる賑やかな場所がある。恐らくその中の一つがバルバス殿の隊が交戦中の場所のはずだ。前方にエントマが群がる個所が見える。
「ロブストさん、とりあえず前方の賑やかな場所まで接近してみましょう。もしかしたらアステルランド伯爵の隊が交戦中の場所かも知れません」
「了解しました。ボンザック、周囲を警戒しながら前進だ」
「わがりました! ズッハー」
オレたちは周囲を警戒しながら園地に見えるエントマが群がる場所を目指す。
ところが、下の農園とは違いエントマが次々と現れなかなか前に進めない。最初に現れたのはエントマの幼体が二匹。それらは上の農園での最初の獲物として、一瞬にしてボンザックとアジリスの餌食となった。オレがいつものように魔生石の回収をしようとしていると、すぐに林の中から二匹の成体が姿を現した。そちらに気を取られているうちにアルベラの林から別の成体がもう一匹。
「オレとボンザックは左の林からの二匹、アジリスはアルベラの林からの一匹からダン様をお守りしろ。決して深追いはするな」
「「はい」」
ロブストが素早く指示を出し、ボンザックとともに林から現れたエントマに立ち向かう。
ボンザックの大剣がエントマの硬い殻を打ち壊し、ロブストの戦斧がエントマの一部を吹き飛ばす。一歩間違えば命を落とすこともある斬翅を持つエントマの成体を前に、まったく怯むことなく襲い掛かるその姿はまさに狩る側のそれだ。そして、二匹のエントマはものの数分で黄色の魔生石と化した。
その間にアジリスも目の前に迫るエントマからオレを守りながら周囲の状況を見守っている。
もう少し近くまで来たら矢を放とうとオレもクロスボウを構え狙いを定める。
先に現れた成体を仕留めたロブストが残りの一匹に襲いかかる。
エントマが大ぶりな戦斧の一撃を避けたところに、待ってましたとばかりにボンザック一撃が待ち受ける。『ロブストさんがそんな簡単に外がぁー! ズッハー!』ゴガンッ。重い一撃を喰らったエントマが脳天から緑色の液体を吹き出して地面に転がる。どうやらロブストの一撃はエントマをボンザックの方へ逃がすための囮だったようだ。やがて消え去った跡に黄色の魔生石が残った。
幸か不幸かロブストとボンザックの一撃が直撃すると、ほとんどのエントマが一撃で魔生石と化してしまう。危険な目に会わずに済むのはありがたいが、これでは契約の腕輪の数値が上がらない。もっと積極的に戦闘に加わらなければ。
「アジリス、もっと大きいサイズのエントマを仕留めなければ恐らくアステルランド伯爵には勝てない。オレの守りはいい。ヤバイときは言うから積極的に攻撃をしてくれ。そして、オレに止めを刺すチャンスを作ってくれないか?」
「しかし……」
「殻魔装を着ているからオレなら大丈夫だ」
「わかりました」
たぶん大丈夫なはずだ。
と言うよりは、とりあえずこれしか方法が思いつかない。
急いで魔生石を回収しとりあえず先へ進む。
前方にエントマと派手に交戦中のパーティーが見えてきたところで、また二匹の成体が林の中から姿を現した。二匹はなぜかこちらには目もくれずに、前方でエントマが密集する場所へと吸い寄せられるように飛んで行く。向こうではいったい何が起こっているのか。
「これはいっだい……ズズッ」
「ダン様、このまま進まれますか?」
ボンザックが不安そうにこちらを振り向くと、ロブストがオレに前進を続けるか確認する。
たしかに妙だエントマが目の前を素通りするなんて初めてだ。だが、ここで考えていても意味がない。
「たしかに妙ですが進みましょう。ここにいても埒が開きませんし」
「「はい」」
周囲を警戒しながら前進を再開する。途中でアルベラの林から成体が飛び出してきたが、それもオレたちを素通りしてフラフラと前方のエントマが群がる場所へと飛んで行ってしまった。この先に何かあるのは間違いないだろう。
ズガァァァーン! 突如、エントマの群がる中央に地響きを立てて稲妻が走る。
魔法だろうか。ボトボトとエントマの成体が地面に落下する。
『ダン様、今のは────』ボンザックが目を丸くして振り返る。
このまま前進して良いのか指示を仰いでいるのだろう。バルバス殿の隊にしては人数が少ない。更に接近したところでアジリスが前方を指さした。そこには細身の両手剣を振りかざし地上に落ちたエントマの成体に次々と止めを刺す者の姿があった。ジルコだ。
その向こうには青白い顔で一点を見つめ何かを呟く魔導師ペインの姿もある。あの稲妻はペインの放った魔法だったのだろうか。不思議なことに驚いて飛び立ったエントマたちが、再びアルベラの林の近くに再び集まってきた。エントマたちが群がる場所には見たことのない黄色い花が咲き乱れている。エントマたちはまるであの花に吸い寄せられているようだ。
よく見るとアルベラの林の前には集中して呪文を唱える植物使いセダムの姿が、そして、少し離れた木の上には狩猟師エレの姿があった。九匹のエントマの成虫がまるで黄色い花に吸い寄せられるかのように群がり、恍惚とした様子で花の蜜を吸い続けている。
そこへ矢の雨が降る。エレの放った矢だ。正確にエントマの硬い殻の継ぎ目に突き刺さると同時に燃え上がり、エントマたちが悲鳴を上げる。残った獲物はアルベラの木の陰に身を潜めていた、戦士ザッパの強烈な戦鎚の一撃で次々と頭部を潰されていく。夢見心地ののままに気が付けば魔生石へと化すエントマたち。それはまるで手順の決まった作業のようで、狩りと言うよりも大量の魚を一度に捕える漁のようだ。オレに気付いたジルコがこちらへ軽く手を上げる。
「よう、ダン。今来たのかい?」
「ああ。もの凄い狩りだね」
「そうかい? まあ、今回はセダムのおかげでだいぶ楽させてもらってるかな」
そう言ってジルコが冗談ぽく肩をすくませてべセダムの方へ視線を向ける。
あの奇妙な黄色い花はセダムの魔法なのだろう。エントマたちはあの花の匂いか何かに引き寄せられて集まり、目の前にジルコたちがいるのがわかっていながらも、花の蜜を吸わずにいられない衝動にかられてしまうのだろう。そこを一網打尽というわけだ。殻魔装を着ているオレが言うのもなんだが、こんなチートな討伐方法があったとは驚きだ。
「そっちはどうだい?」
「そこそこってとこだな。アステルランド伯爵の隊を探してるところなんだ」
「アステルランド伯爵の? それならアルベラの林の向こういるはずだ。何でもエントマの巣が見付かったらしい」
「エントマの巣!?」
「ああ。これだけのエントマが短期間に発生したのだからもしかしたらとは思っていたけどね。恐らくクイーンも付近にいるだろう」
何てことだ。オレは記憶の中からクイーンの内容を探す。
たしか父の残した魔物図鑑の記事には、エントマクイーンは卵を産み出すとあった。つまりこのエントマの大発生は全てそのクイーンの存在によるものなのか。そうなるとクイーンを仕留めればこの混乱はひとまず収束するということか。
「するとクイーンを倒せばこの討伐は終わりなのか?」
「そうだな。もちろん厳密には既に発生しているエントマの残党退治と、巣と一緒に残された卵も焼き払う必要があるけどな」
ひょっとするとオレが考えている以上に討伐は終盤に差し掛かっているのではないか。
討伐が終息を迎えること自体は喜ばしいことだ。しかし、まずい。このままではバルバス殿に負けてしまう。そうなればメルとリリイが────。
「頼む、ジルコ教えてくれ! できるだけ大きなエントマを仕留めるにはどうしたらいい!?」
「大きなエントマ? 何だ、いったいどうした?」
オレは簡単にバルバス殿とのエントマ狩り競争をすることになったいきさつを説明した。
もちろん右手に着けた赤色になった契約の腕輪も見せながら。
「そいつはややこしいことになったな。何だってそんな競争を?」
ジルコがそう言いながら、困ったヤツだと言わんばかりに掌で顔を覆う。
正しいリアクションだと思う。ロブロスたちも立場が違えばきっと同じことをしたに違いない。
「大きいエントマって、どれくらい大きいのがいいんだ?」
「できるだけ。バルバス殿に勝つには大きければ大きいほうがいい」
ジルコは少し考えおもむろに口を開いた。
「こうなったらクイーンを仕留めるか────」
「クイーンを!?」
「恐らくこの討伐で最大級の獲物はクイーンだ。普通の成体なんかとはレベルが違うからな」
たしかに父の魔物図鑑にもクイーンは通常のエントマの倍以上の大きさだとあった。
だがクイーンは甲殻の硬さも攻撃力も通常のエントマとは比べ物にならないほどだったはず。
「ダン、お前、金を諦める気はあるか?」
「金? 何の?」
「クイーンの討伐で得られる全ての金さ。止めはお前に刺させてやる。そうしないとアステルランド伯爵との勝負には勝てないからな。でも、金はオレたちがいただく。共闘といこうじゃないか。どうだ?」
クイーンの討伐。共闘。
いきなりの話で現実味がないがジルコたちの強さはけた違いだ。
「うん。頼む!」
「よし。そうと決まれば準備しなきゃな」
ロブストたちの前に立つオレは宣言する。
この決断が正しいかどうか今のオレにはわからない。今はただ実行するのみ。
「ダン様、どうされました?」
「うん。ちょっと聞いてください大事な発表があります」
ロブストとアジリスとボンザックは怪訝な表情を浮かべながらも静かにオレの言葉を待つ。
「これよりオレたちは、ジルコのパーティーと共闘作戦にてクイーン討伐を試みます!」
「「え!?」」
読んでいただきありがとうございます。




