表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
遺産相続したら魔界で爵位まで継承しちゃった件  作者: 桜
【第一章】 財政再建 編 
29/33

契約の腕輪

 「ヴェルミットさん、おはようございます」

 「おう! 来たな。ちゃんと仕上がってるぞ。さあ、運ぶのを手伝ってくれ」


 ヴェルミットの店へ修理を頼んであったロブストの鎧と戦斧とアジリスのナイフを受け取りに行くと、ちょうど作業を終えたヴェルミットが店の前でパイプをくわえ一服をしているところだった。


 ヴェルミットの後について店の奥の工房へと進むと、作業台の上に修理され綺麗に磨かれたロブストの全身鎧の胴体部分が置かれていた。その横には巨大な戦斧とアジリスのナイフが並んでいる。ロブストはまるで自分の一部を取り戻すように全身鎧の胴体部分を装備し、手にした戦斧の刃の部分に被せられた革製のカバーを外し仕上がりを確認する。同じようにアジリスの真剣な眼差しも手にしたナイフに向けられている。


 「どうだ仕上がりは?」


 オレにはその手の知識はまったくない。ヴェルミットのその問い掛けにそのままロブストとアジリスに視線をなげかけることで確認する。二人とも笑顔で頷くことで満足なものであることを教えてくれた。


 「全部で200ゲルドだ。問題ないか?」

 「はい。ありがとうございます」


 インフィニティーバッグから金の入った皮袋を取り出して200ゲルドをヴェルミットに支払う。その金額が安いのか高いのかもオレにはさっぱりわからないが、まるで新品のように磨かれたロブストの鎧を見る限りかなり丁寧な仕事をしてくれたのは間違いないはずだ。


 「これから討伐に向かうのかい?」

 「はい」

 「そのクロスボウはフェズの店で?」

 

 ヴェルミットはオレが肩から下げたクロスボウに目をやった。


 「はい。ヴェルミットさんに紹介してもらったおかげで、フェズさんにはいろいろと教えてもらって助かりました。ありがとうございます」

 「ふーん。しかしフェズのヤツずいぶんとややこしいものを勧めたもんだな?」


 髭を撫でながら怪訝そうな顔でけがれのクロスボウを眺める。

 ヴェルミットの言う『ややこしい』とは恐らくは呪いのことだろう。

 魔法を使った様子などはなかったが見ただけでそれに気付いたということだろうか。

 

 「いえ、フェズさんが勧めてくれたわけじゃないんです。むしろ『オススメしない』って言われました。じつはヴェルミットの言う通りこのクロスボウは呪われてるそうです。でも、オレが出した無理な条件に合いそうなものがこれしかなくて」

 「あまり感心しない雰囲気を放ってはいるが、お前さんが選んだからにはそれも縁なんだろうよ」


 そう言うとヴェルミットは奥の棚をゴソゴソとあさった。

 そこから緑色の石が付いた古びたネックレスを取り出して差し出した。


 「お守りだ。持っていきな。呪いが掛かった武器は持ち主の運気を下げると言われておる」

 「ありがとうございます」


 運気を下げるとはどういう状態なのだろう。それに魔界なのにお守りって。

 そんなことを思いながらもオレは脊髄反射的に差し出されたネックレスを受け取った。正直なところオレはお守りの類は信じていない。だが、ヴェルミットの好意に感謝してありがたくいただくことにした。


 マッカル高原へは街の外れから1人1ゲルドの送迎馬車が出ている。

 馬車乗り場には短いながらも列が出来ている。馬車に乗る者たちの目的は様々だ。多くはオレたちのように討伐に向かう者だが、中にはその討伐に来る者たちを相手に商売をしに向かう者や、さながら縁日のような賑わいの陣地周辺の雰囲気を味わいに行く野次馬などいる。


 それぞれの目的に向けてオレたちは馬車に揺られながらマッカル高原へ向かった。




 「安いよ、安いよぉー!薬草が安いよぉー!」

 「糧食ぅ~、糧食はいかがですかぁ~!」

 

 マッカル高原に入ってすぐに敷かれた陣地周辺には、物売り、鎧や武器の修復をする鍛冶屋、ケガ人の手当てをする治療師など様々な者が集まる。なかには天幕を張って食い物や飲み物、酒を飲ませる店もいくつか見える。アステルランドの楽団が指揮を高めるための景気の良い演奏を奏で、街中とは違った賑わいを見せていた。 


 「ダン様、かなり賑わってますね。ズッハー」

 「うん。昨日より物売りの数も増えてる気がするな」


 陣地を取り巻く店や物売りの数は明らかに増えていた。

 討伐が順調に進んでいるからなのだろうか。アステルランドの陣地にも明るいムードが漂っている。

 陣地に何かを尋ねに行ったロブストが急いで戻ってきた。


 「ダン様、10分ほど前にアステルランド伯爵の隊は農園へ向かったそうです」

 「まずいな。オレたちもすぐに行こう!」


 ボンザックを先頭に、アジリスがピッタリとオレに貼りつき、殿をロブストが務める。

 当初はロブストが先頭を行くという案だったのだが、ここはどうしても自分に任せてほしいとボンザックが先頭を志願したのだ。巨大な剣を構え気合十分で先頭を行く姿には鬼気迫るものがある。オレがエントマだったら近寄らないだろう。街で下手なチンピラのような真似ごとをしていたのを見たときにも思ったが、ボンザックはもともと不器用だがそのぶん真面目なヤツなのかも知れない。

 

 しばらく歩き下の農園に到着した。ボンザックの気迫にせいか討伐が進んだためか、途中の通り道ではエントマはまったく姿を現さなかった。


 「今日は人が少ないですね?」

 「主戦場が上の農園へ移ったのかも知れませんな」


 オレの問い掛けにロブストが答えた。

 たしかにそうなのだろう。バルバス殿の隊も見当たらない。マッカル高原の入口付近は昨日よりも賑わっていたのだから、討伐に来ている者の数が極端に減っていることはないはずだ。


 「よし。とりあえずオレたちもバルバス殿の隊に追いつこう」

 「かしこまりました。ボンザック、中央のアルベラの林を避けて前進だ。アジリス、脇から飛び出すエントマを警戒しろ」

 「「はい」」


 ロブストの指令通りボンザックが左端沿いを進む。

 アジリスはオレの左手について左脇の林から現れるエントマを警戒しながら進む。

 『来ます』そのまましばらく進んだところで、アジリスがオレの左前に覆いかぶさるように立ちナイフを構えた。昨日はこの突然のアジリスの動きが理解できなかったが今ならわかる。アジリスの察知能力はオレたちに比べて格段に高い。そのためいち早くエントマの存在に気付いて動いたアジリスの行動は、何も気付いていないオレには奇行としか思えていなかったのだ。すぐにロブストも左の林を警戒して前へ出る。


 「左の林にエントマ成体二匹! ズッハーッ」


 ブオォォォーンッ! 

 ボンザックが叫んだ直後に一匹のエントマの成体がけたたましい翅音を立てて林から飛び出した。

 『ふんっ!』その後を追うようにもう一匹の成体が林から飛び出した瞬間を、ボンザックの大剣がとらえた。ゴキンッと硬いもの同士がぶつかり合うに音がしたあとに、地面にエントマの成体が叩きつけられ転がる。ボンザックがその成虫に止めを刺しているうちに、上空を旋回した一匹目のエントマがロブストを目がけて急降下してきた。


 すぐにロブストは戦斧を構えた。

 後ろ足を極端に引き、身を窮屈に屈める。まるで相手に背を向けるほどに半身になった。

 あえて例えるなら下段の構え。しかし、それとも違った独特な構えだ。地面に着くほど戦斧を低く構え、左肩越しに迫るエントマに狙いを定める。


 『斬れ味開放』


 魔法と同時にロブストの足元に青白い魔法陣が浮かび上がる。

 『がぁぁぁ!』咆哮とともに勢い良く遠心力に乗って振り上げられた戦斧が土煙を巻き起こす。

 一瞬の金属音の後に、真っ二つになったエントマの残骸が緑色の液体を散らしながら落ちる。 

  

 凄まじい一撃だ。それは先頭を買って出たボンザックの初手柄が霞むほどの強い印象を残した。思わずボンザックが『おぉぉ!』と声を上げ、アジリスの喉が鳴った。強いとは思っていたが今のロブストの一撃には正直オレも驚いた。ボンザックの一撃も決して悪くない。あれだけ巨大な大剣を喰らえば、いくら硬く頑丈なエントマと言えどただでは済まない。このパーティーなら昨日以上の成果が期待できそうだ。


 二匹のエントマが消え去った跡に黄色の魔生石が現れる。

 ようやくオレの出番だと言わんばかりに、そそくさと二つの魔生石を拾い上げインフィニティーバッグに入れた。ボンザックもオレが魔生石を回収することに文句はないようだ。

 

 あ、そうだ! 大事なことを言い忘れていた。


 「えーと。ちょっと大事なことを言い忘れてました。聞いてください」


 皆が一斉に何事かとオレに注目する。


 「じつはアステルランド伯爵とエントマ狩りの競争をすることになりました。これが競争に使われる腕輪らしいです」


 そう言ってオレは右手に巻かれた赤色の腕輪を見せる。そこにはまだ何も表示されていない。

 さっきボンザックが落としたヤツの止めはオレが刺すんだった。もったいない。


 「それは、契約の腕輪では?」

 「え? そういう名前なんですか?」


 質問に質問で返したオレを皆が不思議そうに見つめる。

 だってしょうがないじゃん。腕輪の名前とか知らされてなかったし。


 「えーと、とりあえず、より大きなエントマを仕留めた方が勝ちというルールです。それで、ここからが重要なんですが、この勝負は自分が止めを刺したエントマの大きさしかカウントされません。つまりオレが止めを刺す必要があります。なので可能な時だけでいいので止めはオレに刺させてください」

 「なるほど。そのための契約の腕輪なのですな。ちなみに何を賭けられたのでしょうか?」


 納得したように腕輪を眺めるロブストが訪ねた。 

 どうして賭けのことまで知っているんだ。


 「たしか負けた方が一つだけ願い聞くとか────」

 「そ、そのような内容を!? よろしいのですか?」


 ロブストが慌てた口調で聞き返した。アジリスも驚いた表情でオレを見つめる。

 ボンザックだけがいまいちピンときていない様子だったが『わがりました!』と元気に答えた。

 何だこのロブストとアジリスのリアクションは。オレは何かまずいことでもしたのか。


 「お、恐れながら、ダン様。もしかすると、一つ願いを聞くというのは……領土の没収なども含まれるのでありましょうか?」

 「はぁ!?」


 何を言い出すんだ。こんなお遊びで領土とか無いだろ。無いよな。


 「ま、まさか……それは無いでしょ?」

 「無いのでありますか?」

 「え!? あるの?」


 オレとロブストはお互いに顔を見合わせる。

 嘘だろ。でも魔界の領主レベルになると領地のやり取りもお遊びレベルなのか。

 

 「いや、そんな無謀な約束はさすがに無効でしょ!?」

 「しかし、アステルランド伯爵と一緒に契約の腕輪を着けられて約束されたのですよね?」

 「まあ、そうですけど」

 「契約の腕輪というのは絶対の約束を意味する魔法アイテムであります。約束を反故にした場合には腕輪の呪いで身が滅びるとか」

 

 うぇぇ!? はぁぁ? 何それ。身が滅びるとか聞いてないからそんなの。まずい。オレは知らないうちにバルバス殿の口車に乗せられて、とんでもない約束をしてしまったのではないか。


 「ま、まあ、何とかなるでしょ。と、とりあえず頑張りましょう。そして、止めはオレってことで!」

 「「わかりました」」


 さすがにいきなり領土をよこせとかってことはないでしょ。

 でも、例えばバランやロブロスたちロックランドへ使える者たちをよこせと言われたら。

 バルバス殿も男だ。万が一、メルとリリイをよこせと言われたら。

 いかん。それだけは絶対にいかん。


 「よぉーし、みんな! 気合いを入れていくぞ!」

 「「はい」」

 「声が小さい! ガンガンいくぞぉー!!」

 「「はい!!」」


 とりあえず檄を飛ばす。勝手に約束して、一番役に立っていないオレが言うのも何だが。

 やるしかない。メルとリリイは渡さん。絶対に。オレですらまだ楽しんでないのに。ダメ絶対。

 オレは殻魔装を『起動』状態にしてクロスボウを構え先を急いだ。




 上の農園へ続く道に差し掛かったところで再びエントマの成体が一匹現れた。

 林から勢いよく飛び出すとボンザックとアジリスの間すり抜けて、オレたちを威嚇するように空中を旋回する。少し遅れて下草の間から二匹の幼体が姿を現した。


 ボンザックが幼体の一匹に大剣を振り下ろすとグシャリッと音を立てて潰れた。

 アジリスはオレの前で上空を旋回する成体を警戒しながら守りを固めている。

 ロブストの戦斧がもう一匹の幼体を凪払う。


 オレはじっくりと成体に狙いを定める。

 矢はとりあえず四本だけ装填した。六本装填可能だが、呪いの力で五発目以降は重すぎて今は無理だ。まずはしっかり標的を引きつけなければ。フェズの店で試し撃ちさせてもらったときの木偶は止まった標的だった。せめてあれくらいの距離までは引きつけなければ、動く標的になど当たるはずもない。鋼の矢は10本で15ゲルド。数には限りがあるし値段もバカにならない。


 ガシュッ。放った一本目の鋼の矢はわずかにエントマを逸れて空へと消えた。だが、続いて放った鋼の矢がエントマの斬翅を捕えた。突然、翅に当てられたエントマはバランスを崩して地上に接触した。その瞬間を見逃さずにアジリスが駆け寄りナイフで腹を切り裂く。しかし、浅い。エントマはもがくように脚を動かしている。アジリスがオレに視線を送る。オレに止めを刺させるためにわざと浅く攻撃したのだ。アジリス、えらい。


 出来れば接近したくはないが仕方ない。オレはクロスボウをその場に置いて、ファイヤーブレードを抜いて駆け寄り思い切りエントマの腹に突き刺した。内部から焼き焦げる臭いがする。傷口が熱で朱色に染まると、やがて黄色に輝く魔生石を残してエントマは消え去った。


読んでいただきありがとうございます。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ