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遺産相続したら魔界で爵位まで継承しちゃった件  作者: 桜
【第一章】 財政再建 編 
25/33

手土産

 「いいかボンザック、今夜のうちにしっかりと準備を整え、明朝は必ず時間に遅れぬように来るのだぞ」

 「了解しましだぁ!」


 ロブストに釘を刺されたボンザックは、緊張した面持ちで大きな体を窮屈に縮こませながら大声で答えた。その様子はもはや上官と新米兵のそれだ。オレたちは明日の朝に金脈の宿で落ち合うことを約束してボンザックと別れた。

 

 さて、この後はどうするか。

 バルバス殿に夕食に招かれているものの、まだその時間には少し早すぎる。

 

 「バランさん、アステルランド伯爵のところへ行くには少し早いですよね?」

 「はい。夕食にはまだ陽が高過ぎるかと」

 「どこかで時間でもつぶした方がいいですかね?」

 「ダン様、それでしたらアステルランド伯爵への、手土産を準備されてはいかがでございましょう?」


 なるほど。たしかに夕食をご馳走になるのに手ぶらはまずいな。

 しかし、今から手土産を準備すると言っても何を準備すればいいのやら。


 「何か良い手土産ってありますかね?」

 「アステルランド伯爵は知識も豊富でいらっしゃいます。そのうえ物の良し悪しを正しく見極める眼をお持ちでございます。ここは金額ではなく希少価値の高いものなどいかがでございましょう?」


 たしかに今のオレっちには金額的に高価すぎる土産は難しい。そのぶんを希少価値で補うというわけか。しかし、希少価値が高いものは一般的に価格も高い。バランはいったい何を買う気なのだろう。


 「でも、希少価値が高くてあまり高くないものってあります?」

 「まあ、場合によっては見付けることも可能でございますが」

 「え? そうなんですか?」

 「少し試してみたい場所があるのですがよろしいでしょうか?」

 「いいですけど────」


 オレたちは目的も知らずにバランの後についてしばらく歩いた。 

 『ダン様、ここでございます』そう言ってバランが立ち止ったのは、店先にたくさんの檻や網が並ぶ場所だ。中を覗くと見たことのない生物たちが入っている。その中に一つだけオレの知っている生物が入った檻がある。ラプトルタスクだ。ラインシャフトの厩舎でマヤンに見せてもらった、ラプトルタスクを小さく可愛い見た目にした生物が檻の中に三匹入っている。ラプトルタスクの仔だ。


 「いえ、ダン様。ここは『愛玩あいがん種牡生物商しゅぼせいぶつしょう』でございます。ちまたでは『生物商』と呼ばれております」

 「生物商……肉屋とは違うんですか?」

 「はい。愛玩用の生物と畜産用の繁殖に用いられるような、品質の良い生物を販売する場所でございます。食用として買い求めることはございません。さて、では────」


 『上位鑑定魔法』


 その言葉と同時にバランが眼帯を外す。

 足元に青白い魔法陣が出現し、左目に真紅の輝きが宿る。


 「では参りましょう」


 そう言ってバランは店の中へと入っていった。

 店の中には鳥や爬虫類、猫に似た動物や昆虫など、様々な生物が種類別に分けられている。

 バランはそれらの生物には目もくれずに真っ直ぐに店の奥の棚へと向かった。

 

 棚にはたくさんのソフトボールの球より少し大きな卵が丁寧に並べられている。

 一つ一つ少しずつ模様や形に違いがあり、傷つかないように下半分を布で包まれ更にその下には厚みのある布が敷かれていた。棚の前には『500ゲルド』とだけ書かれた張り紙がある。どれを選んでも価格は一緒ということか。見ようによっては高級果専店の売り場のようだ。この卵はいったい。


 「バランさん、これって?」

 「ドラゴンの卵でございます」


 竜の卵。竜ってワイバーンとか、あの竜か。

 そもそも竜って卵から産まれるのか。知らなかった。


 「竜の卵は個体差が大きく外見から何種の竜かを見分けるのは困難を極めるのでございます」

 「そ、そうなんですか……」


 『ですが────』バランが一つずつ卵を手に取り真紅に輝く左目でじっくりと観察する。

 手に取った卵を丁寧にもとの場所に戻して、また別の卵を手に取って観察する。

 そんなことを何度か繰り返すうちに、薄緑色に所々に薄茶色のシミのような模様のついた卵を手にして、そのまま動きを止めるとオレの方へ意味深な笑みを向ける。


 「ダン様、これはワイバーンの卵でございます」

 「え?」


 意味がわからずにただただバランの顔を見つめ返す。


 「竜の卵というのは種類別に分けられて売られているのは希でございます。普通は産まれて生後一ヶ月くらいで何種の竜かがわかります」

 「え! それまでわからずに育ててるんですか?」

 「大抵の場合はそうなります」


 何それ。クワガタだと思って育てて、大きくなったらタガメだったみたいな。

 意外にタガメもカッコイイからいいか。いやいや、そういう話しじゃない。


 「そもそも竜ってそんなにいろんな種類がいるんですか?」

 「竜は大きく分けると、ダン様もご存じのワイバーンをはじめとする『飛竜種』、主に地上で活動する『地竜種』、水辺や水中で活動する『海竜種』、そしてそのどれにも属さない『特別種』の四種類になります。更に各種類が細かく分類され、一般的に知られるもので百種類以上、外皮の色の違いや変異種などを合わせれば三百種類を軽く上回ります」

 

 竜ってのはそんなに種類があるのか。オレの中で竜と言えば口から火を吐く怪獣のような生物で、色はせいぜい緑か茶色というイメージしかなかった。それがワイバーンを知ることで竜の世界観が微妙に広がったと思っていたのだが、まさか三百種類以上も存在するとは。


 その後にバランが補足した竜の話しはとても興味深いものだった。

 そもそも竜は他の動物に比べ寿命が長いのだが、その中でも希に百数十年も生き続けるものがいる。

 それらは魔界の街に暮らす魔族たちなどと同等程度の知性を持ち、やがて、時が経ち、その竜が寿命を迎えるとき不思議な現象が起こる。


 本来、生物はその寿命をまっとうして死を迎えると、その肉体はやがて朽ち土へと還る。

 余談となるが、人間界では寿命を迎えると『昇天する』『天に召される』などと言われるが、魔界にはそのような言葉は存在しない。魔界では『冥土へ旅立つ』『冥府へ立つ』と言うのが一般的らしい。


 長い時を生きた竜はその肉体が滅びても魂まで消えることはない。

 その後ゆっくりと時間を掛けて新たな肉体を構築し、そこへ宿り新たな時を過ごすこととなる。

 これを『転生』という。転生を果たした竜は、肉体は新たなものになるが魂はそれまでの経験や能力を記憶しているため、何度か転生を繰り返した竜は更なる知識と経験を積み重ねることで、やがて高い知能と豊かな経験により固有の魔法に目覚める。神にも勝るとも劣らぬ驚異的な力を宿すその状態を魔界では『神格化』と呼んでいる。


 事実、かつて天界との大戦の折に、一部の天界族が神格化した竜を不用意に攻撃したことでその逆鱗に触れ、ものの一時間足らずで膨大な数の天界族の兵士たちが天に召され、結果的に天界族の大群は撤退を余儀なくされた。そのとき巻き添えを食った魔界の兵士たちも少なくないらしく、その後、魔界では神格化した竜を破壊神と同等の位置付として最重要監視対象としている。

 

 「竜は幼い頃の方が調教しやすいとされております。そのため一般的には生後一カ月以上が経過し、種類が判別した後、三ケ月程度までが最も価値が出やすい時期となります」

 「なるほど。でも、何でワイバーンなんですか?」

 「ワイバーンは用途が広く竜の中でも比較的、扱いやすいこともあり最も人気が高いのでございます。これは通常の茶色種のワイバーンの卵でございますが、鑑定済みのものとなれば1000ゲルドは下りません。もっと珍しい種類のものとなればそのぶん価値も高くなります」


 なるほど。500ゲルドは決して安い買い物ではないが、バランの目があればそれ以上の価値があるものを確実に見極めることが可能だ。まさかそんなチートが許されるとは。

 その刹那、鑑定を続けるバランの手が止まった。


 「ダン様、人気のある赤茶色種のワイバーンの卵がありました。こちらであれば鑑定済みのものであれば1500ゲルドは下りません。アステルランド伯爵への手土産には申し分ないかと」

 「バランさん、すごいじゃないですか!」

 「ありがとうございます」


 バランはいつもの優しげな微笑みを浮かべ小さく会釈をした。

 その時オレの脳裏に小さなアイディアが浮かぶ。


 「バランさん、ひょっとして鑑定済みの卵を買い取ってくれるお店ってありますか?」

 「フリーポイントのような大きな街であれば何軒か。もしくはオークションに出品するという方法がございます。ただし、いずれの場合も鑑定済みの証明書が必要となりますが」

 「その鑑定済みの証明書というのはどこで手に入るんですか?」

 「鑑定士という職業がございまして、その者が発行いたします」

 「その証明書の発行っていくらくらい掛かるんでしょう?」

 「内容にもよりますが竜の証明書であれば恐らく600ゲルドから700ゲルド程度でしょうか」

 

 惜しい。証明書を添付して転売すれば、少しはロックランドの財政難を緩和するビジネスになるかと思ったのだが、証明書の発行手数料が意外と高い。バランが鑑定しているのだから本来は証明書などなくても大丈夫なのだが、『この卵はふ化すれば赤茶色種のワイバーンが産まれますよ』なんて口頭で伝えたところで、買う側からすれば証明書がないのであれば信憑性が低い。あれ、待てよ。買う側にもそれが間違いないことがわかれば問題ないわけだよな。


 それなら産まれる前じゃなくて、実際に産まれた後ならどうだろう。

 一ヶ月以上成長して、購入者が自分で見てわかる状態のものならどうだ。


 「バランさん、卵じゃなくて産まれたばかりの竜の仔を買い取る先はないですかね?」

 「それもフリーポイントなどの大きな街にある生物屋では高価で販売されておりますので、おそらく仕入れもしていると思われます」


 それだ。見付けた。


 「ポルチ、竜の卵をふ化させる自信はあるか?」

 「え? 楽勝っスよ? 竜の卵はほっといてもふ化するっス」

 「本当か?」

 「あい。本当っス」


 コイツの言葉はどこか信用できない。でも、こう見えて、やる時はやるヤツだ。今はその言葉を信じるしかない。これならいける。卵の転売は金にならないが、竜の卵をふ化させて仔を販売すれば金になる。


 「バランさん、それ以外にもふ化した場合に価値が高そうな卵はありますか?」


 バランが再び一つずつ卵を手に取りじっくりと観察をする。

 一つ手に取りしばらく観察し丁寧にそれを元の場所に戻す。物が竜の卵だけに雑な扱いはできない。

 ゆっくりと観察を続けバランはその後に赤茶色種のワイバーンの卵を二つ見付けた。そして、更に観察を続けていると不意に卵を持つバランの手が止まった。


 『おぉ。こ、これは────』手にした卵を見つめてバランが呟いた。

 茶色とこげ茶色の斑模様の卵を何度もいろいろな角度から確認すると、やがてバランは興奮気味に声を上げる。


 「ダン様、希少種です! ワイバーンの紫色種がありました」


 紫色種と言えばロックランドが所有するワイバーンと一緒の種類だ。

 希少種という名前からして珍しいものなのは間違いないはずだ。

 その後も最後まで鑑定を続け、バランはバルバス殿への手土産用の赤茶色種のワイバーンの卵一つの他に、更に同じ赤茶色種のワイバーンの卵が三つと希少種の紫色種の卵を一つ見付けた。合計五つ。


 正直、今のオレにとって500ゲルドの手土産はかなり高額といえる。しかし、父の代から親交のあるバルバス殿とは今後も良い関係を築いておきたい。それを考えればこれくらいは仕方ないだろう。

 

 オレは2500ゲルドを支払って竜の卵を五つ購入した。

 このタイミングで予想外の2500ゲルドの出費はかなり大きい。だがこれは投資だ。

 かなり軽くなった財布代わりの革袋を見つめながらオレは自分に言い聞かせる。

 

 バルバス殿への手土産用の赤茶色種のワイバーン卵は贈答用として装飾された箱に入れてもらった。

 本来であれば3ゲルド掛かるところを、一度に五つもの卵を購入したため無料にしてくれた。

 オレはバルバス殿への手土産をインフィニティーバッグにしまい、それ以外の卵はバランに預けた。

 ポルチでは危険すぎる。


 オレたちは一度、金脈の宿へと戻りバルバス殿への居城へ向かう準備を整えることにした。

 さて、今夜はどんなご馳走が振る舞われるのやら。楽しみだ。

   

読んでいただきありがとうございます。

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