恐喝未遂
メオと別れて大通りに入ると、通りの途中に並ぶ屋台の前でポルチを見付けた。
ポルチはよだれを垂らしながら、こんがりと焼ける串焼肉を食い入るように眺めている。
アイツは何をやっているんだ。
「おい、ポルチ。何やってんだ?」
「あ、ダン様。見てくださいこのラプトルタスクの串焼き肉。すんごい美味しそうっス」
「そうだな。でも、あんまり近いと店の人に迷惑になるぞ?」
「このくらいの距離のほうがちゃんと匂いがわかるんス」
ここで怒っちゃダメだ。世の中には褒めて伸びる子もいる。
コイツはきっとそのタイプなんだ。ただ、営業妨害という言葉を知らないだけだ。
「とにかく邪魔にならないようにな。ところで、お前にやった金はどうした?」
「使ったっス」
「ほう。何に使ったんだ?」
「このラプトルタスクの串焼き肉を食べたっス!」
「そ、そうか……じゃあ、後でな」
「あい」
何だろう。この不毛なやり取りは。褒めようがないし、伸ばしようもない。
オレはとりあえずポルチのことをほっといて集合場所へと向かった。
集合場所付近まで来たが時間が早かったせいかロブストとアジリスの姿はない。
バランと二人でここに突っ立ているのも何だし、どこかの店でお茶でも飲んだほうがいいかな。
ああ。コーヒーが飲みたいなぁ。魔界の食事は予想外に美味い。あとはコーヒーが飲めればなぁ。
『ドンッ』突然、何かが背後からぶつかってきた。
「おい、ごるぁ! どごに目ぇ付けてやがんだぁ! ズハーッ」
そんなよくありそうで意外とベタ過ぎてなかなか聞くことのないフレーズに思わず振り向くと、そこにはロブストよりもう一回りも大きな赤褐色の肌の大男が立っていた。
潰れた団子のような顔はハゲ頭だが縮れた髭が顔の半分を覆っており、額の左右の端には小さな角のような出っ張りが見える。左右の間隔が不自然に離れた小さな黒目がちな瞳に、耳の近くまで開いた大きな口からは二本の牙が上に向かって突き出している。鼻はまるで大きく不細工なナスが垂れ下がっているかのようで、耳は小さく耳たぶだけが異様に大きい。
肌の上に薄汚れた毛皮のベストを羽織り、ひざ丈のステテコのようなものを穿いている。見事なビール腹を腰に巻いたベルトの上に乗せて、には錆び付いた大きな鉈のようなゴツイ刃物をぶら下げている。
その顔からは知性の欠片も感じないが、丸太のような太い腕とぶ厚い胸板、それと腰からぶら下げた鉈をひと回り大きくしたようなゴツイ剣にはなかなかの威圧感がある。
殻魔装は起動から1時間が経過しており既に自動停止していた。
デカい。明らかに人間や魔族の顔立ちではない。コイツはいったい何者だ。
「おい、聞いでるのがぁ!? ぶつかっておいてひと言もなしがぁ? ズハーッ」
「あ、すいませんでした」
ぶつかってと言われても実際にはオレは完全に止まっていたのだが。
だが謝って済むならとりあえず謝っておこう。
「ごるぁ! 謝って済むと思っでんのがぁ!? ズハーッ」
え、済まないのかよ。
それにしても言い終わったあとに鳴らす鼻音が気になる。
コイツもしかして鼻炎なのか。
「えっと、じゃあどうしたら……」
「この調子じゃ腕の骨が折れだなぁ。治療院に行ぐがら千ゲルド出せよ。ズハーッ」
あれ、これってまさか恐喝か。オレは恐喝されているのか。
だいたいお前のその丸太のような腕がそんなに簡単に折れるかよ。
むしろ後ろからぶつけられたオレの背中を心配しろよ。殻魔装がなかったらケガしてるよ。
思わず目の前の大男を凝視する。変な話だが魔界に来てからというもの会う人会う人、大抵は素敵な人か人格者ばかりだった。ある意味ようやく魔界らしい方に出会ったというべきか。
「お前ぇ、何ガンとばしてやがんだぁ!? ズハーッ」
大男が唾を飛ばしながら更に凄む。
何故だろう。人間界にいたころのオレなら最初のひと言で財布を差し出していただろう。
それなのに今は目の前の大男が凄めば凄むほど、少し滑稽で哀れにさえ感じる。
それに、言い終わった後に鳴らす鼻音が下っぱチンピラ度を上げている気がする。
「いえ、ガンを飛ばしてるわけじゃないんですよ?」
「ガダガダうるせぇんだよ! 出すのが、出さねえのが、どっちだぁ!? ズハーッ」
あれ、選択肢あるの。
「それじゃ、出さない方向でお願いします。ちょっと財政難なもんで……」
「てっ、ごるぁぁぁ!! 出さないでいいわけねぇだろ!? ズハーッ」
やっぱりダメなのかよ。大男の赤褐色の顔が怒りで更に真っ赤に染まる。
大男の手が腰に下げた大鉈に掛かる。さすがに大通りでの派手な喧嘩はまずい。
オレは咄嗟にファイヤーブレードを引き抜くと体を屈めて大男の足元の地面を横一文字に斬り付け速やかに鞘に収めた。直後に石畳に走る炎を見ると大男は驚いて後退る。ただの脅しだ。
「お、お前ぇ……いや、アンタ、魔法剣士かぁ!? ちょ、ちょっと待っでくれぇ! ズババッ」
ファイヤーブレードの炎を見てオレのことを勝手に魔法剣士だと勘違いした大男が、大慌てで両掌を前に突き出してオレに踏み止まるようにと懇願する。そのまま後退りした大男が勝手つまずいて転んだ。
『ダン様、どうされたのでありますか?』そこへロブストとアジリスがやってきた。
なぜかロブストを見た大男の顔が一気に青ざめる。
「ズハッ!? ロ、ロブスト隊長!?」
「ん? お前……ボンザックじゃないか?」
ロブストはボンザックと呼ばれた大男とオレの顔を交互に見た。『ダン様これはいったい────』ボンサックはロブストが『様』をつけて話しかけるオレを下から見上げますます血の気が引いている。正直、オレのほうこそ『これはいったい』なのだが、パニックの程はボンザックほどではない。
「ロブストさんの知り合いですか?」
「はい。以前に傭兵をしていたころにまだ新兵だったこの者の面倒を見ていたことがありまして……ボンザック、お前、何でこんなことろで寝転がってるんだ?」
「いや、あの、その……ズッ」
ボンザックはしどろもどろになりながら何とか言葉を絞り出そうとしながら、チラチラとオレとロブストに交互に視線を向ける。こうして見ているとますます哀れだ。傭兵の世界はよくわからないが、ボンザックが慌てながらロブストのことを『ロブスト隊長』と呼んでいたのから察するに、彼にとってロブストは絶対的な存在のようだ。仕方ない助け船を出してやるか。
「ロブストさん、じつはボンザック君とはついさっき知り合ったんです。それで、親切な彼がオレたちにラプトルタスクの串焼き肉をご馳走してくれるって言うんですよ。ですよね? ボンザック君?」
ボンザックはオレの顔を見つめてキョトンとするが、すぐに言葉の意味を理解したように何度も大きく頷いた。可愛そうだが、もはやボンザックに選択肢はない。
オレとバランとロブストとアジリスでボンサックを取り囲むように串焼き肉の屋台に向かうと、そこではポルチが懲りずに営業妨害を続けていた。オレは屋台のおやじの助けを求める苦笑いに会釈で返す。
「よお、ポルチ。喜べ。良い知らせだ。このボンザック君が我々に串焼き肉をご馳走してくれるようだ。お礼を言いなさい」
「え!? 本当っスか? ありがたいっス! おっちゃんさっそくオイラの焼いて欲しいっス。あれ? てゆうか、ボンザックって誰っスか?」
お礼もそこそこに屋台のおやじに自分のぶんの串焼き肉を注文したポルチがボンザックを見上げる。
「全部で5本焼いてください」
「あいよ」
オレは串焼き肉を全部で5本注文した。
串焼き肉を焼いている間にロブストがボンザックに話しかける。
「ところでお前、今は何をしてるんだ?」
「いや、その……ズッ」
まさか恐喝で食ってますとは言えないだろうな。食えてるのかも疑問だが。
ロブストを前にしたボンザックはまるで借りてきた猫のようだ。
「じつはちょっと前に、アステルランド伯爵の部隊をクビになったとごろでぇ……ズズッ」
「いったい何をやらかしたんだ?」
恐喝の仕返しにちょっとばかり懲らしめてやろうと思ったのだが、何やら話の雲行きが怪しい。
「いや、その、領内警備の際に園地周辺を見回りしていだら……ズズッ」
「アルベラでも盗んだのか?」
「いえ、本当にオレは何も盗んでもいねぇし、畑を荒らしてもいねぇんです。もの凄く大きな怪しい影を見たもんで、気になって園地の奥まで入ってみたら……ズズッ」
「何かあったのか?」
「いえ。何もながったんです。ズズッ。でも、そこを通り掛かった者にちょうど見られで、オレが園地を荒らしたと思われで……それで……ズズズッ」
きっと嘘は言っていないだろう。ただの直観だがそう思った。もともとの素行にも問題があったのだろうが、濡れ衣を着せられてクビになったというのは少しばかり同情の余地がある話だ。
「お前、また酒でも飲んでいたんじゃないだろうな?」
「いえ、その時は飲んでないです……ズズッ」
「それで今は無職なのか?」
「は、はい……ズズズズッ」
オレから金を巻き上げようとしたときの勢いを完全に失ったボンザックが、大きな体をすぼめるようにしながら答えた。まるでテストで0点をとって親に怒られる小学生だ。
「ねえ、ロブストさん。ボンザック君の戦闘の腕前はどうなんですか?」
「ボンザックの腕前でありますか?」
オレの突然の問い掛けにロブロスが困惑した表情を見せる。
「装備にはちょっと問題がありそうだけど、体格はかなりいいですよね? たしかパーティーって普通は五人から六人なんですよね?」
「そうであります。大規模な部隊などは別ではありますが……」
そう答えながらロブストが何かに気付いたようにボンザックの方を見た。
そして、オレの質問の意図を察したように答える。
「もともと力が強いのもあり、大剣を握らせればなかなかの働きをいたします。素行は決して褒められたものではありませんが、そのへんは私が目を光らせていれば問題ないと思われます」
「なるほど。ボンザック君、では、アルバイトをしてみませんか?」
「ア、アルバイト……ですかぁ? ズズッ」
ボンザックが素っ頓狂な声を上げる。
「ボンザック君、エントマと戦う自信はありますか?」
「はい。それは、ありますが……ズズッ」
「オレたちは明日、マッカル高原で行われているエントマ討伐に向かいます。うちのパーティーはオレとロブストとアジリスの三人です。もし、良かったら一緒にどうですか?」
「一緒に? オレがですかぁ? ズッ」
「魔生石を換金した四分の一がボンザック君の取り分です。たくさん倒せばたくさん金が手に入る。もちろんパーティーなので協力は大切ですが。どうですか?」
突然の誘いに困惑するボンザックがオレとロブストの顔を交互に見つめる。
「ボンザック、ダン様もそう言ってくれている。一緒に来るか?」
「お、お願いします! オレがんばります! ズハーッ」
最後は元上官だったロブストのひと声が決め手になった。
ボンザックは深々と頭を下げた。
「よし、決まりね。そしたら明日の朝8時に金脈の宿の前に集合ね!」
「わがりましたぁ! ズハーッ」
ボンザックは再び深々と頭を下げた。
「へぇい。ラプトルタスクの串焼き肉5本、あがったよ!」
ちょうど良いタイミングで串焼き肉が焼けた。
屋台のおやじが差し出す串焼き肉をポルチが今にも跳びつきそうな勢いで見つめている。
オレはそれを受け取ると一本ずつ皆に配る。まずはうるさいのでポルチに。続いてバラン、ロブスト、アジリス、そして最後の一本はボンザックへ。
「え? オレがいただいてよろしいんですかぁ? ズズッ」
「うん。ただ、ここのお代はボンザック君が払ってね?」
「もちろんです。ズハーッ」
金を払わされたのにボンザックは笑顔で答えた。コイツも意外といいヤツなのかも知れない。
まあ、串焼き肉の代金は討伐のアルバイトでいくらでも回収できる金額だ。
働きによってはけっこうな額も期待できる。街で下手な恐喝を続けるよりはマシだ。
『いただきまーっス』ポルチの声を皮切りに皆がラプトルタスクの串焼き肉にかぶり付く。
明日から一緒に討伐へ向かう仲間同士だ。同じ釜の飯とはいかないが、一緒に串焼き肉にかぶり付くのは悪くない。本当はオレも食いたかったがここは全体の和を優先。それと、オレにはもう一つ目的がった。
『起動』
皆に背を向けて小さく念じる。思った通りだ。
一定時間を過ぎて殻魔装は再び起動可能になっていた。
名称:ボンザック
レベル:29
性別:♂
状態:良
種族:オーガ族
職業:アルバイト
魔法属性:酒乱
オーガ族というのか。初めて見る種族だ。
『職業』がアルバイトって。完全にこちらの提案を受け入れてるってわけね。
それにしても『魔法属性』の『酒乱』というのはいったい。
いいヤツかと思ったが、もしかして……。
読んでくれてありがとうございます。