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遺産相続したら魔界で爵位まで継承しちゃった件  作者: 桜
【第一章】 財政再建 編 
23/33

小さな薬師

 はっきり言って驚いた。でも、むしろパニックと言うほど驚いていない自分自身に驚いている。

 20歳にして自分が純血の人間ではないことを知った。普通なら最低でもパニックは免れないだろう。それなのにオレは意外と冷静だ。既に自分が魔界に住んでいてロックランド伯爵などと呼ばれていることで、これまで自分が信じていた常識から大きく外れてしまっていたせいかもしれない。

 

 どことなく学校の連中やバイトの仲間と、心から打ち解けることができないような気がしていたのはそのせいだったのだろうか。今まで彼女ができなかったのもそのせいかも知れない。いや、絶対にそうだ。

 とりあえず今は目の前の回復薬に集中しなくては。


 「ネヴィスさんの件はすみませんでした。魔界に来たばかりとはいえ勉強不足でした」

 「いやいや。そんなのはただの昔話ですわぃ」


 バランの話から考えてもネヴィスは本当にすごい人物なのだろう。

 そんな自分の師匠のことを知らないと言われればメオが気をわるくするのも無理ない。


 「メオさん、オレが悪かったです。どうか気を悪くしないでください」

 「まあ、人間界から来たなら仕方ないよね」


 意外にあっさりとした反応だ。

 そう思っているとメオがテーブルに乗り出してオレに顔を近づけた。


 「それよりさ、人間界ってどんな感じ? 鋼鉄の馬がいるって本当なの?」

 

 師匠に対する非礼より、人間界への興味が勝ったようだ。


 「これこれ。メオ、客人はお前の回復薬を目当てに来られたのを忘れてはならんぞ」

 「わかってます師匠。じゃあさ、人間界のこと話してよ。そのうちにボクは回復薬を作るからさ? ね? いいでしょ?」


 何だろう。こうして話しているとまるっきり普通のガキンチョなんだけど。

 実際レベルだって13だし。腕利きの薬師のレベルが13とかって意味がわからない。

 ここまで期待させておいてじつは『下位回復薬しか作れませーん』的なオチではないだろうな。


 「ちなみにメオさんが作れる回復薬はどんなものですか?」

 「どんなものって種類のこと?」

 「はい。中位回復薬とかも大丈夫ですか?」

 「もちろん。中位回復薬でいいの?」


 何だこの余裕は。まさかとは思うが。


 「もちかして上位回復薬とかも作られたりするんですか?」

 「うん。できるよ?」


 マジか。たしかに隣で話を聞いているネヴィスの表情にも変化はない。

 考えてみればメオは十三英雄ネヴィスの弟子だ。それなりに期待しても良いのでは。


 「できれば上位回復薬と中位回復薬を二つずついただきたいのですが」

 「わかった。すぐに準備するから、人間界の話し頼んだよ」 


 メオが目を輝かせて席を立ち準備に取り掛かる。

 こんな子供が本当にベテラン治療師ですら作ることが難しい上位回復薬を作れるというのか。

 オレの心配をよそにメオは慣れた手つきで棚の横に置かれた作業台の上に材料を準備し始める。


 『さあ、話していいよ』メオが人間界の話をするように急かす。

 とりあえず何か話そうか。


 オレはメオの言っていた『鋼鉄の馬』について話した。

 それは恐らくそれは『バイク』と呼ばれる人間界の道を走る主な乗り物の一種だと。

 ガソリンを原料にして電気を起こすエンジンの説明には、メオも思わず作業の手を止めて聞き入っていた。圧縮魔素を原料にして魔光灯をつけている魔界の常識がオレにはまったく理解できなかったように、人間界のエネルギー事情はメオには信じがたい未知の世界に感じることだろう。


 次に乗り物つながりで公共の乗り物として電車を紹介した。同じ路線内で電車同士が衝突しないように列車運行管理システムというコンピューターにより列車の動きを管理しているという内容の件では、さすがのメオも理解がついてきていないようで口が半開きのまま固まっていた。


 その後に話題はいろいろと移り変わり携帯電話の説明をしていたときのことだ。

 今度はオレが驚かされることとなる。人間界には携帯電話という小型の個人用の連絡手段があると説明した。遠くにいる人とすぐ隣にいるように話ができたり、その中の機能の一つとしてカメラという瞬時にその場面を記録する機能や、メールという文書や画像を瞬時にあいてに送信する機能もあることを説明していた。


 「その携帯電話ってのはちょっと魔法と似てるね?」

 

 回復薬を作る作業を続けながら不意にメオが口にした。

 魔界にも携帯電話が存在するのか。いや、メオは『携帯電話が魔法と似てる』と表現した。

 それは『魔法のように不思議なもの』という意味なのか。それとも『携帯電話に似た魔法がある』という意味なのだろうか。


 『魔法に似てますか?』オレの問い掛けにメオは笑顔で頷くと『ですよね、師匠?』とネヴィスに話を振った。伝説の英雄とまで呼ばれた彼の口から出る言葉にオレも自然に期待のこもった視線を向けていた。


 「ああ。そうだな」


 ネヴィスは自分の長く真っ白な髭を撫でつけながらしがれた声でそれだけ答えると、ゆっくりとした動作でお茶をすすった。このあとに何か驚くべき発言があるのだろうと、徐々に前のめりになりながらも待ち続ける。しかし、ネヴィスの口は一向に開かない。


 いかな英雄も時の流れには逆らえないということか。正直なところちょっと期待外れだ。目の前に座るのは誰がどう見てもヨボヨボの老人だ。魔物たちを引きつれて戦うどころか、今なら一瞬にして魔物たちに食い殺されるのがオチだ。


 いや、待て。もしかして人間界のことをこんなにペラペラと話すのはまずかったのでは。よく過去の時代にタイムスリップした人物が自分がその時代の人物と深く関わったり、その時代に存在しない技術を使うことでその世界自体がおかしなことになってしまうヤツ。オレが今やっているのはそれなのでは。

 もしかしてネヴィスはそのことを危惧して、これ以上の会話を制限しようとしているのか。


 今更だがバランの方へ視線を向ける。しかし、バランはいつも通りのにこやかな表情で話に聞き入っている。このまま続けて問題ないのか。それとも、何か別の話題に変えるべきか。

 オレがそんなことを考えていた矢先のことだ。


 「たしか『通達メッセージ』と言ったかのぉ……ガルガンダやルカがよく使っておったなぁ」


 ネヴィスがぼそりと知らない魔法と人物の名前を呟いた。

 バランがオレの隣で興奮気味にその話に聞き入っている。誰だガルガンダとルカって。だが、ここはさっきの二の舞にならないように、オレも曖昧に関心したような素振りで適当に合わせておく。


 「その携帯電話ってのも魔素じゃなくて電気を使って操作するの?」


 メオが再び携帯電話の話に食いついてきてくれた。助かった。


 「携帯電話自体を動かすのは電気だけど、話しをしたりメールを送ったりというのは電波というものを使ってるんです」


 オレの説明に再びメオの目が点になる。

 ヤバイまた人間界の技術的な話に戻ってしまった。

 慌ててバランの様子を盗み見るがまったく気にした感じはない。やはり関係ないのか。

 考えすぎだったのかもしれない。そう言えば父も時々、人間界へ戻っていたわけだしバランも何度か人間界へ行ったことがあると言っていた。それなりに人間界の情報も入ってくるはずだ。きっと人間界で南極に行ったことがあるという人から体験談を聞くようなものなのだろう。

 

 「えっと、簡単に言うと電波というのは目に見えない空間を流れる電気のようなもので、話した言葉やメールの文書を携帯電話が電波で離れた場所にいる相手に届けてくれるんです」


 かなり省略した説明だしオレ自身も正直なところ詳しいところまでは知らない。

 それでもメオはそれなりに理解した様子で頷きながら関心して聞いていた。

 こうして口に出して説明してみると電気や電波というのは妙なものだ。人間界で生まれ育ったオレにとってはとても身近な存在であったはずなのに、口に出して説明してみるとまるで魔法のような存在に感じなくもない。

 『あの、よろしいでしょうか……』オレがそんなことを思っているとバランが口を開く。


 「失礼ですが、ネヴィス殿は現在もルカ殿やガルガンダ殿、その他の十三英雄のお方たちとお会いになられるのでしょうか?」

 「ふむぅ。もう長いこと彼らに会ったことはないですなぁ。最後に会ったのは十年以上前になると思います。あれはアルカスだったのぉ……ふらりと現れたかと思うと、酒を飲ませてくれと言いおった。お前は相変わらずだなと大笑いしたのを記憶しております」


 ネヴィスが笑いながら答えた。話の流れからするとアルカスという人物も十三英雄の一人なのだろうが、ふらりと現れて酒を飲ませろとはどんな英雄なのだろう。ぜんぜん想像ができない。


 「ダン様、じつはロックランドも十三英雄とは少なからず縁がございます。かつて祖父君の時代にはガルガンダ殿とも親交がございましたし、十三英雄のお弟子の方たちにもお父上のもとで尽力していただいた時期もございます」

 「おぉ。ロックランドのお方でしたか。ガルガンダからドラクス殿のお噂は耳にしておりました。ドラクス殿はご健勝かのぉ?」

 「いえ。残念ながらドラクス様は既にお亡くなりになっております。こちらのダン様はドラクロス様のお孫様にあたります」

 「何と……」


 バランがそう言ってオレに視線を向けるのを見て、ネヴィスが哀悼の意を捧げるようにうつむきながら小さく会釈する。そして『惜しいお方を亡くされましたな』と小さく口にした。ネヴィスが祖父のことを知っていたことも驚きだったが、オレ的には祖父の名前がドラクスということをこのタイミングで知ったことのほうが驚きだ。


 それにしても父や祖父が伝説の英雄などと呼ばれる者たちと関わりがあったとは。たしかに祖父は腕の立つ魔導師だったようだし、父も魔素や魔物の研究でそれなりの成果を出していたようだ。伯爵ともなれば交友関係も広かったのだろうし、一つの領土を治める中でそのような著名人の力を借りる場面もあったのだろう。


 今では兵士が十名しかいない貧乏領土だが、かつてはそれなりに繁栄していたということか。

 いや、あの感じから言って繁栄ってことはないか。でも、少なくとも今よりはマシだったはずだ。

 

 「はい。ご注文の上位回復薬二つに、中位回復薬二つができたよ」


 メオが紺色の小瓶を二つと水色の小瓶を二つテーブルの上に乗せた。

 

 「ボクの作る回復薬はものが良いから通常は、上位回復薬は一つ500ゲルド、中位回復薬が一つ200ゲルドでも飛ぶように売れるんだ。でも、今日は面白い話も聞かせてもらったから半額にサービスしておくよ」

 「あ、ありがとう!」


 オレは回復薬の価格を完全に甘く見ていた。通常の価格のまま買っていたら1400ゲルドになっていたところだ。それが半額の700ゲルド。メオとはぜひ友達になっておくべきだ。


 オレとロブストとアジリスの三人で、2時間の討伐をして手に入れた魔生石を換金した結果が250ゲルド。あんな恐ろしい思いをして中位回復薬を一つしか買えないなんて。しかも、ロブストに一つ使っちゃったし。オレは改めて自分が魔界の底辺に位置する爵位持ちであることを実感した。


 メルにまた回復薬を買いに来ても良いかとたずねると、メオは大喜びで『次も人間界の話を頼むよ。もちろん価格は半額にいとくからさ! 次はいつ来れるんだい?』とすぐに聞き返してきた。嬉しい反応だ。まさか人間界出身ということがこんな場面でプラスの要素になるとは。オレはマッカル高原でのエントマ討伐に参加しているので、またすぐに来ることになると思うと伝えるとメオはゴロゴロと喉を鳴らして嬉しそうに微笑んだ。


 オレは回復薬をインフィニティーバッグにしまい、メオとネヴィスに深々と頭を下げて看板のない店を後にした。建物の外に出るとフランがのんびりと寝そべっていた。この時、オレはまだかつて魔獣使いと呼ばれたネヴィスのことを、ただの老人くらいにしか思っていなかった。


  予定の時間にはまだ少し早いが待ち合わせの大通りへと向かうことにした。

 『ねえ、ちょっと待ってよ』振り向くとメオが息を切らして追い掛けて来ていた。


 「メオさん!? どうしたんですか?」

 「エントマ討伐に行くんでしょ? これを持って行くといいよ」


 メオが小さな布袋を差し出した。

 中にはテニスボールほどの茶色の球が三つ入っていた。


 「これは?」

 「メントル草の汁を凝縮してカランの実の粉末で固めたものさ。まだ実験段階なんだけど、昆虫種の魔物には効果あるはずだよ!」


 よくわからないが魔界の植物で作ったものらしい。

 昆虫種の魔物に効果があるならエントマ討伐にも役立ちそうだ。


 「名付けて、メオ球! どうだい?」

 

 いや『どうだい?』って言われても。そのネーミングはどうだい。

 メオが満面の笑みでダサい名前の茶色の球が入った袋を指さす。


 「自分の近くの地面か、エントマにそのまま投げつければいい。昆虫種の魔物以外には害はないから」

 「な、なるほど」

 「三つしかないからよく考えて使ってね」

 「ありがとう」


 よくわからないがありがたい。メオはああ見えて本当に凄いヤツだ。オレが人間界の話をしているうちにベテラン薬師でも皆が作れるわけではない上位回復薬と、中位回復をいとも簡単に作ってみせた。間違いなく本物だ。


 「人間界の話の続き、待ってるからね!」


 メオがそう言って手を振る。

 今度、何か人間界の土産でも持って行ってやろうか。

 あんなに人間界に興味があるならきっと喜んでくれるだろう。

 オレは何度も振り返りメオに手を振り返し、待ち合わせの大通りへと向かった。



いつも読んでいただきありがとうございます。

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