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遺産相続したら魔界で爵位まで継承しちゃった件  作者: 桜
【第一章】 財政再建 編 
21/33

狙撃用武器

 とりあえず弓とクロスボウとスリングショットの特性は理解した。

 あとは実際に撃ってみないことには自分に使えるかどうかはわからない。


 フェズに試し撃ちをしても良いかと尋ねると、即座に『試し撃ちは十発までだ。どの武器にする?』と逆に問い返された。ここまでの説明からオレの中では既に二択に絞られていた。弓を使うには熟練した技術が必要となる。つまり消去法でそれ以外のクロスボウかスリングショットのいずれか。


 フェズにクロスボウとスリングショットの試し打ちをお願いするとカウンターの奥へと通された。

 奥には更に扉が二つあり、オレとバランは正面にある更に奥の部屋へと通される。


 他の部屋よりも重厚なその扉を開けると部屋の中は異様なほどに殺風景な光景が広がる。

 細長い作りのその部屋には窓が一つもなく、部屋全体に鉄板が貼り付けてある。

 15メートルほど離れた奥側の壁にはぶ厚い木の板が貼られ、その前にはボロボロになった三体の木偶でくが2メートルほどの間隔で並べられている。

 

 フェズに武器のタイプの希望はあるかと聞かれたので、どちらもあまり高価ではないもので、クロスボウはできれば何発か同時に矢が装填できるものという条件をつけた。

 しばらくするとフェズがクロスボウとスリングショットを二つずつ持ってきた。

 クロスボウは矢が二発装填可能なものと三発装填可能なものだ。

 

 試しにクロスボウを手に取りフェズに使い方を教えてもらう。

 矢のセットも撃ち方も極めて単純だ。弦を引いて矢をセットする。あとは狙いを定めて引き金を引くだけだ。ただし、矢のセットには多少の力と時間が必要だ。力に関しては殻魔装を着けていれば問題はないが、矢のセットに要する時間は思った以上だ。慣れればもっと早くできるのだろうが、平時でこれなら混乱した状況ではもっと時間が掛かると思って間違いない。

 

 オレは二発装填可能なクロスボウを構えて中央の木偶に狙いを定めた。

 引き金を引くと思ったより射出時の反動が大きく、矢は中央の木偶の左肩を貫通し、奥の壁の貼られたぶ厚い木の板に突き刺さった。予想以上の威力に驚いた。


 続いて三発装填可能なクロスボウに同じ手順で矢をセットし、先程と同様に中央の木偶の胴体に狙いを定める。射出の反動に備えるように腰を少し低くする。引き金を引くと勢いよく射出された矢は僅かに下方にずれる。そのままへその辺りに突き刺さり、半分ほど木偶に埋まった状態で止まった矢はまるでへその緒のようだ。


 最初に使ったクロスボウに比べて予想外に反動が弱く、無駄に引き金を引く指に力が入ったようだ。

 フェズの話しでは一般的には威力が強いものほど射出時の反動も大きいようだ。理想としては装填可能数が多く射出時の反動が小さいものの方が良いが、持ち運びのしやすさや金額的な制約もある。


 「ちなみにこのクロスボウはいくらですか?」

 「どちらも1950ゲルドだよ。矢は通常の鉄製もので10本で8ゲルドさ」


 けっこう高いな。しかも矢も買わなきゃいけないしな。

 とりあえずスリングショットの試し撃ちもさせてもらうことにする。

 

 用意してくれた二つのスリングショットには素人目にも大きな違いがあった。一つは右手もしくは左手の甲部分に取り付け、反対の手で球を発射するゴム紐部を引く作りのもの。もう一つは少し大きめの銃のような形状で、前出のスリングショットに比べればどちらかと言えばクロスボウゴムに似たような構造だ。上部に付いたレバーを手前に強く引くとゴム紐と同時に強力なスプリングが伸ばされたままの状態でストッパーが掛かる。球をセットし引き金を引けば発射される仕組みだ。


 フェズから球を三つ手渡される。最初に紹介されたスリングショットを左手にセットし、右手で球を持ちながらゴム紐と一緒に引いた。狙いを定めて発射された球は左側の木偶の頭部に命中した。

 『おぉ』バランが思わず小さく声を上げた。しかし、オレは内心で別の意味の声を上げていた。

 オレが狙ったのが中央の木偶の胸部だからだ。つまり球は2メートルも左に逸れたことになる。


 気を取り直してもう一度、同じ手順で木偶に狙いを定める。

 勢いよく発射された球は今度は中央と左側の木偶の間を膝の高さで通過し、奥の壁に貼られた板に大きな音を立ててぶつかった。


 とりあえずもう一方のスリングショットに持ちかえる。上部に付いたレバーは少し引きにくいが、その後は球をセットするだけで準備完了。大きなモデルガンでも構えているかのような感覚だ。中央の木偶の胸部に狙いを定め引き金を引く。予想以上の衝撃に手元がブレる。


 球は狙いを大きく外れて中央の木偶の頭部のすぐ横を素通りして奥の壁に激突した。

 オレは一つ確信した。スリングショットは扱い方は単純だが、精度が低い。

 

 この段階でオレの選択肢は『どの武器にするか』から『どのクロスボウにするか』に変わっていた。

 球に魔法効果を込めれるという特性は捨てがたいが、当たらないのでは意味がない。

 それどころか間違って味方に当たりでもしたらシャレでは済まない。


 目の前に置かれた二つのクロスボウ。

 二発装填可能で威力はあるがややブレが大きい。

 三発装填可能でブレは小さいが威力が弱め。

 まさに一得一失。


 「フェズさん。無理を承知で聞くんですが、2千……いや、3千ゲルドまでなら出せます。エントマの硬い殻を楽々に貫通できて、三発以上、できれば五発くらい矢が装填可能で、やたらと馬鹿デカくないクロスボウなんて……ありえないですよね?」

 

 フェズは少し考え込むとオレの顔を覗きこむように見た。

 何か言いたそうにしていたが、そのまま渋い表情で武器庫へと向かった。

 オレはその間に二つのクロスボウを何度も交互に持ち代えて構えやすさなどを細かく比べた。

 何度目かにクロスボウを構えているとようやくフェズが部屋に戻ってきた。


 「先に言っておくけど、私はこれをオススメはしないからね?」


 そう言って彼女が差し出したのはクロスボウは、まるで手入れを怠った銀製品のように黒ずんだ色をしていた。先に持ってきた二つのクロスボウより一回り大きいものの、決して大きすぎるということはない。ただ、不思議なまでに何か異様な存在感を放っていた。


 「フェズさん、これって────」

 「六発装填可能。単純な威力はさっき撃った二発装填可能型の二倍さ」

 「いや、でもそんなハイスペックだとお値段のほうが……」

 「1500ゲルドでいいよ」

 「!?」


 こんなハイスペックで1500ゲルドって、絶対におかしい。


 「少し見せていただいてもよろしいでしょうか?」


 バランが不意に問い掛けると、フェズは『問題ない』といった表情で肩をすくめた。


 『上位鑑定魔法』


 その言葉と同時にバランの足元に青白い魔法陣が出現し、眼帯を外した左目が真紅に輝く。

 このクロスボウを鑑定する気だ。よその店で勝手にこんなことをして許されるのだろうか。

 オレの心配をよそにフェズは何食わぬ顔でバランの行為を眺めている。


 「ダン様、このクロスボウには呪いが掛かっております」

 「は? 呪い!?」

 「はい。『けがれのクロスボウ』という名のようでございます」

 「へえ、名前までわかるなんてアンタ大したもんだね」


 フェズが悪びれるふうもなくバランの顔を見て言った。たしかに彼女は『オススメはしない』と言っていた。だからと言ってド素人のオレに呪われた武器を売りつけようというのはどういうつもりだ。しかも、よりによって呪いとかって、オレはホラーは本当に苦手なんだから。まったく、酷い。

 

 恐る恐る想像してみる。穢れのクロスボウを使うといったい何が起こるのかと。

 クロスボウを手にした途端に正気を失い敵味方の区別なく手当たり次第に撃ちまくるとか。

 それとも、手にした者にだけ白いローブを着た髪の毛がボサボサで血だらけの女性が見えて、恐ろしさのあまり奇声を発しながらパンツ一丁で戦場を駆けだすとか。ダメ。恐ろし過ぎる。

 

 怖い。けど知りたい。人間心理というのは奥が深い。

 オレは念のためにフェズに呪いについて聞いてみた。


 「ちなみに呪いというのは?」

 「アンタの連れが言ってた通り。このクロスボウの名前は『けがれのクロスボウ』。さっきも言った通りこのクロスボウは六発の矢が装填可能だ。そして、一発目より二発目、二発目より三発目、そして三発目より四発目とどんどん威力が増していく」

 「威力が増す? それが呪い?」

 「そう。でも、呪いには必ずプラスとマイナスが存在する。今のがプラス」

 「それでマイナスは?」

 「一発撃つごとに引き金とクロスボウ自体が重くなる。それと、自らの体もね」


 にわかには信じられない。オレは目の前に置かれた穢れのクロスボウを眺めた。

 人間界の呪いとはだいぶ違うような気がするが本当に大丈夫なのだろうか。


 「試してみたらどうだい? 試し撃ちは残り五発ある」

 「え! そんなことしたら呪われちゃうじゃないですか?」

 「呪われるって言っても連続使用しているときだけのさ。クロスボウに装填された矢がなくなれば呪いは自動的に一旦リセットされる」


 なるほど。つまりクロスボウに五本の矢を装填した場合、それを全て撃ってしまえばとりあえず引き金の重さもクロスボウ自体の重さも、自分自身の体の重さも最初の状態に戻るってわけか。 


 「それと、普通の鉄製の矢はダメだよ。二発目くらいまでは問題ないだろうけど、それ以上は鋼の矢でなければ衝撃に耐えられないからね」


 フェズは鋼の矢を五本差し出した。

 それを受け取りとりあえず試してみることにした。

 恐る恐るクロスボウに触れる。何も起こらない。


 今度はゆっくりと手に取って鋼の矢を五本とも装填する。

 やはり何も起こらない。呪いはどのタイミングで発動するのだろうか。

 木偶に向かって構える。とくに違和感もない。大きさも重さも苦になるほどではない。


 狙いを定め慎重に引き金を引いた。

 もの凄い勢いで射出された一発目の矢は、中央の木偶の腹部を撃ち抜き奥の壁に貼られた木の板に深くめり込んだ。射出時の反動は最初に使った二発装填可能な方のクロスボウと同程度だが、威力はこちらの方が上だ。

 

 オレは続けて二発目の狙いを定めた。その瞬間にわずかに違和感を覚える。

 クロスボウが少しだけ重くなった気がする。しかし、それは気のせいかも知れないというレベルだ。

 体の重さにも変化は感じない。


 二発目の矢は中央の木偶の右肩を貫通し背後の板に深くめり込んだ。

 明らかな違いが現れたのは三発目を構えたあたりからだ。

 クロスボウ自体も引き金も明らかに重さを増し、いきなり全身に倦怠感のようなものを覚える。

 

 これが呪いか。オレはかまわず三発目の狙いを定めることに集中する。

 フェズの話ではクロスボウにセットされた矢がなくなれば呪いは自動的にリセットされるはずだ。

 ようやく放たれた矢はクロスボウを離れた瞬間に木偶の首の付け根あたりを貫通し、一瞬にして背後の壁に貼られた木の板に深くめり込んだ。明らかにスピードも威力も格段に上がっている。

 その威力とは裏腹に射出の反動そのものにはそこまで強烈なものは感じない。


 クロスボウの重さが更に増した。体が一気に夜勤明けのように重くなる。

 既に殻魔装を纏っていなければ、両手で抱えることすら不可能な重さになっているに違いない。

 クロスボウはまるで呪いの渦が具現化されるかのように怪しい存在感を放っている。


 オレは構わず四発目の狙いを定めた。クロスボウを構える腕がダルい。

 心なしか最初に手にした時よりも穢れのクロスボウは更に黒く薄汚れてきたようにも見える。


 硬く重い引き金をゆっくりと引くと、射出の音をその場に残した矢は一瞬で木偶の左の鎖骨付近を貫通し、奥の壁に深くめり込み穴だけを残して壁面深くに姿を消した。それを見届けた瞬間にクロスボウは更に重さを増した。


 その威力は残る最後の一本の矢を、この建物の中で放つことに躊躇するのに十分なものだった。

 クロスボウは殻魔装を着けていても、長く構えの体勢を維持するのが厳しいだろうと思われる重さになっていた。体もかなり重くなっている。ここが戦場なら移動にも支障が出かねない。


 この調子だと殻魔装を着けた状態でも恐らく六発目を放つのは難しいだろう。


 「フェズさん、もう十分にわかりました。最後の一発を撃たずに済ます方法はありますか?」


 フェズはすぐにオレの意図を理解してくれたようで解除の方法を教えてくれた。

 操作方法は単純だ。スリングショットに比べればいくらか狙いも定めやすい。

 矢を装填している間はまったくの無防備になってしまうものの、思い起こせば今日の討伐時もオレは終始お荷物だった。装填さえ完了すればオレも少しはロブロスとアジリスの力になれるはずだ。たぶん。


 視線が合うとオレの考えを察するようにバランがいつもの笑顔で小さく頷いた。

 

 「このクロスボウと鋼の矢を30本ください」

 「本当にこれでいいのかい?」

 

 フェズが真剣な眼差しで問い掛ける。


 「これがいいです。お願いします」 

 「正直、三発目までしか撃てないだろうと思っていたんだがね。アンタ意外とやるじゃないか」


 オレが頭を下げてお願いすると、フェズは微笑みながら言った。 


 「わかったよ。ただし、無理はしないことだ。三発くらいで満足しておけばそれなりに使えるクロスボウなんだ。無理をすると墓穴を掘る。呪いとは往々にしてそんなもんさ」

 

 たしかにフェズの言うとおりだろう。

 あの性能でこの値段は破格と言える。ようは使い方次第だ。


 「穢れのクロスボウが1500ゲルド。鋼の矢は10本で15ゲルドだから30本で45ゲルドだ。いいかい?」

 「はい」


 オレはインフィニティーバッグの中から、硬貨の入った革袋を取り出しフェズに1545ゲルドを支払った。こうしてオレは呪われた狙撃用武器を手に入れた。


読んでいただきありがとうございます。

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