知り合いの知り合い
男は縮れた長い髪を頭に覆った灰色の布と一緒に束ね、額には丸く大きなゴーグルをしていた。そして、ぶ厚い革製のグローブを着けた手には大きなハンマーが握られたままだ。口調は穏やかだがその容姿には何とも言えない迫力があった。
「これは失礼いたしました。何度か店先で声を掛けさせていただいたのですが返事がなく、こちらのほうから何やら物音がしましたもので」
バランがいつもと変わらない優しい笑みを浮かべながら答えた。
「おお、そうか! それは、すまん。作業中だったもんで聞えんかったわい」
男はそう言ってガシガシと頭を掻きながら豪快に笑った。
ぜんぜん面白い場面ではないがオレも愛想笑いを浮かべる。
もっとも殻魔装で覆われたオレの引きつった笑顔は二人には見えなかっただろうが。
「ところで、客か?」
「あ、そうです。ジルコという方にこちらのお店の評判を聞きまして。装備品の修理と武器の手入れをお願いしたいと」
「おお。ジルコの知り合いか! オレはこの鍛冶屋をやってるヴェルミットだ」
「ダンと申します。それと連れのバランです。外にいる仲間の装備の修理をお願いしたいんですが」
ヴェルミットがとりあえず物を見たいと言うので、店の外で待たせているロブストたちのもとへ向かう。『ほお。デカイな!』ロブストを見るなりヴェルミットが口を開く。その視線がロブスト自身ではなくすぐに全身鎧に向けられたものであることに気付く。そのままロブストの背後に周ると全身鎧の背中部分に付いた大きな傷に触れる。
「お前さんの戦い方じゃと鉄製の全身鎧じゃなく、ダマスカス鋼ほどの強度があれば理想なんじゃろうがの。それほどの全身鎧ともなれば値も張るからな」
ヴェルミットがまるでロブストの戦い方を目にしたかのように話す。
『それで、武器はどれじゃ?』ヴェルミットの問い掛けにロブストが手に持った戦斧を差し出した。
慣れた手つきで刃の部分に巻かれた革製の帯を外すと斧の刃をくまなく確認する。
「これを使いこなすとは大したもんじゃな。力もまた強さじゃ。じゃが力だけに頼ればいずれ初めて目にする強大な力の前に屈するぞ? コイツは少し時間が掛かりそうじゃな」
『他には?』その問い掛けにアジリスが二本のナイフを剥き身で差し出す。
ヴェルミットはナイフを一本ずつじっくりと確認する。
「こっちの小さい方は左効きのようじゃな。無理せずに良く見極めた個所を突いているようじゃな。素早く鋭い攻撃が体格差を補うのに有効なことをよく理解しておるようじゃ」
またヴェルミットがまるでアジリスの戦いを見たかのように話す。
先程のロブストと言い、今のアジリスと言い、この男はいったいなぜ。
驚くオレたちを尻目にヴェルミットが話を続ける。
「この握りも悪くないが、ベスティアルタスクの革を巻き付ければ滑りにくく強度も増すじゃろう。こっちはそれほど時間は掛からんじゃろう。お前さんら急ぐのか?」」
「できれば明日の討伐までには」
ヴェルミットが渋い表情で髭をさわりながら考え込む。
たしかに作業場には他にもたくさんの武器が並んでいた。
「よし。ジルコの紹介じゃし、特別に明日の朝一までにでかしてやろう!」
「ありがとうございます」
「よし。そんならデカイ方は鎧の上半身と斧、小さい方はナイフを置いて行ってくれ」
ロブストが『よろしいのですか?』とオレに確認する。修理代の支払いのことだろう。
『ここはオレが払いますから気にしないで』と言うと、二人はあっさりと武器と防具をヴェルミットに手渡した。少し意外だった。戦いを生業とする彼らのことだから『この斧は自分の魂であります』とか面倒くさいことを言い出すかと思っていたのだが。
「それじゃあ、よろしくお願いします」
「たしかに預かった。明日また来てくれ」
「あ、ヴェルミットさん、ここらでおすすめの武器屋はありませんか?」
「武器か? 何を探しとるんじゃ?」
「何を探してるのかもわからなくて、その、動きの早い敵に近寄らずに攻撃できる武器を……」
ヴェルミットが髭を撫でながらオレの顔を覗き込む。
「お前さんまさか、魔導師ではあるまい?」
「いえ、違います」
「ふむ……」
再び髭を撫でながら考え込む。質問の内容が悪すぎた。
そんなものがあるならみんな使っているだろう。
「今思いつく選択肢としては、弓、クロスボウ、スリングショットなどの狙撃用の武器かの。もっともそれらとて練習もせずに簡単に命中するようなもんではないがな」
たしかにそうだ。攻撃ができても、その攻撃が当たらなければ意味がない。
そもそも弓なんて使いかたもわからない。ボウガンも撃ったことがない。
スリングショットって何だったっけ。何か聞いたことはあるけど。
「狙撃用武器の店なら大通りを挟んだ路地を北上したところにフェズという女の店がある。そこを訪ねてみたらどうじゃ?」
「ありがとうございます」
オレたちは大通りに出ると一旦、解散し二時間後にこの場所に集合することにした。
解散する際に全員へ5ゲルドを手渡す。手渡されると呆気にとられた表情をオレに向けた。
「えっと、少しだけですがお茶代です。しばらく自由に過ごしてください」
予想外に皆とても喜んでくれて、かえって5ゲルドしか渡せないことを申し訳なく感じた。
『それじゃあ二時間後にこの場所に────』その言葉で解散したはずなのだが、バランは当たり前のようにそのままオレについて歩いて来た。まあ、いいか。
ヴェルミットに言われたように、大通りを挟んだ路地を北上しながらフェズという女性の店を探した。通りには様々な武器の店が軒を連ねているが、そのほとんどが様々な種類の剣や槍を飾っていた。剣にもたくさんの種類があるように、こうしてみると槍の形状もじつに多彩なことに気付く。
よく見かける棒状の柄の先に鋭い槍頭がついている槍。よく見ると槍頭の形状ひとつ取ってもずいぶんいろいろとあるものだ。中には薙刀のようなものや、同じ槍とは思えないくらい巨大な槍頭のついたもの。中世ヨーロッパの騎馬兵が持つような円錐状の刃のついていない長槍など、ひと言で槍と言っても本当に多種多様だ。きっと使い方や戦いの中での利点なども微妙に異なるのだろう。
「ダン様、ひょっとするとあちらの店では?」
バランが指をさした先にまったく品物を出していない店先を掃除している、銀色の長髪をひとまとめに結った浅黒い肌の女性の姿があった。近付いてみると看板に弓のマークが書いてある。
「あの、ここはフェズさんのお店でしょうか?」
「そうだけど、アンタらは?」
「狙撃用武器を見せていただきたいんですが」
女性はオレとバランの足元から頭のてっぺんまでを無遠慮に見つめると、オレたちに中に入るようにと顎で合図する。何だろうこの対応は。オレたちは歓迎されていないのだろうか。
『ガチャッ』店の中へ入ると女性が入口の扉に鍵を掛けた。
何をしているのか理解できないオレは、その行動に危険な雰囲気を感じる。
もしかして何かの罠なのか。
女性はすぐにカウンターの向こうへ移動するとオレたちに向き直る。
カウンターの向こうには奥の部屋への扉があり、壁際の棚には大小さまざまな箱が置いてあり、手前に見える箱には矢じりや細い鉄の棒のようなものが入っている。
「私がフェズだ。悪いけど鍵を掛けさせてもらうよ。よそ者は信用しないタチでね」
オレ以上に彼女のほうが警戒している様子だ。
女性が一人で武器屋をやるのは見た目以上に神経を使うものなのだろう。
「それで? 何が見たいんだい?」
「じつは狙撃用武器はまったくの素人でして、何が何やら……」
「つまり何が見たいのかわからないってことかい?」
フェズが呆れたように問い掛ける。
「はい。そうなんですよ。ヴェルミットさんにも同じことを話したら、それならフェズさんのお店がいいどろうってことで────」
「何だい。ヴェルミットの知り合いかい?」
「知り合いってほどでもないんですが、ジルコさんにヴェルミットさんのお店を紹介してもらいまして」
「は? ジルコも知り合いなのかい? じゃあ、エレとも知り合いなのかい?」
「ああ、ジルコさんと同じパーティーの狩猟師の女性ですよね。知り合いってほどじゃありませんが、さっきお酒を一杯ご馳走になりました」
フェズが嬉しそうに笑う。
「それを知り合いって言うんだよ。アイツ元気だったかい?」
「はい。めちゃくちゃ飲んでました」
この女性はいい人だ。豪快に笑う姿を見てオレの直感が囁く。
ひとしきり笑うとフェズは『ちょっと待ってな』と言って店の奥に姿を消した。
しばらくして戻って来た彼女の手にいくつかの武器が抱えられていた。
フェズはそれを一つ一つ丁寧に店のカウンターの上に並べる。
「いいかい、ここに並べたのが左から順番に、弓、クロスボウ、スリングショット。代表的な基本の狙撃用武器さ」
弓とクロスボウは知っていたがスリングショットだけは目にしてようやく理解できた。
ようはパチンコのことか。するとフェズはまたすぐに奥の部屋へと姿を消した。
今度はもっと大きな武器を一つずつ抱えてきて、それぞれを先程の武器の横に並べ始めた。
「わかるかい? 横に並べたそれらも弓とクロスボウとスリングショットさ。見た目はだいぶ違うけどね。何が言いたいかわかるかい?」
それはまるで別の種類の武器であるかのように形状も大きさも違っている。
木製の簡素な作りの弓の隣に置かれた二本の弓が交差されたかのような、アルファベットの『X』を思わせる形状の禍々しい漆黒の巨大弓からは異様な存在感が感じられる。
標準的な作りのクロスボウの隣にはフェズが両手でやっと抱えられるかという大きさの重量感のあるクロスボウが置かれる。一度に十二発の矢が装填され、同時に三発が発射可能なそのクロスボウには引き金も三つ付いている。
子供の玩具を少し強力にしたといった感じのスリングショットの隣には、それが何であるのか。どのように使うものであるのか。フェズに言われなければもはやスリングショットであることさえ、わからなかったであろう物体が置かれる。
一言で狙撃用武器と言っても様々だ。
その一つ一つには更に多種多様な形状の同種の武器が存在する。
つまり彼女が言わんとするのはそういうことだろう。
「狙撃用武器を選ぶ際の基本は『威力が高いもの=大きくて遅くて扱いにくい』『威力が低いもの=軽くて素早く撃てる』さ。もちろん例外もある。『威力が高く、軽くて扱いやすく、素早く撃てる』だがそんなのは強力な魔法効果が付与されたものか伝説クラスの武器さ」
なるほど。一撃必殺か手数か。ある意味、オレの魔法の矢も遠距離攻撃手段という点では似たようなものなのだが、起動時しか使えないうえに攻撃魔法は意外と狙いを定めるのが難しい。命中率を考えれば狙撃用武器のほうが便利そうだ。殻魔装を着ていれば多少の重さは気にならないが、あまり大き過ぎるものは移動時に邪魔になる。
「弓とクロスボウとスリングショットにはそれぞれに特性があるの」
「特性ですか?」
「そうさ。同じ狙撃用武器でもまったく違った特徴を持っているってわけさ」
フェズの説明によると、弓はこの三つの中では攻撃力は『中』程度。攻撃距離は三つの中では平均的だ。そのぶん使い方さえ慣れればそれなりに連射も可能らしい。また、一度に二本や三本の矢を放つ技術もあるらしい。そういう意味では使い手の技術に性能が左右されやすい武器とも言える。特筆すべきは最も魔法効果が付与されやすいという点だ。強力な魔法効果が付与された弓の一撃は絶大な威力を発揮する。
クロスボウの直接的な攻撃力は三つの中では『大』だ。しかも、攻撃距離は三つの中では最長。狙いを定めやすく弓ほどの技術を必要としない。そのぶん、矢をセットする際にほぼ無防備と言えるほどの大きな隙ができる。ただ、一度に何発かの矢がセットできるタイプのものや、一度に数発の矢が発射できるタイプのものもあり、場合によっては連射が可能となる。ただし、威力のあるクロスボウはそのぶん重量もかなりあり、機動力は制限される。そのうえ、残念なことに魔法効果が付与されるクロスボウは希である。
スリングショットの直接的な攻撃力は三つの中では『小』で最も低い。しかも、攻撃距離は三つの中では最も短い。しかしながら、スリングショットにはそれを補って余りある利点がいくつかある。まずは操作方法の単純さだ。命中度を上げるには訓練が必要だが、単純に放つぶんには練習はほとんど必要ない。練習によってはそれなりの連射も可能だ。更に武器を持ったままでの機動力の高さは三つの中では断トツだ。また、放つ際に使われる『魔力玉』に込められる魔法の種類により多様な攻撃が可能となる。
オレは狙撃用武器を単純に遠くから攻撃を与えるだけの武器と考えていた。
読んでいただきありがとうございます。
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