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遺産相続したら魔界で爵位まで継承しちゃった件  作者: 桜
【第一章】 財政再建 編 
15/33

討伐準備

 「お呼びでございますかダン様」

 「バランさん。予定通り明日アステルランドに出発するのでその準備をお願いします」

 「かしこまりました。ご出発の時刻は?」

 「朝食後に準備が整い次第でと考えてました」


 バランはいとも簡単なことのように『かしこまりました』とだけ答え頭を下げた。

 このへんがロブストとは違う。きっとバランなら大概の無理難題も二つ返事で承諾することだろう。

 きっとそれは彼の執事としてのプライドなのではないだろうか。オレはそのプライドを試すかのように、悪戯っぽい笑みを浮かべながらもう一つ注文を付け加える。

 

 「それと、討伐に向かう準備を手伝ってほしいんですが、初討伐で生きて帰ってくるにはどんなものを持って行ったら良いですかね?」

 「おまかせくださいませ。では、まずは装備品を選びますので、隠し部屋の扉を開けていただけますでしょうか?」


 促されるがままに隠し部屋の扉を開けると、バランは隠し部屋の中へと進み徐に左目の眼帯を外した。


 『上位鑑定魔法』


 その言葉と同時にバランの足元に青白い魔法陣が出現した。

 驚くオレにバランがいかにも悪魔が何か企むときにしそうな怪しい笑みを向ける。 

 その左目には真紅の輝きが宿る。


 「バランさん、その目!?」

 「ダン様には初めてお見せいたします。これが私の得意とする魔法でございます」


 バランの得意な魔法。てっきり人間界からオレを連れ出した時に使ったあの魔法がバランの得意な魔法だとばかり思っていたが。バランは武器や巻き物を次々と手に取って、今回の討伐にふさわしい持物をゆっくりと品定めする。


 「武器やアイテムの鑑定にはいささか自信がございます」


 部屋の外で待つオレを気遣うようにバランが言った。

 本人が自信があると言うのだからバランの鑑定魔法は相当なものなのだろう。

 やがて隠し部屋から出てきたバランは、一本の短い剣と巻き物、そして、黒色のローブと金色に輝く腕輪がを抱えていた。それらを丁寧に書斎の机の上に並べる。


 バランが剣を手に取り、ゆっくりと鞘から抜いた。

 小ぶりな片刃の刀身には独特な文様が浮き上がり怪しい輝きを纏う。

 刀身の付け根には赤瑪瑙をあしらった紋章が埋め込まれている。

 鍔が小さく、柄は黒色に近いこげ茶色の木製で、先端には漆黒の竜を模った柄頭が付いていた。


 「ファイヤーブレード。祖父君がお使いになられた品でございます。この隠し部屋にある武器の中でもとっておきの一振りでございます」


 そう言うとバランは刃の傷みを確認するかのように瞳を近付けて慎重に見極める。


 「ダマスカス鋼で作られた業物の片刃のショートソードに、中位火系魔法の効果が付与されております」

 「その剣に魔法の力が宿ってるんですか?」

 「はい。通常の斬撃を与えることで同時に相手に火魔法を発動したのと同等の効果が得られます」

 「何かすごいですね」


 バランはゆっくりとファイヤーブレードを鞘に納める。

 次に二本の巻き物を手に取った。


 「この二本の巻き物にはそれぞれ火魔法が組み込まれております。巻き物を開き『開封』と念じれば自然にその魔法の名前が頭の中に浮かぶはずです。あとはその呪文を唱えれば魔法が発動されます」

 「それは便利ですね」

 「ただし、巻き物を使用できるのは一度きりでございます」


 なるほど。巻き物は二本しかない。つまり魔法は二度だけ。

 使いどころを良く考えないといけない。


 「エントマは火系の魔法が苦手でございます。巻き物は一度使えばなくなりますが、火魔法の効果が付与された剣は何度使用しても魔法の効果は失われません」

 「お! それはかなり仕えますね!」

 「ただし、鞘から抜くと時間の経過とともに魔法の効果が弱まります。鞘に戻してしばらく待てば魔法の威力は自然に回復いたします。使わない時は鞘に入れたままの状態にされるのが良いでしょう」

 「わかりました」

 「それと────」


 バランは最後に黒色のローブと金色に輝く腕輪を差し出した。

 黒色のローブには青色に輝く不思議な糸で細やかな刺繍が施されてはいるが、派手さはまったく感じられずむしろ何か不思議なほどに存在感が薄い。そして、金色の腕輪の内側には不思議な文字が刻まれているがオレにはまったく読めない。

 

 それにしても魔物の討伐にこんなローブと金の腕輪など必要なのだろうか。

 オレにはむしろ邪魔なだけに感じるのだが。それとも、アステルランド伯爵に会う際にこちらも礼儀として多少のオシャレをしたほうが良いという意味なのだろうか。


 「バランさん、これは?」

 「霞のローブと身代わりの腕輪でございます」


 霞のローブ。身代わりの腕輪。

 その名前から推測するに、どうやらどちらも何かしら効果が付与された一品らしい。


 「霞のローブは、それを纏うこと自らの存在を相手に認識しにくくする効果がございます。エントマは大量発生しているとのことですので、これを纏うことで魔物に集中的に狙われる恐れが格段に低くなるでしょう」


 試しに殻魔装の上から纏ってみると存在感が消えたぶん禍々しさは増した。見るからに邪悪な存在だ。

 自分では自覚はまったくないが、これで魔物に見付かりにくくなるなら助かる。

 何なら透明になるマントとかあればもっと良かったのに。


 「こちらの腕輪は、ダン様の身に万が一のことがあった場合に、一度だけ腕輪が身代わりとなり砕け散ることで、ダン様の身をお救いいたします。ただし、その効果は一度きりでございます」


 これ超いいよ。むしろ何個も欲しい!

 何ならオレにとってこの中で一番大事なアイテムだ。


 すごい。こんな物があの隠し部屋の中に無造作に置かれていたとは。

 バランの上位鑑定魔法がなければ、どれも見た目には普通の武器と巻き物とその他の小物って感じだ。

 まるで宝物庫ではないか。他にもいくつかあった武器や巻き物、それと小箱の中に入っていた貴金属の中にも同様に魔法の効果が付与されたものが混じっているのかも知れない。

 

 殻魔装に加えてこれだけの装備があればオレでもどうにかなるだろう。


 「あとは明日までに私の方で念のために回復薬と解毒薬などその他の必要なものを準備いたしておきます。今夜はゆっくりと休まれてください」

 「ありがとう、バランさん」


 バランが書斎を去った後にオレは再び父の魔物図鑑を広げた。

 少し討伐時のシュミレーションをしておきたい。もちろん討伐ではなく生き延びるためのだ。

 よく見るとエントマの項目のすぐ下に『エントマ変異体』と『エントマクイーン』というのがある。


 『名称:エントマ変異体(魔物)昆虫種』 

 『特徴:通常のエントマと違い棘のある朱色の殻を持つ。体長二メートル程度。性格は獰猛で、翅の下に隠し持つ鋭い斬翅に加えて強力な顎で獲物を噛み砕く』


 『名称:エントマクイーン(魔物)昆虫種』 

 『特徴:卵を産み出すエントマの巣の主。全身が白銀色で通常のエントマの倍以上の硬度のぶ厚い装甲のような殻を持つ。体長四メートル程度。口から強力な酸を吐く。機動力はあまり高くないが、その破壊力は通常のエントマの比ではない』


 あれ。ぜんぜん気にしてなかったけどコイツらも出てくるのかな。まさかな。

 よくわからないが説明文からは危険な香りが漂う。

 まあ、何とかなるだろ。




 その夜はなかなか寝付けなかった。討伐に向けて気持ちが昂っていたのだろうか。

 一階では遅くまで何名かが作業をしていたようで微かな物音がしていた。

 そして、ようやく眠りに着いたオレは久しぶりに夢を見た。


 白いひげの老人がオレをじっと見つめている。

 やがて老人が身に纏った黒色のローブをひる返すとその手には一本の剣がある。

 ゆっくりと鞘から刀身を引き抜く。その動作にはまったく隙がなく物音ひとつしない。


 やがて老人の周囲に数体のいわゆる幽霊を思わせる半透明の浮遊体が姿を現す。

 浮遊体はときどき大きく口を開けて絶叫するが如く苦しげな表情を浮かべながら周囲をゆらゆらと飛び回り、突然空中で旋回すると老人に襲い掛かる。


 老人は少しも慌てることなく剣で凪払う。浮遊体はまるで霞を斬るがごとく手応えなく中空を揺らめいていたが、その直後に勢いよく燃え上がり消滅した。


 それを見た二つの浮遊体が怒りの形相を浮かべながら老人に飛び掛かる。

 老人は剣を逆手に持ち直すと屈んでそれを一気に地面へ突き刺した。

 その直後に老人を取り囲むように地面から何本もの炎の柱が突き上がった。

 二つの浮遊体は燃え盛る炎の柱に巻き込まれ一瞬で消え去った。


 老人は静かに剣を鞘へ納めると、またオレを見つめた。

 どこかでお会いしましたっけ。誰だったかな。

 あの剣も見たことあるような、ないような。


 コン。コン。コン。

 『ダン様、おはようございます。朝食のご用意が整いました』翌朝オレはバランの声で目覚めた。

 珍しく寝すごしたようだ。バランはいつも決まって7時過ぎに声をかけてくれる。

 起き上がって壁掛け時計を見ると6時半を過ぎたところだ。いつもよりも少し早い。

 『おはようございます。バランさん』オレは起き上がると不思議に思いつつもバランに挨拶をする。  


 「ダン様、おはようございます。申し訳ございませんが今朝は少しばかり早めに声を掛けさせていただきました」


 バランはそう言うと静かな笑みを浮かべ頭を下げた。

 オレは深く考えずに着替えを済ませると、寝ボケ眼でバランの後を歩き食堂へと向かう。


 「「おはようございます。ダン様」」


 美しい声の二重奏で目が覚める。


 「おはようメル。おはようリリイ」


 挨拶を返すと二人の素敵な笑顔の返礼をいただく。ああ、何て心地良い朝だ。

 席に着くとすぐにメルが食事を運び、リリイが飲み物を準備してくれた。

 しかし、どこかいつもと違う。いつもならサラダとシリアルに卵料理などが運ばれるというのに、今朝の料理は装飾がなされた一枚の皿に、まるで何かの儀式にでも用いられるかのような盛り付けがされている。煎っただけの穀類と干した果実に魚卵のようなゼラチン質の物体だ。何だこれは。


 呆気に取られているオレの目の前に大きな干し肉が入っただけのスープが運ばれる。

 思わずメルとリリイに目をやるが二人はどこか厳かな雰囲気を醸し出し俯いたままだ。

 まさか魔界にもドッキリがあるのか。『ドッキリ』の看板を持って飛び出してくるのはバランか。


 「初討伐となるダン様のためにご用意させていただきました」

 

 いつのまにか背後に近付いて来ていたバランが説明を続ける。看板は持っていない。


 「まず、そちらの煎った穀類はエリクシスと申します。『不死』を暗示する穀物で100年ほったらかしにしてもしっかりと芽を出す生命力を持つと言われております」


 エリクシス。100年ってすごいな。

 たしかにそれなら栄養価も高そうだ。


 「次に干し果実はレカジオンの実を干したものでございます。三十年に一度しか実をつけないこの果実は『好機』を暗示しております」


 レカジオン。三十年に一度しか実をつけない果実。

 収穫期を逃したら取り返しがつかないな。

 そんなもの誰が栽培するのだろう。野生なのか。


 「その隣がエボルシオンの卵の塩漬けでございます。エボルシオンは大海に住む全長50メートルを超える巨大魚でございます。産まれたばかりは直径2センチに満たないひ弱な稚魚だが、大海でもまれながら成長することから『進化』を暗示しております」


 体長50メートルの魚ってジンベイザメよりはるかにデカイのでは。

 そんな貴重な生物の卵とか食べていいのかよ。


 「スープには『勝利』を暗示するゲニカナールの干し肉を使っております。ゲニカナールは大型の猛禽類で、どんなに大きな敵を相手にしても怯むことなく立ち向かう空の王者でございます」


 その王者も今やスープの中か。

 皮肉なものだな。干し肉だけど。


 なるほど。ようするにこれらは戦国で言うところの『打ちあわび』『搗栗』『昆布』のようなものなのだろう。打あわびの『打』が打って出ることを意味し、搗栗かちぐりの『かち』が転じて『勝ち』となる。そして、昆布の音が『喜ぶ』に近いことから縁起が良いとされた食べ物だ。


 オレの初討伐での無事と必勝を祈願してという意味だろう。ありがたい。

 正直たいして美味くはなかったが、オレはその心遣いに感謝しながらじっくりと朝食を味わった。

読んでいただきありがとうございます

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