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遺産相続したら魔界で爵位まで継承しちゃった件  作者: 桜
【第一章】 財政再建 編 
10/33

農園開拓(案)

 きっとポルチが待ちくたびれているだろうと、申し訳ない気持ちで街の入り口へ早足で向かう。しかし、ポルチは御者台の上でいびきをかいて寝ていた。夢でも見ているのか口ををムニャムニャと動かしながらよだれを垂らしている。何となくムカついたので鼻をつまんでやると驚いて飛び起きた。


 「おかえりなさいませ、ダン様、バラン様、それと……」

 「またせたなポルチ。コイツはグロウスだ。今日からロックランドの一員だ。しばらくはお前に仕事を教えてもらうことになると思うからよろしくな!」

 「は、はいっス……」


 ロックランドの経済状態を知るためには、まずは魔界の物価調査をしようとフリーポイントに来たはずなのに、何故か反物をたくさん抱えた怪我をしたサイクロプスを連れて帰ってきたのだ。言葉を失うポルチの反応は妥当だろう。


 グロウスは『よろすくおねげえします』とポルチに深々と頭を下げた。

 それに対してポルチは頷くのがやっとだったが、その後に土産で買ってきたラプトルタスクの串焼きとブラッドボールを『グロウスの面倒を見てもらうお礼だ』と言って渡すと、息を吹き返したように饒舌になった。『オイラにまかせておくっスよ!』とグロウスの腰をポンと叩いて先輩風を吹かせていた。まったく現金なヤツだ。


 初めてワイバーンに乗るグロウスは終始緊張気味で、とくに離陸と着陸の瞬間には『うぐっ!』と拳を握り必死に何かを耐えるような声を上げていた。わかるぞお前の気持ちは。オレも殻魔装の起動時には耐えようと思っても毎回ついつい声が出てしまう。とくに起動時間終了時など自分の意志とは関係なくいきなりだから余計にたちが悪い。 


 途中で休憩をはさみロックランドに到着する頃には陽の光もだいぶ陰ってきた。

 屋敷へ入るとすぐにメルとリリイが出迎えてくれた。ここでも流石にグロウスの存在には驚かれるが、ポルチに伝えときと同様に毅然とした態度で紹介し、丁寧にお願いすると二人とも笑顔で迎え入れてくれた。

 

 ちなみにたくさんの反物はメルがとても喜んだ。メルは裁縫も得意らしい。せっかくなのでグロウスの服を作ってくれるようにお願いすると快く了承してくれた。そのお礼に残りは適当に使って良いと許可を出す。

 リリイにはブラッドボールを渡し皆で分けるようにと伝えた。クールなリリイが血のようなブラッドボールの果汁を滴らせながら頬張る姿は、きっと高級ブランド化粧品の宣伝広告を思わせるような妖艶さだろう。ああ、二人きりで食べさせたり食べたりしたいものだ。

 

 二人ともオレが土産を持って来たのが意外だったらしくとても喜んでくれた。こんなに喜んでくれるのなら次回はもっと女性に喜ばれそうな土産でも買ってきてやろうかな。それとも、この経済難に特定の者だけに土産を買ってくるのも問題だろうか。

 

 いつまでも二人の素敵な笑顔を眺めていたいが、今はそんなことをしている場合ではない。バランに屋敷にいる手の空いている者たちに三十分後に食堂に集まるように伝えてもらい、オレはポルチにグロウスを任せてバランと一緒に書斎へと向かった。



 

 念のために書斎の隠し部屋を確認するがやはり他に現金は残っていない。

 残金はオレの手元にある6922ゲルドとバランが管理する8260ゲルド。

 合計15182ゲルド。先程フリーポイントを見てきた限りでは一つの領土をどうこうできる金ではない。それでも領主であるオレが何とかしなければ。


 バランに料理人を書斎に呼び出してもらう。

 しばらくするとドアがノックされ、入室を促すとやや小太りで中背の大きな目をした赤毛の男が恐る恐る姿を見せた。


 「し、失礼いたします。お呼びでございましょうか、ご主人様」

 「忙しいところすみません。少しお聞きしたいことがあって呼び出しました」


 彼はここへ来た初日にホールで見かけた気がするが、こうして面と向かって話すのは初めてだ。よく考えるとまだ名前も知らない。

 フリーポイントから出てまもなく殻魔装の起動が自動停止した。それから一時間以上が経過している。試しに『起動』と念じてみる。


 『はうっ』殻魔装が起動し目の前の料理人の情報が表示される。

 自動停止から一時間以上の経過で再起動が可能なようだ。


 名称:不明

 レベル:29

 性別:♂

 状態:動揺

 種族:ホビット

 職業:料理人

 魔法属性:調理


 なぜか名前は表示されないが種族はホビットらしい。魔族と同様に耳の先が少し尖っており、やや腕が長く手足が大きい以外は普通の人間とあまり変わらない。

 とりあえずバランの隣へ座ってもらい話を続ける。

 

 「あの、何かお食事に問題でもございましたか?」


 料理人が恐る恐る口を開いた。

 なるほどそれで『状態』が『動揺』になっていたのか。


 「いや、そうじゃないんです。むしろ食事はとても美味しくいただいてます」

 「ありがとうございます。では、どのようなご用件でございましょうか?」

 「ところでまだ面と向かって挨拶もしてませんでしたね。新しい領主になりました亜門ダンですよろしくお願いします」

 「あ、こちらこそよろしくお願いいたします。料理人のエッセンと申します」


 エッセンが深々と頭を下げる。

 頭を上げたエッセンを見ると『名称』部分に『エッセン』と表示された。

 どうやら名称は相手の名前を知った時点で表示が可能になるのか。


 「エッセンさんに食料のことでお聞きしたくて来てもらいました」

 「は、はい。私にわかることであれば何なりと」

 「単刀直入にお聞きします。今までより二人増えても食費って足りてますか?」

 「え?」


 オレは今日フリーポイントを視察し食料の相場を見てきたことと、そこで奴隷を買い取り自分を合わせて食いぶちが二名ぶん増えたことを伝える。

 バランに聞いた一ヶ月の食費は約2千ゲルド。オレとグロウスを加えると十七名ぶんの一日の食事を約66ゲルドで賄わなければならない。一人あたり一食約1.3ゲルド。ラプトルタスクの串焼き一本にも満たない。


 大人数の食事を同時に作れば割安になるとは言えこれは流石に無理だろ。そもそも今まで一食約1.5ゲルドでやってこれていたのが不思議なくらいだ。

 オレに遠慮するようにエッセンが恐る恐る口を開いた。


 「食材に関してはポルチくんや非番の兵士の方々に協力してもらい、南部地区などで野生の食材を調達してもらっておりましたので」

  

 なるほど。ようするに足りないなりに自分たちで調達していたということか。

 野生の食材とは獣や植物という意味だろうか。


 「では、もし、まったく野生の食材が調達できないとなれば、十七人ぶんの一ヶ月の食費は最低いくらあれば足りますか?」


 エッセンが考え込んだのちに一瞬、バランのほうを見た。『ありのままをダン様に伝えてください』バランは笑顔のままそう言って小さく頷く。


 「おそらく3千ゲルドは必要になるかと」


 エッセンが申し訳なさそうな顔で答える。

 3千ゲルドか。それでもオレが想定していた金額よりはだいぶ低い。おそらく本当に最低限という意味での金額なのだろう。この屋敷に仕える者たちはみんなロックランドの経済問題を知りながらも、いろいろと工夫しながらオレが二十歳になるまで頑張ってこの領土を守り続けてくれていたに違いない。

 差し当たってまずはこの食費問題を解決するべきか。


 「食料はどこから仕入れているんですか?」

 「主に近隣領土の一番近い街からでございます。フリーポイントのような都会よりは田舎町の方がいくらか食材を安く仕入れることができますので。あとは一ヶ月に一度、行商の者がお屋敷を訪れます」

 

 いちいち近隣領土の街まで仕入れに行くのか。たしかに他に選択肢がないか。

 行商の者が来てくれるとはいえ一ヶ月に一度では頻度が少なすぎる。

 金銭面だあけかと思いきや他にもこんな大きな問題を抱えていたとは。


 「それは大変ですね」

 「い、いえ。大変なことなど。馬車もありますので」

 「あれ? ワイバーンは使わないんですか?」

 「と、とんでもない!」


 エッセンがえらく取り乱したように否定した。

 ワイバーンは食材の輸送には適さないのだろうか。


 「ダン様、ワイバーンは基本的にダン様専用の移動手段でございます」


 バランが補足する。なるほどそう言うことか。


 「領内で食料を調達する方法はないんですかね?」

 「私が知る限りでは難しいかと。領内には街がございませんので。あとはもう自分たちで栽培や畜産を試みるしか」


 自分たちで。そんなことが可能なのか。

 いや、確かに東部か南部地区なら可能かもしれない。

 ただそれだと収穫や食肉にするまで時間が掛かり過ぎるが、長期的に考えれば挑戦してみる価値はあるかもしれない。


 「バランさん、ロックランドでも簡単に栽培できる野菜とかってありますか?」

 「そうでございますね、南部のような肥沃な土がある場所である程度の世話をできるとすれば、栽培できる野菜の種類はけっこうあるかと思いますが」

 「できるだけ収穫までの期間が短い野菜が良いんですね。それと、栽培管理が簡単なものがいいですね」

 「そのへんのことはポルチが詳しいかと思われます。お呼びいたしましょうか?」


 まさかここでポルチの名前が挙がるとは。

 アイツにそんな知識があるのか。半信半疑ではあったが、とりあえずポルチを呼び出してもらうとすぐにやってきた。


 「ダン様、お呼びっスか?」

 「ああ。ちょっと聞きたいことがあるんだ。まあ、そこに座ってくれ」


 ポルチを椅子に座らせてあらためて話を続ける。


 「お前、野菜には詳しいか?」

 「もちろんス。やっぱりこの時期はウブロス豆っスね。煮ても、焼いても、さっと茹でても美味いっス!」

 「い、いや。すまん。オレの聞き方が悪かった。野菜の栽培には詳しいか?」

 「栽培っスか。詳しいってほどではないっスけど、それなりにはやったころあるっスよ。親戚が牧場と農園をしているんで、子供のころは毎日そこの手伝いをしてたっス」


 こいつは農業経験者だ。

 この件に関しては間違いなくオレより適任だ。


 「ちなみに領内で野菜を栽培することは可能か?」

 「はい。可能っスよ」


 ポルチがいとも簡単なことのように肯定する。

 その回答にオレだけではなく自然とバランとエッセンの期待度も高まる。


 「できるだけ栽培しやすくて、収穫までの期間が短いものが良いのだが。そんなものはあるか?」

 「そうっスねぇ……岩石芋とかどうっスかね? 一年に二回の収穫っスけど、栽培はけっこう簡単っス。しかも、栄養価も高くて美味いっス」

 「そうか。他に利点や難点はあるか?」

 「岩石芋の利点は何といっても貯蔵性の高さっスね。収穫後三年くらいなら大丈夫っス。難点は硬いことっスかね」


 なるほど。岩石芋か。名前からすると芋の一種なのだろう。

 貯蔵性が高いのは食糧難に備える意味でも理想的だ。

 

 「ポルチくん、アルベラなんかはどうだろう?」

 「あ、いいっスね。アルベラは高級食材で、ある程度大きくなれば一年に三回は収穫できるっス」


 アルベラとはどんな植物なんだ。

 それよりその『高級食材』という単語にオレの触手が反応する。

 

 「食料としての価値はどうなんだ?」

 「美味いっすよ?」

 「いや、そうじゃなくて。栄養価とか調理のしやすさとか」

 「もちろん栄養価も高いっスよ。岩石芋はものすごく硬いっスから調理はしやすくないっすね。アルベラも食べる薬って呼ばれるほどっスよ」


 貯蔵が三年も効くなら硬いというのは大した問題でもないだろう。

 それに高級食材なうえに『食べる薬』とまで呼ばれるアルベラも魅力的だ。

 どちらも一年に何度か収穫できるらしい。長期的に考えれば今から栽培に取りかかることは、近い将来に訪れるであろうロックランドの食糧難を乗り切る突破口となる可能性が高い。それに上手くいけば食料事情の緩和に伴って領民も増え、残った野菜は販売することで経済問題の緩和にも繋がるかも知れない。

 まあ、そんなに簡単にはいかないだろうが試す価値はありそうだ。

 

 「ポルチ、それを領内で作るのに必要なものは何だ?」

 「良い園地と岩石芋の種芋と、アルベラの苗木っスね」

 「それだけか?」

 「それだっけっス」


 そんなに簡単にできるものなのか。家庭菜園どころか小学校のときに育てた朝顔ですら枯らしてしまったオレには、植物を育ててそれを収穫するというのは未知の世界だ。コイツの言うことを真に受けて良いのだろうか。


 「バランさん、どう思います? 可能ならオレは長期的な食糧確保の方法として、自分たちの手による栽培にもチャレンジしてみる価値があると思うんですが」

 「私も良いアイディアかと思います。ただ、園地はどのへんにお考えでしょう?」

 「東部地区の滝の近くか、南部地区の森の近くならどうでしょう?」

 「南部地区の森の近くは止めたほうがいいっス。森には野生生物が多いっス。それに魔物も多いっスから」


 即座にポルチが南部地区案を否定する。

 たしかに作物が野生生物に荒らされるだけでなく、作業者が獰猛な野生生物や魔物に襲われないとも限らない。ポルチのくせになかなか的を射ている。

 

 「なるほど。よし早速、明日から東部地区で農園に適した場所を調査しに行こう。ポルチ、お前をこの計画の担当として農園管理人に任命する。この計画はロックランドの食糧難を回避するための大切なものだ。心して掛かるように」

 「はい。わかったっス」


 何となく返事が軽いのが気になるがとりあえず良しとしよう。

 万が一、失敗した時はオレが全ての責任を背負う覚悟で臨むしかない。

読んでいただきありがとうございました。

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