レオンの変化
甘く見てたか。
結局はゴリ押しすればいけるって、確かに思ってたかも知れない。
マティアスは俺に手も足も出ないで、鼻くそをほじくるみたいな感覚で入学初日に相手してやった時のことを引きずるように覚えていた。
俺はそれに胡座をかいて、マティアスはあの経験でひたすらに努力を積み重ね続けてきた。
そりゃ、俺が負けるのも――頷ける。
場外になれば勝ち、というルールがあった。
実戦的ではない決まりだが、それを了承して臨んだ戦いだ。
どちらかが死ぬまで終わらない戦いではないからこそ、生じた油断だった。
言い訳だが、そう自分に言い聞かせれば素直に認められる。俺がアホだっただけだ。
決勝戦が終わると表彰式という流れがあったが、その準備中にフケた。
どうせ、マティアスに大喝采、俺には罵倒や罵声が飛び交うだけのイベントだろう。俺はいない方がいいってもんだ。
4年の時にあった剣闘大会では、早めに、適当に負けた。
さっさと負けて、あとの開催期間中は悠々自適に過ごそうという魂胆だった。だから、勝つつもりもなく負けたってどうとも思うことはなかった。
だが、今回ばかりは少々、こたえるものがある。
マティアスが成長してるのは知ってた。でも、まさかルール上とは言え、負けるなんて。
負けた。
勝たなきゃならない理由は、大してなかった。
ただ全力でやってやらないと、マティアスと約束した手前悪いから……やった。
本気は本気だった。負けてやるつもりもなかったし、てことは俺は勝つっていうことになると思ってた。
やっぱり、甘く見すぎてた。
ここへ入った当初は6歳。そろそろ、俺ももう12歳になると思われる。もしくはなっている。
6歳から12歳ってのは大きな変化だろう。
背もそれなりに伸びた。
けどそれ以上に、12歳から18歳へとなっていたマティアスやロビン達の方が大きく成長していた。よくよく考えればそんなのは当然だろう。
まだまだ肉体的に俺は成長途上だが、もうあいつらはそれを終えて、成熟を始めようとしているころだ。もう背は伸びなくなるのだろうが、今度は内面の成長が始まり、色々な経験を積みながらさらに飛躍していく。
俺はそれをぽろっと忘れて、その上で、慢心していた。
じいさんやファビオに弄ばれるようにやられていたのとは別の、勝てなかったという感情はデカい鐘のようにゴーンと俺の中で響いている。
強くなった気じゃいたが、まだまだだった。
少なくとも学院で、同じ学生に負けるなんて思ってもいなかった。
多分、このままでいたら俺は本当に強いやつには勝てなくなっていただろうとも思える。
魔技に頼りきっていた。これさえあれば負けやしないと、そうじゃないのは分かっていたつもりなのに、やっぱり思ってたんだ。
「はぁ……」
こりゃ、価値観変わるわ。
奇しくもマティアスに与えた衝撃を、今度は俺が、マティアスに与えられたわけか。
もうあれを笑い話にはできねえや。
でもまだ、序列戦がある。
積極的に出たいとは思ってこなかったが、リベンジするにゃあ丁度いい。
あと半年とちょっと。
それまでに、本腰入れて訓練してやろうじゃねえか。
表彰式にも、その後に行われたという晩餐会にも出てこなかったのをマティアスに文句を言われた。
それは適当に流したが、負けた方が命令を聞くという罰ゲームでマティアスは、序列戦ではもっとレベルの高い戦いをする、というのを突きつけてきた。
『今回のことで、キミの鼻も折れたはずだ。
序列戦ではその驕りを捨てたキミと戦い、勝たせてもらう。
だからレオン、正真正銘の全力をかけた戦いを序列戦でやることを誓ってくれ』
それで卒業後の、しばしの自由が得られなくなろうと構わないらしい。
快諾してやったのは当然のことだ。俺だって、次は本気で負けられないと思っていたんだから。
魔技よりも、体を鍛えることを優先するようにした。
別にサボってきたわけではないが、ほどほどをモットーにしていた。あまり筋肉ダルマになろうとしても背が伸びなくなるんじゃないかっていう不安があったが、それなりに背は伸びてきているし、これからが一番、背の伸びるころだろうからここで鍛えないとダメだろう。
とりあえず、学院の多すぎる階段を活用させてもらって、これを上から下まで1日最低1回は走って上り下りする。人目につくと色々とうざいから、普段は使われていない階段を探しての秘密の特訓だ。魔技がなしだとこれがまたキツい。
確か階段昇降はウォーキングの3倍くらいの効果があるとか聞いたこともあった。毎日、下半身が悲鳴を上げる。特に尻から腿の裏側らへんの筋肉がくる。足腰が立たなくなるっていうのを身を持って味わった。
それからはチャンバラの時間だ。
卒業課題の研究とやらの息抜きをしろ、と強引にフォーシェ先生の研究室から引っ張り出してくるロビンといつもやる。マティアスやリアンとやってもいいが、汗水垂らして必死こいた訓練をあいつらに見られるのはちょっと嫌だ。何で嫌かは分からないが、何か嫌だったからロビンにつき合ってもらう。
それにロビンは素の身体能力だけなら、今、俺の近くにいる連中の中ではトップだ。
そのロビンを相手に、魔技をなしにして相手してもらうと手も足も出ないことが多い。反射神経と瞬発力も良いし、野生の勘とでも呼んでいいような危機察知能力が高い。だから勝てない。
「魔技使えばいいのに……」
「頼りきりはダメなんだよ」
さんざん打ち込んで、だが倒すに至らずにやり返されて地べたへ寝転がる。
そういう休憩中、ロビンは不思議そうな顔をしていた。ロビンには魔技のことを伝えてある。フォーシェ先生の研究室にいて、その手伝いもしているから必然だった。もっとも、ロビンにも魔技は使えないようだったが、それを知った時は俺の強さの秘密を知って目を丸くしていたものだ。
「今よりもレオンが強くなっちゃったら、本当にすごいことになりそうだよね」
「本当にってどーいうことだよ?」
「今は、学院で悪童なんて言われてるけど……その内、ちゃんと、正しく尊敬される人になれるかもって」
「んなのいらねーよ」
「でも穴空きなのに魔法を使ったこともあるし、魔技っていうもので普通の人以上に戦える。
学院内のことだけど剣闘大会で準優勝までしたんだよ。……もしも、世界に出て、レオンが活躍をしたら色々な人の希望になるかも。
穴空きだから……っていう前提が、レオンには不満になるかも知れないけど」
そんなに穴空きがハンデかね。
不便と言えば日常のちょっとしたこととか、せいぜい、大抵の人は無縁のはずの戦闘時程度のものだろうに。手足がなかったり、盲目だったり、耳が聞こえなかったりするやつの方がよほど立派に思える。
「レオン」
「ん?」
「僕ね、フォーシェ先生に、卒業しても学院に残らないかって誘われたんだ」
「ツバつけられてんのか……」
「そ、そういう理由じゃないとは思うんだけど……最初は助手って立場からだけど、魔法の研究者として手伝いながら、学院の講師になって、研究者になったらって」
大学教授みたいなもんか?
いや、大学院に進むような感覚の方が近いのかもな。
「悪くはない話じゃねえの?」
「うん……僕も、そう思った。
でもね、悪くないのと、そうしたい、っていうのは別かも知れないって」
「じゃあロビンはどうしたいんだよ?」
「……考え中」
「何だよ、結局か?」
「あはは……」
困ったようにロビンが笑う。
俺も苦笑しながら体を起こして、ロビンの尻尾へ手を伸ばしたが避けられてしまった。
「そろそろ、研究室戻らなきゃ」
「ちっ……」
「まだやるんでしょ?」
「そうだな……。とりあえず、ひとりでやれるトレーニングする」
「がんばってね。ちゃんとレオンの晩ご飯、いっぱい取り分けておくから」
「あいよ、サンキュー」
ロビンを見送ってから、フェオドールの長剣を使って素振りをした。
ただ振るうのみで発せられた炎熱の余波を受ける。その重さと、熱とに耐えながら振りまくった。
それを終えてから、最後に魔技の練習。
ただ漫然と、使えているように魔技を使うんじゃない。魔手にしろ、魔鎧にしろ、ひとつひとつの精度を上げるためのトレーニングをする。
よく、魔法に綻びがある、なんて表現で魔法の良し悪しを言うことがある。
ただただぶっ放すだけでは威力や効力が落ちてしまい、その粗を指して綻びなどと言う。
魔技にもこれがあるんだろうとリュカに教えていた時のことを思い出し、見直してみた。
無意識だったが魔鎧は足や腕にばかり魔力を集めてしまっていたし、集めて各部へ行き渡らせたはずの魔力には過多があった。意識的にこれを修正して、均一にすると同じ魔力量でも効率が上がっていた。だから、その矯正をトレーニングに加えたのだ。
相変わらず、一定以上の魔力を集めると鼻血が垂れてくる。
それを無視しながら、続けられるだけトレーニングをこなす。
そんな鍛錬の日々を過ごしていたある日――いつもより多くの魔力で、魔鎧をさらに強化できないものかと試してみた時だった。
ブチッと、音がした。
それを最後に、気がついたら学院の救護室にいた。
日が暮れても帰ってこなかった俺を心配してロビンが見に来たところ、いつも訓練に励んでいるスタンフィールドの外の荒野でぶっ倒れていたらしい。
その時は、よく分かってないから、貧血にでもなったんだろうということでさっさと帰った。
だが翌日にまた魔技を使おうとしたら、また気絶してぶっ倒れてしまった。