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ノーリグレット!  作者: 田中一義
#10 悪童レオン伝説
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悪童レオン対勇者マティアス①



「レオン、今日の勝負だが……勝った方が、負けた者の命令をひとつ聞く、というのはどうだ?」



 決勝戦ともなれば控室は随分と静かになった。

 初日なんかは座るところもないほど出場者でいっぱいなのに、今は俺とマティアスの2人だけしかいない。


 マティアスは試合前にも関わらず、優雅に茶を飲んでいる。

 テーブルへ立て掛けられている、マティアスの2本の剣。片方はアーバインの剣だが、もう一方はこいつが入学初日から持っている綺麗な剣だ。最初こそ実戦に使えるのかよと思ったものだったが、俺も成長してちょっとくらいの目利きはできるようになっている。これは、それなりに使える得物だろう。



「じゃあ何を命令さしてもらうか考えねえとな」

「すでに勝ったつもりか?」

「負ける気がねえのに、勝つ以外のところなんざ考えねえよ。

 そうじゃなきゃダメなんだろ?」


 ロビンに魔石2つ、ミシェーラに魔石1つへ魔法を込めてもらっている。

 フェオドールの長剣も持ってきているし、槍と安物の剣もある。スパイクブーツも履いているし、肘の少し下までを守る頑丈なグローブだってわざわざ用意した。

 装備は万全だ。



「ふっ、まあいいだろう」

「えらっそーに」

「言っておくが、僕を侮らないでくれよ?」

「へいへい、侮りませんよ」

「以前の僕とは違うんだ」

「分かってるって」



 強くなってるのは分かってるし、バカみたいに訓練してるのも知ってる。

 魔技なしなら間違いなくやられるし、魔鎧だけでも難しいだろうとも見ている。もしかすりゃ、魔鎧を切り裂くくらいの攻撃もしてくるもんかとも思う。



「僕が勝ったら、キミには一度だけ謝罪でもしてもらおう?」

「はあ? 謝るようなことしたかよ?」

「腐るほどあるさ。胸へ手を当てて考えてみたまえ」

「そいや」

「自分の胸に、だ」

「もっと勢いのあるツッコミしろよな……」

「そういうことをしないと誓ってもらった方がいいかも知れないな」



 今ごろ、ロビンが三位決定戦を戦っているんだろう。

 会場の方から歓声やら、指笛やらの音が一際大きくした。勝敗が決したのかも知れない。



「ロビンが、お前にしてやられて落ち込んでたぞ」

「あらかじめ言っておいたさ。悪く思わないでくれ、と」

「言っておけばオールオーケーってかあ?」

「何も言わないでおくよりいいだろう。悪いことはしたが、反省するつもりは僕にはない」


 マティアスが椅子を立ち、2本の剣を腰に佩く。



「レオン、僕は本気でやるぞ。

 ここで僕が負けようと、次の序列戦では確実に勝つ。

 無論、勝つつもりでやらせてもらうがな」

「ガシュフォースは使わねえだろうな?」

「警戒しておいたらどうだい? 僕は何だってするさ、勝つためには」


 そこで係員が俺らを呼びにきた。

 廊下へ出ると、ロビンが戻ってきていた。



「あ、2人とも!」

「よう、ロビン。どうだった?」

「勝ったんだろう?」

「うん。3位だよ」

「そうだろうと思っていたさ」

「でも僕、今日はレオン応援するから」

「よし、じゃあ尻尾をここで一回――」

「ダメです」

「これでまた僕の勝率が上がるというものだな。助かるよ、ロビン」

「ほら、こんなこと言われてるぞ、ロビン! ちょっとだけ! 2分だけ!」

「うっ……だ、ダメだよ、それでも」


 ケチめ。

 それがお前にできる最大の応援だと言うのに。



 通路からステージへ出る。

 先に出ていったマティアスは大歓迎をされていたが、俺はブーイングの嵐だった。


 とうとう衆目の前へ晒される、勇者と悪童の戦い。

 どちらもあまり苦戦することなく、ここまで勝ち上がってきている。


 果たして、勇者と悪童はどんな戦いをするのか――と興味を持っていることだろう。




 ほんとにもう、娯楽ってのが少ないからこういう話が流行するとそれ一色になっちまうもんだ。多様性なんてものはあるようでない。前世じゃあ考えられないことだな。少なくとも、俺のいた時代では。



「マティアス・カノヴァス対レオンハルト・レヴェルトによる決勝戦を始める。

 両者、構えろ」



 エジット教官が仕切っている。

 槍を抜いて、マティアスへ向けた。

 マティアスも2本の剣を同時に抜くことはなく、アーバインの剣だけをを引き抜いた。



「始めっ!」



 魔偽皮。

 足元の、土を固めて一段高くなっている地面が盛り上がるのを感じた。一歩下がれば、俺が真下にしていたところから土塊が射出されていた。


 マティアスの魔法による速攻。こいつが剣闘大会で培ってきた、得意戦法だ。

 恐らくだが、一部の魔法のみを発動速度を高めるために練習したんだろう。よーいどんで始めると、最初だけは距離がある。それは剣では届かない。だからリーチを無視できる魔法の発動速度を求め、それによる奇襲めいた速攻から、一気に主導権を得ようとする。


 ロビンを完封したのは、その最終実践練習だったんだろう。



 そして、仮に魔法の初撃をかわされてもマティアスの行動は変わらない。

 畳み掛け、圧倒し、もぎ取る。



 土魔法を避けた俺へ、すでにマティアスは斬りかかってきている。

 一歩下がっている間に大股で二歩も詰めてきていた。槍を振り上げるが剣で受け、さらに距離を詰めてくる。水が集束される。アクアスフィア――これもやはり速いが、魔偽皮で神経伝達の速度を早めている俺には及ばない。


 それより速く、指先から魔弾を放つ。

 威力は抑えているが、その分速射性と、魔弾の弱点だった集めた魔力の使い切りを克服したものだ。マティアスの右肩が被弾して吹き飛ばされる。アクアスフィアを迂回し、地を蹴りながら槍を突き出す。



「やるな、レオン!」



 剣で受けられ、上から抑え込まれる。

 そこからマティアスが蹴りを放ってきて、しゃがんで回避。片手で安物の剣を抜きながら斬り込むが避けられる。



「お前こそ――」



 背後で炎が爆ぜた。

 魔偽皮で分かっていたから、あえて前へ飛び出しながら爆発の衝撃を推進力とする。頭突きを食らわせてやるとマティアスが仰向けに倒れかけたが、どうにか踏ん張って――姿勢を戻しながら思いきり頭突きをやり返してきた。


 もっとも。

 魔鎧を使ってる俺に、生身で頭突きすんのは自傷行為と変わりゃしない。


 悶絶したのはマティアスの方だ。

 ポンメルで思いきりマティアスの腹部を打ちつけ、さらに槍を薙ぎ払った。どうにかマティアスが受け身を取りながら体を起こす。



「これならどうだいっ!?」


 突風が吹きつけてきて、飛ばされないように姿勢を低くした。魔纏をスパイクブーツにかけ、安物の剣を放り投げてポケットへ手を入れる。この風ではマティアスも接近はしてこれないはずだ。



「こいつはロビンの分だ!」



 発動したのはウインドブローという、マティアスが使っているのと同じ魔法。ロビンに魔法を込めてもらった魔石によるものだ。いくら練習したとて、魔法士のロビンの魔法には及ばない。強風はぶつかり合い、乱れた気流を生み出してステージ上を駆け巡った。さらにもうひとつ、今度はアクアスフィアを発動する。

 一瞬の、風に身構えたマティアスの隙をついて水球が閉じ込めた。


 スパイクブーツを使い、風の中を低く走る。

 長く槍を持ち、思いきり振り抜いた。アクアスフィアの中から弾き出されたマティアスが、気流に巻き上げられる。



「本日の天気は突風の後、火の嵐でございます――ってな」



 今度はミシェーラに魔法を込めてもらった魔石をさらに発動。

 気流が瞬時に炎へ変わって、ステージ上を紅蓮の凄まじい火に染められた。


 こうなると視界は悪いが、魔影を使えばマティアスの位置は掴める。

 まだ場外にはなっていない。魔法の効果が終わり、炎が収まるタイミングで落下地点へ駆ける。槍を振り回して遠心力をつける。



「負けられは、しないっ!」


 マティアスもまた、俺が来るのを予測していたかのように落下しながら身を捻っていた。


「互いになぁっ!」


 俺の槍と、アーバインの剣がかち合った。

 だが、不意の二撃目に切り裂かれる。もう一方の剣をマティアスは抜いて、二段構えにしていた。



「ぐっ――」



 切り裂かれたのだ。

 魔鎧を。


 予想はしていたが、不意を突かれた。

 そのせいでたじろぎ、マティアスは激しく2本の剣を使って攻め立ててくる。


 二刀流なんて切り札まで持っていたのは、想定外。

 予備に持っていたとしか思っていなかった。長物の槍では鋭い二刀流の連撃を捌ききれないし、それはフェオドールの長剣を用いても同じ。


 だが思い起こせば、二段構えの作戦はマティアスの十八番だったろう。

 2年の時に八百長を暴いた時だって、俺が使った魔石はモールに破られる前提だったのだ。そういう不意打ちはかなりこたえてしまう。まさしく意表を突くってやつだ。



 足元から、また土塊が放たれた。下がったところへ、強風が吹きつけてステージのヘリまで押しやられる。マティアスが迫り、2本の剣を同じ方向から二連撃で振るう。それは槍で受けたが、そこへ、思わぬ三撃目の蹴りを叩き込まれた。



「押し切らせてもらう!」



 俺とマティアスの間で、炎が爆ぜる。

 衝撃に飛ばされ、体が浮く。


 やたらに、観客どもの声が耳に届いた。



 尻から、背中へ、衝撃が伝わる。

 体がはねる。




「――勝者、マティアス・カノヴァス!!」




 俺の試合では聞いたことのなかった、大喝采。

 あまりの声が、その反響が、身震いさせてくるほどの。



「…………え?」


 2本の剣を鞘へ納め、マティアスが俺を見下ろす。

 得意そうに、自慢げに、不遜に。



「僕の勝ちだ、レオン」





 じゃあ、俺の負け?




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