恐ろしいやつ
「何したぁ? リアン……」
「ちょっと小細工を。睨んだ通りで良かったですよ」
いきなり魔力が集められなくなった――。
ガシュフォース、とかいうリアンの放った魔法のせいなのは明白だ。
魔法を使う際に、いちいち何かを言う、という必要性は必ずしもない。だが、魔法につけられている、その名前と効力を頭の中で結びつけることでイメージをはっきりさせ、不慣れだったり難しかったりする魔法でも正確に魔法を発動させられるという利点があるらしい。
よほど慣れているものは無言でひょいひょいと使えるが、覚えたてであったり、使うのが難しい魔法は唱えることもあるんだとか。
そしてリアンは確かに、ガシュフォースと何やらよく分からぬ魔法を唱えていた。
「俺をこんな方法で手こずらせそうなのはリアンが初めてだ」
「おや。皆さん、レオンを怖がっているくせに過小評価しすぎですね」
じりじりとリアンは距離を詰めようとしている。
魔技なしでの戦い――。上等だ。
リアンはそこまで大きいやつでもないし、筋肉自慢でもない。むしろ、いつも制服で隠れているから確証はないが着太りしているようなタイプにも見える。
「さあレオン、それ以上下がると場外が近づいてしまいますよ」
「そうだな……。んじゃ、ガチ勝負と行こうぜぇ!」
槍を振り上げながらリアンへ迫る。
互いの得物をぶつけ合うが、リアンは小さく剣を動かしながら槍をすり抜けようとしてくる。潜り込まれれば剣の間合いの方が有利。強めに薙ぎ払ってから短く握り直し、穂先を引いた。すかさずリアンは前へと出てくるが、槍を引いたお陰で対応はできる。
「さすがですね」
「そっちこそ」
互いの得物を押し込もうとしている力を抜いた。槍の柄を腰の裏から回し、重心をズラしたリアンに叩き込む。だが手に感じたのは、変な感触。木や岩を叩いたかのような硬さだ。これは――
「もうちょっと温存して、ここぞでお披露目したかったんですが」
制服の下に、何か防具をつけている――!
リアンの長い足に蹴り上げられた。上体を反らして、そのままバク転で距離を取る。
「……そんなに気合い入れてきてもらえたかよ?」
「ええ、色々と仕込んできていますよ。さあ、次は何がお望みですか?」
「何もいらねーって」
「そんなこと仰らず、楽しんでいってください……!」
リアンが懐へ手を入れたかと思うと、何かを床へ叩きつける。
白い煙がもうもうと広がって視界を遮られた。
煙玉――的な?
そんなのあるのかよ、お前はびっくり箱か!
こういう時に魔偽皮が使えりゃいいのに、まだ魔力を集められない。いつもならそこへ停滞しているかのように満ちている魔力が、それこそ煙のようにたゆたい、薄れて消えていっているような感じだ。集めようとしてもやたらめったら希釈されたかのように薄くて使えない。
本当にリアンはしてやってくれた。こんな弱点が魔技にあっただなんて。て言うかリアンには魔技のこととか言ってないはずなのに、自力で気がついたのか? 油断のできないやつだ。
足音が聞こえた。
僅かに左方向から。
「そっちかっ!」
リーチを活かして槍を大きく振るった。
煙は槍の軌跡の後へ巻き込まれるように動く。それでも晴れない。
硬い手応えがしたが、すぐに槍を引っ張られた。掴まれてしまったらしい。力を込めて持って行かれまいと踏ん張ったが、槍に上からの強い力がかかってこぼれ落ちる。煙の向こうに、槍の柄を踏みつけている足を見た。
「はああっ!」
剣が振り切られ、槍を手放した。
素早く俺も安物の剣を抜いたが鍔の直上を真横から叩かれて、取りこぼしてしまう。
頼りきりになってるつもりはなかったにしろ、魔鎧が使えないだけでここまで実力が開くか。
やっぱ体格差だとか、筋力の違いってのはデカいな。そろそろ本格的に筋トレして――いやでも背が小さくなるのも――とか考えてる場合じゃねえ!
さらにリアンが鋭く剣を突き出してきた。
フェオドールの長剣を括っている皮ベルトを回し、布の上から柄を掴む。
「火傷に注意だぜ、リアン!」
「問題ありません、これでもけっこう熱くなっていますから!」
フェオドールの長剣が火を吹いた。
布ごと、皮製の鞘ごと燃えて朱色の剣があらわになる。
リアンの剣を重量で弾き返すと、火花どころではない大きな炎が爆ぜた。
「水魔法でも使った方がいいんじゃねえの?」
「ご冗談を!」
魔鎧なしだと長剣の重量に振り回されそうになる。
放たれる炎をものともせずに、リアンはその隙を突いてくる。
剣戟の音が響きまくる。
熱と炎で俺まで汗が噴出してくるが、リアンもそれは同じだ。
だが――もしかしたらこいつ、炎対策までしていたのかも知れない。
それほどにためらいがないし、俺でさえ熱くてたまらないのに果敢に攻めてくる。どこまで、どれだけ見透かしていたんだ。正直、マティアスやロビンよりかは劣るだろうとか考えてたのに、厄介すぎる。
「侮ってたよ、正直!」
「わたしは準備してきた甲斐がありましたね!」
リアンの剣を力ずくで払いのけたが、受け流された。
放たれた炎を迂回しながら回避しての切り上げ。それをマティアスのコネで特別に作ってもらった特性スパイクブーツで受けた。
体が浮かびかけるが、思いきり踏み込みながら返した長剣を振るう。しかし、剣が手放された。ガランと音を立てて剣は落ち、それで姿勢を崩される。炎熱を持つ長剣をすり抜けた、リアンの拳が放たれる。
腰の入った、いい拳。
長剣はリアンへぶつからずに床へ落ち、そこから爆炎を放って抉っていた。
「年齢は離れていますが、手を抜くことの方が礼を失するはずなので――思い切り、いきますよ!」
さらに、二撃目。
一瞬、意識が飛びかける。
苦し紛れに長剣を振るうとリアンはしゃがんで避けてきた。見誤ればただじゃすまないのに、とんでもない度胸だ。押されてる。これはヤバい。
体を持ち上げながらリアンが開いた手を向けてきた。
そこに水が集まっていくのが見える。魔法か。――ハッとする。
「終わり、ですっ!」
魔纏。スパイクブーツへ。
下肢に力を込め、魔鎧発動。
弾けた水の衝撃に耐えきる。
魔法の効果が切れていたようだ。
これで本当に終わらせるつもりだったんだろう。
「おっと――やはり、一筋縄ではいかないようで」
「終わるのはそっちだ!」
フェオドールの長剣を片手で振る。剣速はさっきまでとはダンチだ。
危なげにリアンは手首で受けた。そんなとこにまで何か仕込んでやがったようだが、余裕で払いのける。
「ガシュフォ――」
「させっかよぉっ!」
渾身の力とともに、フェオドールの長剣を振り落とした。
土魔法で作られた、一段高くなっている舞台を火炎と衝撃が駆け抜けてひび割れ、リアンがそれに飲まれる。尚も跳びながら避けるリアンへ魔縛。伸ばした魔力の糸で絡め取り、振り回して糸を伸ばしながら投げ飛ばす。
観客席までリアンは投げ飛ばされ、ぶつかった。
「はぁーっ、はぁーっ……」
むくりと、リアンが起き上がった。
近くにいた観客がそれを見守り、どよめく。
「いやはや、調子に乗って勝負を急いでしまったようで。完敗ですね」
俺が勝ったのに、お決まりのようにブーイングが起きる。
いい加減聞き飽きたブーイングだが、苦戦して勝つと程よい疲労と達成感があるからそう気にはならなかった。
にしても、だ。
『わたしは日頃の鍛錬を怠っていませんから、特別にやるべきことはないですよ。
地道な積み重ねの成果を、いかなる状況でも発揮してこその実力と考えていますので』
嘘八百にもほどがある。
涼しい顔して、こんだけ見たこともないことをしてきやがって。
ほんっとに危うい勝利だった。
改めて、リアンは恐ろしいやつだと思い知らされた。




