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ノーリグレット!  作者: 田中一義
#10 悪童レオン伝説
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リアンの悪童考察


 はてさて、世の中というのは何とも奇怪なものである。

 レオンハルト・レヴェルトという級友について述べよう。

 彼は、現在、この王立騎士魔導学院において「悪童」という言葉で知られている。


 どこにでもいそうな、まだまだ顔に幼さが残っているような年頃の少年だ。

 身長は騎士養成科の同学年の者の中ではもっとも低いし、恐らく体重も軽いだろう。

 着用義務のある制服は上着をいつも脱いでいて、ラフに襟のボタンを上から3つ目まで外している。腰にはサビや汚れの目立つ鞘の剣を吐いている。無論、剣そのものも見るからに安そうなものだ。何か特別なもの、というわけでもなければ彼がこの剣に思い入れを持っているようにはあまり見えない。あるいは、入学時から学院で身につけているらしいから、愛着くらいはあるのかも知れないが――使い続けている理由は、単に買い替える必要性を感じていないだけであろう。


 黒い髪の毛は彼の無頓着さがよく現れているかのように雑にうなじで束ねられて揺れている。たまにナイフや剣でざっくりと、いつも縛っている紐の上の位置から切っている。その程度に頓着していない。

 瞳は夜の闇を思わせる黒。ただし、この瞳は年齢不相応に淀んでいることが多く、輝く時は食事の時や、彼が好きな音楽をやっている時、それと笑っている時くらいのものだ。どこか眠たげで、退屈をしているような目の方が多い。

 左の親指には外れているのが見たことがない、銀色の指輪がある。実は外れなくなってしまっているらしく、すっぽりハマって抜けないようだ。



 さて、この悪童レオン――わたしは彼の友人として、レオンと呼んでいる――は、悪童などと呼ばれてはいるが大した悪さをするような子ではない。

 しかし少々、いや、かなり、口と態度が悪い。悪逆非道な振る舞いはしないのだが、いかんせん、口と態度は悪い。年上の同輩に対し、彼は常に対等か、上からの目線で話したりし、それがプライドの高い者にはなかなか我慢が利かぬということだ。

 そして、そんな態度を懲らしめようとする者もたくさんいたのだが、あえなく返り討ちになっていったそうだ。おおよそ6歳下の、背も小さな少年に叩きのめされて、あるいは嫌がらせをしては報復を受け、彼への恨みを募らせていった。自業自得ではあるが。

 そういう経緯で、彼は悪童という不名誉な渾名をつけられてしまったのである。



 悪童レオンは先述のように、強い。

 年齢も体格も上の相手だろうと手玉に取るかのように戦っては勝利を収める。


 嘘か真かは本人や、一部の者しか知らぬ逸話だが――2年時に、彼がまだ7歳であった時に開催された剣闘大会では5回戦まで突破した。大会中、事件があって異例の中止となったのだが、これは記録に残っていることだ。

 剣闘大会であるから、普段競い合っている同学年の学生だけではなく、学年も年齢も、経験さえ上の屈強な先輩と戦った。そして、5度の勝利を収めた。これは異常と言っても良いだろう。



 時折、歴史に現れる英雄や、豪傑といった存在は生まれながらに特別な力を持っていたり、厳しい修行の成果として幼少時よりその才覚を表すということだが、彼もまた同じような存在なのかも知れない。

 だがひとつ、大きな欠陥を悪童レオンは抱えている。口と態度が悪くなってしまう――というような呪いの類ではない。


 その欠陥は、魔力欠乏症と言われる。

 彼は魔法が使えないのだ。


 穴空きと呼ばれる、自分の魔力を常に垂れ流し続けてしまう特異体質によって。

 しかも魔力放出弁も常人より遥かに弱く、魔力変換器においては機能不全を起こしてしまっている。


 どれかひとつでも欠けていれば魔法を扱えぬ、と言われているものを全てコンプリートしての、魔法の才能の欠如。



 にも関わらず、彼は一度だけ魔法を使ったという逸話がある。

 それは本当に大したことのない日常で点火に利用するごくごく小規模な魔法であったとか、莫大な熱量を誇る魔法で形作られた幻獣を呼び出して使役したとか、どうも両極端で、不明瞭な話ではあったが、それでも魔法を使ったということだけはあったと言うのだ。



 何とも矛盾した話だが。




 閑話休題。


 レオンハルト・レヴェルトは、不可思議な存在である。

 年少の身でありながら年長の者を打ちのめし、魔力欠乏症でありながら魔法を使う。


 しかし、わたしが個人的に着目している、最大の不思議は――彼の、謎の魔法にある。

 魔法と言えば、火・水・風・土の四属性と、卓越した魔法士が使えるという姿を変えたり、瞬時に別の場所へ飛ぶ魔法だとかが浮かぶものだろうが、彼はそういったものと違う魔法を、確かに操っているように思える。



 例えば。


 彼はいきなり、力を増す。

 わたしがそれを最初に目撃したのはいつだったか――彼と出会い、交流を始めて間もなかったと思う。わたしはレオンと同じクラスで、ともに級友であるマティアス・カノヴァスとどういう流れかで腕相撲をしていた。なかなか白熱した勝負で、利き腕では負けたが別の腕ではどうにか勝てたものだ。

 それを見ていたレオンが、自分もやりたいと混ざってきたのだ。マティアスが相手をし、2人が腕相撲をする。体格差も、年の差もある。レオンはすぐに負けそうになったが、負けん気の強い彼は「こんにゃろう」と楽しげに笑みを浮かべると、即座にマティアスの腕をひっくり返して叩きつけた。

 突如として力が増したとしか考えられない光景だった。

 しかし、彼は魔法は使えないし、身体増強の魔法について探りを入れてもぽかんとしていたから違うのだろう。


 他にも。


 彼の逸話のひとつに、呪いの人差し指というものがある。

 彼に睨まれて人差し指を向けられると、不可視の矢に射抜かれたかのような激痛に見舞われるというのだ。

 何かとやっかみを受けることの多いレオンは、正面切って喧嘩を売られることさえほとんどないのだが、陰でちょっかいを出されることがある。たまにそういうことをし、その様子を眺めてはニヤつく者がいた。しかし証拠はないのだ、犯人として決めつけるのは心外だ、とまるで悪戯の張本人のような台詞を吐く者がいると、レオンはその相手へ人差し指を向ける。呪文を唱えるかのように指を向けたまま、バァン、とレオンが呟いたこともあった。すると相手はいきなり矢を受けたかのように激痛に襲われて身悶えして倒れ、レオンは鼻で笑ってその場を去る。

 目に見えぬ攻撃をする魔法ならばいくつも存在するだろう。風魔法は特に顕著で、枚挙に暇がない。――が、風魔法であるならば気流が生じたりし、どこかで分かることが多いのに、彼の場合はそういったものがない。ただただ、弓も矢もなくして、矢を放ったかのようにしか見えぬのだ。



 他にもそういう、魔法とは言い切りがたい不思議な現象は目にしてきた。

 レオンは明らかにそういったものを操り、使いこなしている。



 これが彼の強さの秘密だろうと、わたしは密かに睨んでいる。

 そしてこれを攻略せねば、レオンと戦おうとも勝ち筋がないとも。


 だが裏を返せば、このカラクリを見破ることができれば。

 そしてその対策を手に入れられれば、他者の悪意によって悪童と呼ばれるレオンを打ち倒せるはずだと。




「――構えろ」



 教官の合図で、わたしは剣を抜く。

 対峙するレオンも、長い槍を抜いて構えた。


 レオンはいつもの槍と、腰に安物の剣。

 それと、よくは分からないが背中にもう1本の長い包みを背負っている。布に包まれているせいで、それが何なのか分からないが槍というほど長くもないし、剣にしては長過ぎるような印象だ。あれにも、警戒はいる。

 防具らしいものは身につけていない軽装。

 だが、わたしは知っている。ゴリ押しで戦うためにレオンは足裏にびっしりと棘のついたブーツを履いている。踏ん張りを利かせやすくするためだが、その分頑丈にできているから、あそこだけは不思議な魔法を使わずとも剣を受けられると。態度と口だけでなく、足癖も彼は悪いのだと。



「悪いけど、マティアスに全力で戦えって釘刺されてんだ。負けねえぜ?」

「ええ。わたしこそ、あなたの全力に勝つつもりでここへ立っていますのでご遠慮はなさらずに」



 この時のために、用意してきたものはある。

 まずは不可思議な魔法の秘密を紐解いて、付け入る隙を見つけて攻める。


 準備はしてきた。

 義務で出場しなければならぬとは言え、真剣な戦いだ。


 わたしには恨みなどひとつもないが挑むのであれば勝ちたいと思う。



「では、始めっ!」



 教官の合図とともに、レオンが駆け出した。

 二歩目から、グンと加速している。それはきっと、不可思議な魔法の恩恵に違いない。



「ガシュフォース!」



 もしも魔法であるのなら、この日のために夜な夜なミシェーラに教えてもらった、魔法を散らす魔法が役立つ。さすがに覚えるのは難しかったが、どうにか完成させられた。


 レオンの動きが急激に鈍る。

 それでも素の身体能力もよく鍛えられているから脅威――だが。



 驚愕しているレオンに剣を繰り出した。

 反応が遅れながらも受け止められて距離を取られる。



「何したぁ? リアン……」

「ちょっと小細工を。睨んだ通りで、良かったですよ」



 苦々しい顔で問いかけてきたレオンに言い返す。

 どうやら、勝機は見出せたようだ。




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