レオンは笑い、リアンはほほえむ
「ようよう、俺様のお通りだぞ席空けやがれ」
肩で風を切って歩くと、さっと道が開ける。
何これ。マジおもしれー。
「やめろ」
後ろからマティアスに頭を叩かれて舌打ちすると、どよめきが起きる。
誰もが、これから白熱した戦いが起きるんだと期待をしている。が、しかし。
「別のところで、食べよっか……?」
ロビンが乾いた笑いをしながら提案して、食堂を出て行った。
おおー、とまた感嘆の声が揃って上がり、また笑いをこらえるのに必死になった。
「いやー、尾ひれがついてどんどん拡散されてるみたいですね。
どんどん登場人物が増えてて、編纂が追いついてないとかって噂ですよ」
「編纂をしているやつがいるのか?」
「ええ。何でも、学院が終わる時まで語り継がれる伝説的な物語にするんだとか張り切ってる方がいるそうで」
「どーするよ、本当に語られちゃったりしたら?」
「恥ずかしいね、何だか……」
「聞く限り、レオンについては事実と創作の比率が上手いようになっているがな」
いつの間にか生まれて、いつの間にか広まっている、学院で持ち切りの物語。
それに登場している俺は、まあ大層な悪者だった。
正体は由緒正しき貴族の子息の身体を乗っ取った悪霊で、親友であった男が仲間とともに退治をする――という突飛な話だ。
笑うしかないくらい面白い話だった。
意外と的を射ているような感じがあるから尚更に笑える。
いつも俺とマティアスとロビンがつるんでるのは、悪霊に体を乗っ取られていようが親友だから。
実際に学生の前で俺とマティアスが対立をしていないのは、いつもロビンが仲立ちをして、悪霊である俺を押さえているから。
そんな、こじつけでしかない設定まであるそうだ。
ピュアなハートを持つ男どもは、その戦いの日々に燃えて。
こんなところにもいるらしい、少々腐った女子どもは主要人物の関係性に萌えて。
ちゃんちゃらおかしい。
今ならこれをおかずに白米を1升は平らげられる気がする。
さんざん敵視はされてきたが、このでっち上げも甚だしい話が広まってからは畏怖の眼差しさえ向けられるようになった。ただの蔑視よか万倍良い。
「はぁー……愉快だな」
「お前は本当に能天気だな……」
「何だよ、これで実害を被るってか?」
「お前にとっては一種の呪縛にさえなりそうなものだろう。
これから多くの卒業生が出て、その度にお前の話が刷り込まれていったら、騎士団はいずれ、レオンという名を聞いただけで敵視しかねないぞ」
「中には悪役が好き、なんて奇特なファンが出てくるかもな」
「キミってやつは……」
いっそのこと舞台化してほしいくらいだ。
オルトも連れていって盛大に笑いながら語り合ってみたい。きっとオルトも気に入るだろう。
「わたしはどんな役所で出るんでしょう? それが今から楽しみです」
「そう言えば、まだ出てないんだっけ?」
「今、出来上がってる話はまだ2年の前半部分までだな」
「僕らの最初の剣闘大会だよ」
「どんなことになってんだ?」
「真実は八百長を暴露して、関わってた教官達も更迭……ってことだったけど」
「それが何故か、キミが黒幕になってて、教官を影で操っていたことになっている」
「アーッハッハッハッ、俺が、八百長の、あのえげつねーことの黒幕っ!? ハッハッハッ、笑うっきゃねえや、んなバッカらしーこと、俺がやるかっつーの!」
「もうすぐわたしの登場ですね」
「リアン、そんなに出たいんだ……?」
「しかも何故か、スレッドコールとラウドスピーカーのくだりはそのままだ」
「考えろよ! ハハハッ、おっもしれぇー……ふぅーっ……ダメだ、腹痛えや」
腹筋がひきつって仕方ない。頬も痛い。
こんなにバカらしくて笑えるのも久しぶりだった。
「しかし、こんな愉快なお話が流れていると剣闘大会がどうなるか楽しみですね。
悪童と勇者が観衆の前でぶつかり合うわけですから、なかなか面白いことになりそうです」
剣闘大会は、もう数日後に迫っている。
下馬評では俺かマティアスのどちらかが優勝だろうとのことだ。噂効果も込みだろうが。
ここにいる、俺もふくめた4人は全員参加だ。全員シードを持っているから初日は試合もない。
初めて参加した時とはやはり気分は違っている。
賭博もまだこっそりやってる連中はいるようだが、八百長のようなことは起きていないはずだ。
ほんの数年しか経っていないはずなのに、あのころが随分と昔のことのように思える。
「そう言えばトーナメント表は確認したか、レオン」
「ん? いや、まだ見てないけど」
「決勝まで行かないと僕らは戦えないようだ」
「ふーん?」
「決勝で会おう」
それフラグだっつの。
前もこんなこと思った気がする。あん時は見事に、バカどもの毒牙にかかってたな、こいつ。仕方ないっちゃあ仕方ないんだろうが――今のマティアスだったら、あんなやつは余裕でぶちのめせるかも知れない。
「さて――ロビン、特訓の時間だ」
「あ、うん。じゃあね、レオン、リアン」
「おう」
「行ってらっしゃい」
マティアスは最近、ずっとロビンを連れ回して特訓をしている。
どんな特訓だか知らないがよくよく気合いは入ってるようだ。
「レオンは特訓なんかはしていないんですか?」
「さーて、どうだか。そういうリアンは?」
「わたしは日頃の鍛錬を怠っていませんから、特別にやるべきことはないですよ。
地道な積み重ねの成果を、いかなる状況でも発揮してこその実力と考えていますので」
「ほんっとにリアンはそこらの学生どもよりしっかりしてるな……」
「ハハハ、誉めても何も出ませんが――おやつに食べようと思っていた果物食べます?」
「出てきてるじゃんか。もらうけど」
「ええ、どうぞどうぞ」
「……毒入りとかじゃねえよな?」
「おや、毒入りが好みですか? 生憎と持ち合わせはないんですが……」
「……冗談だっつの」
ガリッと顎にくる硬さのある果物だった。
果肉の中心部に甘い蜜の詰まった部分があって、そこが一番うまい。外側の部分は、けっこう渋みもあるがいけないことはない。丸かじりしていたら、リアンはじっと俺を見ていた。
「何?」
「いえ……本来それ、ちゃんと外の硬い部分を除いて食べるんですが、レオンは捨ててしまうところまでおいしく食べるのだなと」
「言えよっ!」
「まあまあ、決して食べて体に毒となるものではありませんから」
ハハハ、とリアンは悪びれずに笑った。
「ああそれと、レオン。
トーナメント表はもまだ見てないんでしたね?」
「ん? ああ」
「毒入りとか疑ってたので実はこっそり見ていたものかと思っていました。
ではわたしも用事がありますのでこれで。お互いに剣闘大会、がんばりましょう」
何だかリアンの物言いが気になり、学院へトーナメント表を見に行く。
相変わらず、ずらりととんでもない数の山で構成されたトーナメント表だ。
10回戦がようやく決勝。
俺はシードだから9回で済みはする――が、やはりとんでもない数だ。
「俺は3つ目のブロックで、マティアスが1つ目……。
ロビンが……2つ目か。でもって、リアンが――ん?」
クソデカいトーナメント表の横に番号と名前の照会表もある。
リアンの番号を探すと、含みのあったほほえみの意図がすぐに分かった。
「3回戦でぶつかるのかよ……」
これを知ってたからか。
けっこうすぐに当たるんだな。
何だか楽しくなってきたもんだ。