くりそつ兄弟
「ガルニ、朝の修練だ。起床しろ」
「ん、うぅ……兄様、まだ、日も昇っていません……」
「起床しろと言っている。お前は怠けるためにここへ入学したわけではないだろう。さっさとしろ」
ガルニの毛布を剥ぐと、手足を折って丸まるようになってしまった。
ため息をついてから、手荒だがガルニの耳をつまんで持ち上げると悲鳴を上げて体を起こす。
「何するんですか、兄様っ!」
「修練だ、支度をしろ」
ガルニ・カノヴァス――腹違いの弟は、僕が睨みつけると寝ぼけた頭でも理解をしたのか、すごすごと着替え始めた。
丁度僕の部屋は、ずっと一人分の空きがあったから、ガルニと部屋をともにした。
5年前の僕と全く同じだった。
金や権力のみでなびく、有象無象を従えたつもりで鼻を高くしている。父上のものでしかない富と権力を自分のもののように考えている。見るに耐えないとはこのことだ。
「兄様……髪の毛が直りません。
これではダメです、誰か人を呼ぶには何を鳴らせばいいんです?」
「ここでは自分でやるんだ。頭など放っておけ」
「そんなっ! 兄様はもう、きちんと整えているじゃないですか」
「僕はそれだけ早く起きて整えたんだ。その時もお前に声をかけた。
時間さえ守れずに、一体何を守れると言うんだ? 言ってみろ、ガルニ」
「それは……でも、そんなの、必要ないことです」
「必要ないなら、そのままでいい」
「そういう意味では――」
「行くぞ」
口ばかりを動かして着替えようともしなかったガルニの後ろ襟を掴み、引きずりながら寮を出た。
まずは走り込み。ガルニを前へ走らせ、ペースが落ちれば練習用の木剣で後ろから脇を叩き込む。その度にガルニは僕を振り返ってきたが、背中を突いて足を動かさせた。
先に体力が尽きるガルニは途中で休ませて全力の駆足で僕は自分の残りを走りきる。
限界ギリギリまで体力を削った後は、本来は素振りだがガルニとの手合わせとした。
「それがお前の隙のない構えか?」
「ええ、そうです。どうですか、兄様にも引けを取りませ――っ、痛ぃっ!?」
「あと6箇所に、打ち込めとばかりの隙が見られる。それが本当に、お前の構えでいいのか?」
ハッキリ言えば、ガルニは決してできない方ではない。
それでも未熟だ。荒削りでしかないのに、鼻を伸ばすとは見ていられない。
徹底的に打ちのめしたところで、動けないと弱音を抜かすガルニを放置して寮へ戻る。
誰も迎えに来ることはない、と告げておくと顔を青ざめさせてよろよろと僕の後をついてきた。
朝食の後はガルニは授業へ赴くが、わざわざ寮にまで作った取り巻きを迎えに来させていた。
我が弟ながら――つくづく、昔の僕と思考回路が似通いすぎていて頭が痛くなる。
「そんなに、似てるの?」
「似てるどころじゃないほどだ……。
まるで写し鏡を見せられているかのようで、こっちが参りそうになる」
ロビンに特訓につき合ってもらった後、ランチをご馳走しながら愚痴をこぼしてしまった。
「見た目も?」
「そうだな……容姿も互いに父上に似ているから、そっくりだろう」
「じゃあ昔のマティアスくんみたいで懐かしくなれるかも」
「とは言えロビンは、入学当初の僕のことはそう知らないだろう?」
「あ、そっか……」
「本当に一度、レオンにガルニを叩きのめしてもらいたい気分さ……。
僕があれこれ言うよりも、ガツンと痛い目に遭った方が効くはずだ」
「レオンは面倒臭いって」
「だろうな……。やれやれ……どうしたものか」
このままでは、ガルニは僕が学院を去れば自分の天下だとばかりに勘違いを増長させるだろう。
見苦しい醜悪な存在に成り果てる。それは望ましくない。
「マティアスくん、あのね……?」
「うん? 何だ、ロビン」
「要はえと……ガルニくん、を懲らしめる……ようなことがしたいんだよね」
「そうだな。荒療治だが」
「姿変えの魔法で、マティアスくんがやってみたら?」
「……姿変え」
「僕がかけてあげるよ?」
「妙案だな。やはりキミは良い魔法士になるだろう」
そうと決まれば早かった。
ガルニの授業後を見計らい、ロビンに姿変えの魔法をかけてもらう。レオンの姿を借りようかとも思ったが、本人の知らぬところで勝手なことをしても困るだろうと思って適当に新入生に成り済ますことにした。
「がんばってね、マティアスくん」
「ああ、僕はいつだって完璧にこなすさ」
ロビンのエールを受け取り、徒党を組んで歩くガルニへ近づく。
「キミ」
「ん? 何だい?」
真正面で立ち止まり、歩みを止めさせる。
高慢にガルニは僕を見た。今の僕らは同じ目線だ。
「僕が歩けないじゃないか。スワームスパイダーみたいに群がっていても邪魔なんだ。もう少し普通に歩くことはできないのかい?」
「何? この僕を誰だか分かっていないのか?」
「ああ、知らないね。どこの誰だって言うんだい?」
「僕はカノヴァス家の次男、ガルニだ。
キミはどうせ、末端傍流貴族だろう?
キミみたいな顔は見たことさえないからすぐに分かるよ。この僕に逆らえばどうなるか――」
「それでキミは、何か誇れるべきことをしたのかい?」
「っ……だから僕は、カノヴァス家の!」
「カノヴァス家の名前以外に、キミはキミというものがないのか? ああ、かわいそうに。
一生、生まれた家へ依存して脛を齧り続けるだけの人生を送るというわけだ、犬畜生と変わりやしないじゃないか」
冷笑を浴びせるとガルニは目を大きくしながら僕を睨んでくる。
取り巻きも囲んでくるが――なるほど、レオンはこういう気分だったのかも知れないな。さっぱり怖くも何ともない。
「文句があるのかい? 僕は事実しか言っていないつもりだ」
「僕の兄様はこの学院の6年生だ。兄様は僕を大切にして下さっている、ヘタなことをすればキミはもう学院を歩き回ることもできなくなるだろうさ。それでも撤回しないのかい?」
つくづく呆れさせられる。
言うに事欠いて、この僕に何かをされるだって?
何かするとして、ガルニ、お前に灸を据える程度だろうさ。
「へえ、困ったら兄に泣きつくのか。可哀想に。
そのお兄様も、キミのようなヘタレた弟を持っているんじゃあ、心を痛めているだろうさ」
「っ……僕をバカにしているのかっ!
そこまで言うならいいだろう、兄さんに直接指導を受けている、この僕の剣を見せてやる!」
直接指導?
あんな準備体操程度のことでそこまで誇っているのか。
「ああ、いいだろう。見せてもらおうじゃないか」
「スタンフィールド東の広場に、夕刻の鐘までに来い。決闘だ」
……つくづく、かつての僕は救えないな。
その場は一旦ガルニを見逃し、ロビンに経過を伝えると彼も苦笑していた。
「レオンが嫌いそうなタイプだね……」
「いかに、かつての僕が浅ましかったか分かるだろう?」
場所も時刻も、全く同じところを指定するんだから面白い。
姿変えの魔法は持続時間が短いから、約束時間前にまたロビンにかけてもらって東の広場へ向かった。
だがそこには、予想外の光景が広がっていた。
膝をついてうずくまっているガルニ。父上が入学のためにとガルニへ与えていた、真新しい剣が地面に突き刺さっている。
ガルニの取り巻きの9人は唖然とし、ガルニと、ガルニの前でペッとツバを吐いた悪童を囲ったまま見ている。
「うっぜーな、突っかかってくんなっつーの」
素手だったんだろう。
恐らく、レオン特有の不思議な魔法で自信満々に振り下ろした剣は傷ひとつ、汚れひとつ負わせることもできなかったと見た。
耳の穴をほじくってから、その手を握ってレオンが拳を腹部へ打ち込んだ――と見える。
細部は異なるかも知れないが、そういうような流れがあったのだろうとは想像がついてしまった。
「……レオンハルト・レヴェルト」
「あ? ……誰だよ?」
僕が声をかけるが、レオンは気づいていない。
この際だ、少し遊んでみるとしよう。ガルニには、世の中には数多くの猛者がいると覚えてもらっていた方がいい。
下らない驕りはこの場で全てすすいでもらわなければ。
「手合わせしてもらいたい」
「は? ヤダっつーの」
「かかってこないなら、こちらからだ……!」
アーバインの剣を抜いたところで、レオンの目つきが変わったのが分かった。
振り下ろした僕の一撃をレオンは避けて、腰から安物の剣を引き抜く。二撃目で、剣がぶつかり合った。衝撃が拡散して地を這って広がった。
「お前……マティアスか? 何してんだよ? あれ? マティアス、だよな?」
「ああそうさ。ちょっとつき合ってくれ。なに、手加減なしでやってくれればいいだけだ」
剣を振り払うとレオンが距離を取る。土魔法で地中から土塊を放つと、相変わらずの凄まじい反射神経でそれを回避された。だが、それを跳んで回避するのは、分かっている。キミはそういう癖がある。
「そこだっ!」
強く踏み込んで剣を突き出した。
手応え。だが硬い。レオンも剣を引き、僕の一撃を受けていた。
さらに仕掛ける。
強く、激しく、重く、速く、鋭く。
火花が散る。負けじとレオンも反撃をしてくる。
その程度じゃないはずだ、キミはもっと強い。
「手加減は、不要と言ったはずだ!」
力任せにレオンの剣を薙ぎ払い、同時に火魔法を放った。
膨れ上がった爆炎からレオンは素早く逃れる。だがキミは、攻撃を避けてから踏みとどまって動きを僅かに止める。そこが狙い目だ。
「はああっ!」
「うおっ、ととっ……!」
「さすがに受けるか」
「マジになりすぎじゃねえか?」
「やめたいかい? それなら、僕の勝ちだな」
「ハッ、冗談!」
レオンに蹴り飛ばされる。足癖が悪いやつだがとっさに防げた。
レオンが走ってくる。迎撃の構えを取ったが、その時に違和感を感じた。急に目の前にもや。
魔法――魔法だが、魔法じゃない。
これは姿変えの魔法の効果切れだ。しまった。
「あ、おいっ――それ何だっ?」
「やっぱり預けよう、レオン! 次は剣闘大会だ!」
風魔法で突風を生み出し、砂塵を巻き上げる。
そうして姿を隠しながら全力で走って逃げた。
「ふぅっ……ガルニには……バレなかった、か?」
危なかった。
遠目に広場の方を見ると、レオンはぽりぽりと首を掻きながら帰り始めていた。
ガルニの取り巻きは僕とレオンがじゃれている間に逃げ出していたらしく、ガルニだけがぽつんと取り残されている。
理解はできないだろうが――これで少しでも反省してくれれば良い。
呆然としているガルニを遠目に眺め、少し可哀想になったから歩いて行った。