最後の一年
序列戦が終わると、また新年度を迎えるころになる。
今年の序列戦はロビンが魔法大会準優勝の功績からシード枠を獲得し、出場することになっていたので観戦に行った。選抜された48人の出場者。俺もそこへ含まれそうになったが丁重に辞退しておいた。
驚いたことに——と言うか、当然だったかも知れないが、俺の周辺人物はほとんどが選抜されていた。マティアス、ロビン、リアン、ミシェーラ―—。
成績優秀者からも選ばれるから、5年生ともなればまあ順当なんだろう。
今年度は魔法大会があったから魔法士養成科の方が参加人数が多い。来年は騎士養成科の比率が多くなるんだろう。
序列戦には来賓も現れる。
卒業予定の学生の親だとか、あるいは騎士団の重鎮、宮仕えの魔法士、王国の大臣なんかに至るまで。まあ中には代理を寄越すようなお偉いさんもいたがそこは仕方ないんだろう。
そんなそうそうたる顔ぶれと、大勢の学生に見守られながらトーナメントで鎬を削る。
剣闘大会や魔法大会の決勝戦のような盛り上がりが毎試合のように繰り広げられ、序列戦の決勝ともなれば会場は超満員でベンチのような席はもちろんのこと、通路にまで学生が溢れ返る。
想像以上に――こう言っちゃあ何だが、レベルは高かった。
ちなみに5年時の序列戦の結果は、序列第一位に騎士養成科の6年生が輝いた。
2位は魔法士養成科の、またしても6年生。
3位には――マティアスが立った。
次の剣闘大会のエントリーナンバー1番は、マティアス・カノヴァスで決定ということだ。
1年、2年と俺に喧嘩を吹っかけてきては返り討ちにしてきた連中も、さすがにあれから4年近く経つとハッキリと実力に差があらわれて、強くなったやつは本当に強くなっていた。束になって向かってくればちょっと手こずるんじゃないかと思うほどには。
余談だが。
ロビンは大舞台に緊張したらしく2回戦敗退。
リアンもまた、調子が良くなかったのか2回戦敗退。
ミシェーラ姉ちゃんは3回戦でマティアスとぶつかって敗退という結果だった。
熾烈な戦いでもあったが、俺を除けば現時点で同期最強はマティアスというのに、今さら驚いた。
前々からそういう結果は見てきていたものの――という驚きだ。
マティアスが単なるビッグマウスで、俺に本気を出せと言ってきたわけではないのも頷けた。
そして新年度に入ってすぐ、オルトから手紙が届いてしまった。
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親愛なる友 レオンへ
先日、ノーマン・ポートへ視察に行った折、チェスター老と出くわした。
チェスター老はキミの帰りをまだかまだかとヒュドラの首のごとく伸ばして待っているようだったよ。
キミもあと1年で卒業ということになるだろうからね。
ちなみに何かしらのキミの失態で留年となったら、ファビオが1年分の学費を取り立てにいくだろうから、そういう憂き目に遭っていたらすぐにどうにかした方がいいだろう。
さて、本題へ入ろう。
キミは今年度で卒業するだろう。
学年上、剣闘大会には参加必須のはずだ。
剣闘大会が終わったら、年度末には序列戦もあるだろう。わたしはけっこう、これが学院時代は好きだったんだ。この時ばかりは(動機はともあれ)、ただ勝つことのみに執着して戦い合う真摯な姿を見ることができたからね。
そのことをふと思い出して、今年度はキミが出場をするはずだし観戦へ行こうと決めた。
懐かしの学術都市スタンフィールド、懐かしの学び舎。ああ、わたしの色褪せようとしていた青春の日々が思い出されるようだ。
折角わたしが観戦へ行くのだから、キミには是非とも素晴らしい勇姿を見せてもらいたいものだ。
そういうわけだから、キミに会える日を楽しみにしているよ。
もちろん、序列第一位に輝く姿を見せてくれるはずだと信じている。
キミの活躍を心より祈る、最愛の後見人 オルトヴィーン・レヴェルト
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マティアスの件もあるから、別にこれ自体は良いにしろ――来るのかよ。
何だか授業参観に親が来る、っていう時のアレに似ている感情だ。ムリして来なくていいと心底思う。レヴェルト領からここまでどれだけの距離があって、どれだけの日数がかかるか分かっているのか。
「まあ、いっか……」
やることは変わらない。
全力でマティアスを叩きのめせばいいだけだ。
手紙の返事を書き上げると夕暮れになっていた。今日は学院の入学式。寮の新入りの歓迎会が食堂で催される。ふざけて新入生として紛れ込んでみようかとも思ったが、やめておいた。今さら初々しいマネもできないし、そうするには俺の制服は汚れすぎてて一目瞭然で気づかれてしまう。
「もう、最後の1年なんだね……」
歓迎会が済み、部屋へ引き上げてくるとロビンがしみじみ呟いた。
「そうだな……。あと1年」
「来年の今ごろは、皆バラバラだね」
歓迎会の残りのワインをくすねてきている。
それを2人で飲みながら、何となく語る。
「ロビンは結局、故郷に帰ってからどうするんだ?」
「うーん……マティアスくんに、序列1位になってもらって、一緒に旅でもしようかな」
「マティアスと?」
「あんまり僕、お金ないし……一緒にいたら、お得かなあ……なんて。あはは……」
「おうおう、すっかり汚れちまったなあ……」
「レオンと出会ったころは、僕、今のレオンくらいの背だったんだね」
「俺も背は伸ばした方だと思うけど……お前らデカいんだよなあ……いかんせん。腹立つわ」
「仕方ないよ、年が違うんだもん」
軽く笑い合う。
ロビンが、すんすんと鼻を鳴らした。
「何か匂うのか?」
「……新しい風の匂い。新鮮で、気持ちがいい香り」
「俺は……分かんない」
「って、方便があるんだよ、僕らの一族には」
「方便?」
「何かあるかなーって匂いを嗅いでみて、何もなかったっていう時の言い訳の文句。
何か起きたらいいし、でもこのままでいられたらいいなあって時に使ったりするんだ」
「ははっ、そりゃ綺麗な言い訳だこと……。バラしていいのか?」
「言わない方が良かったかも」
気楽で平穏な当たり前の日常。
これはもう、あと1年で終わってしまう。
「あ、そう言えばマティアスくんの弟が入学したんだって」
「あいつ、弟いたのか」
「マティアスくんが入学した時と、まるっきり同じ感じで呆れたみたい」
「血は争えねえってか?」
「同い年のレオンに喧嘩売ってみればって言ったらしいよ」
「あんにゃろう……」
「でも、レオンの悪名はもう知られてるんだって」
「もう?」
「きっとレオンが痛い目に遭わせちゃった人をお兄さんに持ってた人がいるんじゃない?」
「……まあいいや」
黄色く光を放つ月が夜空に浮かんでいた。
それを眺めるロビンは窓枠から身を乗り出すようにし、しばらくじっと見つめてから戻ってきた。
「剣闘大会、久しぶりに僕も出ようかな」
「俺と当たったら本気の勝負だぞ?」
「忘れちゃった? 入学初日、僕、レオンをやっつける寸前だったんだよ? アクアスフィアで」
「……あの時とは違うって」
「僕もだよ」
「じゃあ、何か賭けるか?」
「じゃあ僕が勝ったら、尻尾触るのなし」
「……絶対勝つわ」
「よーし、がんばろうっと」
ワインを2人で飲み干して、ベッドへ入った。
明け方に、西の空へ消えようとする月に遠吠えをするロビンの声で目が覚めた。




