慢性もふもふ症候患者ミシェーラ?
普段は汗や怒号や裂帛の気合いが飛び交う修練場だが、今日ばかりは華やかに飾られていた。
天井からは垂れ幕のようなひらひらがいくつも吊り下がっているし、魔法で浮かぶ無数の燭台とそこに灯された火は眺めているだけで何だか圧倒される。それに金ぴかなインテリアなんかも配置されちゃったりして、別室——剣闘大会の時に控室として利用されていた部屋――には大量の軽食やワインなどといったものが並んでいた。
てっきり、好き勝手に踊ってどうぞ、みたいな具合かと思ったらプログラムのようなものがあるらしくて、今年度の魔法大会優勝者と、そのペアが最初に踊り出した。来年、うっかり剣闘大会で優勝しないように気をつけよう。あれは晒し者だ。いや、俺がそうなったら、絶対に晒し者みたいな扱いになる。
それから、ロビンの出番になった。
フォーシェ先生と登場したロビンは顔を引きつらせていたが、主に教官や講師陣からどよめきが起きていた。フォーシェ先生、あんた同僚達にどういう風に見られてるんだよ。
そういう特別に踊る者の順番が終わってから、一般参加者が踊り出す。
踊るための曲もいくつかあって、観客席として用意されている場所に楽団が配置されていた。
「リードできるの? レオン」
「ちょっとだけ、練習したけど……どうだか」
「ふふっ、いいよ。リラックスして。わたしは慣れてるし、レオンが楽にしてくれてればいいから」
正直、あんまりちゃんと踊るつもりがなかったからリアンに教わったダンスはおざなりだ。
それでもミシェーラは上手いこと合わせてくれた。こういうとこは、やっぱ貴族のお嬢様なんだな。
「ミシェーラ、競争率が高かったって聞いたけど」
「え、そうなの?」
踊りながら喋る。
ただ踊ってるだけだと退屈だし、周りを見ると何やら話しながら踊っているのが多かった。
ここはこういう場なんだろう。
「ないなら、いいけど……」
「それよりレオンは? 去年まで、1回も出てなかったのにどうして今回は出ようと思ったの?」
「ロビンに、一緒に行こうって誘われて……。ほら、さっきの、あれ。ああいうの耐えきれないってさ」
「あはは、ロビンらしいね」
「あいつ脅してきてさあ……」
「脅し? ロビンが?」
「そう、尻尾触らせないぞって——あっ……」
内緒にしなきゃダメだった。
と思ったら急にミシェーラ姉ちゃんが俺を凝視した。やべえ?
「いいなあっ!」
「えっ?」
「あたしもね、尻尾触ってみたいの。前につついてみたんだけど、嫌がられちゃって……。獣人族の尻尾って、何だかかわいいよね」
「マジ? え、分かる? 分かってくれる?」
「うん。あれはかわいいよ」
まさか、理解者がいてくれたとは!
しかも、しかもまさかまさかの、ミシェーラ姉ちゃんが!!
「きっと、ふわふわでもこもこなんだろうなあ……って」
「ロビンの尻尾は、ふわふわってよりも、毛の密度が濃くてぎゅってしてる感じだよ。でも手触りがすげえ良くってさ。今俺が着てるこの服の生地なんかより、断然いい。最高」
「本当っ? いいないいなあー、わたしも触ってみたい」
「ま、ロビンの尻尾は俺のもんだけど」
「むっ……一人占めは良くないと思うな」
「俺だって尻尾触らせてもらえるように頼み込んで、やっとだったんだから」
「へえー。いいなあ……尻尾、いいなあ……」
尻尾トークをしてる内に一曲目が終わってしまった。
本当はもっと語り合いたいところだったが、コルセットがキツいらしく休憩にした。
周りを見ると、マティアスがめちゃめちゃスタイルのいい美人の手の甲にキスしている姿が目についた。ツバを吐きつけてやろうかと思ったがミシェーラ姉ちゃんの手前やめておいた。
あれだけひとりは嫌だと言っていたロビンを探してみたが、姿が見当たらない。
まさかフォーシェ先生に食われてるんじゃ――とも思ったが、別室を覗いたらもぐもぐと軽食を食べていた。
「あ、レオンっ、相手ってどんな人――ミシェーラ?」
「やっほー、ロビン。フォーシェ先生、幸せそうにしてたね」
「う、うん、ありがとう」
「あれ、フォーシェ先生は?」
「疲れた、って言って帰っちゃった」
「年か」
「レオン、ダメだよ、そんなこと言っちゃ」
「てへっ」
「あ、あははは……」
ダンスはそっちのけで、まるで休憩室のようになっているこの部屋でだべることになった。
ミシェーラ姉ちゃんは揺れているロビンの尻尾を凝視していた。ミシェーラ姉ちゃんだし、触らせてやりたい気もするがロビンは嫌がるだろうな——なんて葛藤もしたり。
「ダンスパーティーが終わった後って、2人はどうするの?」
ついていきようのない、魔法士養成科のあるあるトークがようやく終わるとミシェーラはそんなことを尋ねた。
が、終わった後なんて言われても俺もロビンも分からずに顔を見合わせる。
一部の盛り上がっちゃった連中はしっぽりとするんだろうが、まさかミシェーラ姉ちゃんがそんなことをお誘いしてくるはずもない。
「どうって?」
「知らない? ダンスパーティーの後ってね、けっこう遅くまで学院が解放されてるの。
だから、色んな話を皆で集まってするとか、そういう……夜会? みたいなのもあるんだよ」
「へえー……知らんかった」
「僕も」
「晩餐会みたいなことを企画する人もいるし、単純にお酒を飲みながら宴会みたいなことをする人もいるみたい」
「ミシェーラはそういうの、出たことあるの?」
「わたしはダンスパーティーは出てたけど、眠くなっちゃっていつも出てなかったよ」
「ふうん……どうする、ロビン?」
「うーん、僕はどっちでも……。ただ、この服は脱ぎたいかも……」
「あ、俺も」
「わたしも……ドレスって、けっこうつらいんだよね」
コルセットで内臓が口から出てきそうなくらい締め上げるとか聞いたことあるな。
どんな世界の女も、自分を綺麗に見せるためには努力を厭わないということか。
「あ、じゃあレオン、リュート弾いてよ」
「ん? ああ、いいけど……」
「レオン、楽器できるの?」
「まあな」
「へえ、楽しそうっ。やろうよ、やろうよ」
「じゃあ、適当に切り上げて、着替えてオールナイトライブとしゃれこむか」
「僕、マティアスくんに声かけてくるよ」
「あ、じゃあ、わたしはリアン誘ってみるね」
気乗りしてなかったが、意外に楽しい夜だ。
話を聞いたマティアスは早速、良い部屋を――どういう方法でかはあえて触れないでおいたが——押さえてくれ、ロビンと寮へ戻ってからリュートとカホンを持ち出してそこへ向かった。と、そこで俺を待っていたのは学院に5年いて初めて存在していたことを知った、パイプオルガンだった。
パイプオルガン。
そう、鍵盤楽器だ。呼吸をしない怪物。
強弱をつけることはできないが、鍵盤を押せば安定した音を発する、ピアノにもよく似たもの。厳密には別ものだけど、まあこの際良しとして。
とにかく俺の胸は踊った。
「鍵盤だ……鍵盤があるぞ、ロビンっ!!」
「けんばん……?」
「これ押したら音が出るんだよ。このパイプの中に圧が加わってな、パイプの一本ずつで違う音色なんだけど……」
「う、うん?」
「分かんないか……。まあいい、リュートもいいけど、久々の鍵盤だ、使わしてもらおうか」
指馴らしにオルガンを弾く。けっこう具合が良い。
最初の音を出した時、ロビンがビクッとしたが音の大きさに驚いただけだろう。
オルガンに触れるのは初めてだが、俺はマルチにキーボードやピアノにだって触れていた男だ。
感覚はすぐに掴めた。
夜会のメンバーが集合したところで、俺のオルガンの腕前を披露してやると受けが良かった。
勝手にアレンジした曲だったが、まあ反応が上々なんだからそれでいい。心ゆくまでオルガンを堪能してから、持ち込んだメシや酒を飲みながら音楽と一緒に騒いだ。
最後には「愛し合ってるかい?」の言葉が有名な尊敬する日本人ロックシンガーのカバーした、明るくも胸に沁みる有名な歌を合唱してやった。
楽しい、夜だった。




