大好きさ
ダンスパーティーが開催されるのは一夜のみだが、前日から授業が休みとなる。
準備のために学院内が飾り付けられたり、ダンスパーティーの用意をしたりという具合で時間がかかるためだ。
いつかマティアスにあつらえられた衣装を俺も仕立て直された。ロビンも一緒だ。
俺の衣装は若草色のもの。
けっこう落ち着いた色合いで、ところどころにキラリと光る貴金属がついてしまっている。燕尾服のようにひらりと長い裾で、動く度に揺れる仕様になっている。
ロビンは海を思わせる青色だった。
獣人族のオシャレは尻尾に輪っかをつけるとか、布を被せるとからしく、人前に出るからには恥をかけないとけっこう前から探し回っていて、結局マティアスに見つけてもらった金色のリングを尻尾につけるらしい。そんなのつけなくてもいいのに。
ちなみにマティアスは臙脂色。
自信に満ちあふれつつ、高貴な印象も与える格調高いものだが——まあ、どうでもいいさ。
マティアスだし。
「何だか、こうして……ちゃんとした格好するのも、悪くないかも……?」
「そうだろう。衣服というものは身分や社会階級を反映させるものでもあるが、同時に自らを表現するためのツールでもあるのだ。中身の伴わぬ服装は見ていてチグハグな印象を与えてしまうが、着こなしてしまえば、他人を偽ることさえもできよう。そもそもだ、人は着衣によって——」
「はいはいはい、ご高説は明日、女の子にでも披露しろよ」
「汚しちゃいけないし、ちゃんと体に合ったから脱がないとね」
「だな」
「キミ達……」
肩の凝る洋品店を出ると、スタンフィールドも賑わっている。
何かと学院行事に被せてセールをしたりする、商魂逞しい人が多い。多くの学生が俺達と同じように衣装をあつらえるために奔走していたり、えらっそうにする学生のせいで汗水垂らして駆け回る商人がいたりもする。
「ロビンは誰と踊るんだ? ともに踊りたいという女性は多かったんだろう?」
「あ、うん……」
「よりどりみどりか、ロビンのくせに……」
「キミだって希望通りの女性をリアンに見繕ってもらったじゃないか」
「でもまだ顔も名前も教えられてねーしー。って、俺はいいんだよ。ロビン、相手は? どんなよ?」
「え? ええ……な、何か恥ずかしい……」
「気があるのか? ならば、ダンスパーティーの夜は、いけるぞ」
「おいこら、ロビンを汚すんじゃねえ、マティアス!」
「学院下層でことに及ぼうとするやつが多いが、そんなのはムードもへったくれもない。きちんと、あらかじめ部屋を用意しておいた方がいいだろう」
「マティアース!!」
「……ええーっと……言わなくても、いい流れだよね……?」
「いや言えよ」
「言うんだ、ロビン」
「……どうしても、言った方がいい?」
「どうせ明日にゃあ知れ渡るんだからいいじゃねえの。なっ?」
「ああそうだ、恥ずかしがることでもなかろう。レオンと違って」
「俺がいつ何を恥ずかしがったって?」
「ヨランド・フォーシェ先生……なんだけど」
「はああああっ!? フォーシェせんせーっ!? マジかっ、えっ、いいの? それあり?」
「確か、レオンハルトが通っている研究室の……?」
「うん、僕、フォーシェ先生のゼミに入ったんだけど……ダンスパーティーが憂鬱って、何かすごい、落ち込んでて……」
「ああ……そうだろうな」
「で、絡まれて……」
「目に浮かぶわ」
「そんな、相手なのか……?」
「ちょっとその……可哀想になっちゃった、っていうか……。同じ獣人族だしって、思って……」
「同情かよ」
「ロビンに期待した僕らがバカを見たということだな」
「ああ……」
「……何か僕に失礼じゃない?」
「既成事実を作られるなよ。行き遅れは、その気になったら怖いぞ?」
「え?」
「とりあえず、酒に酔わせて持ち帰りパターンに気をつけろ」
その場では大事なアドバイスをしておくだけに留めた。
午後は時間ができたから、ロビンと一緒にカホンを作って合奏しておいた。獣人族は打楽器の文化があるようで、俺がカホンを教えると血が騒いだようでどんどこどんどこと楽しそうに叩き出したのだ。
だからその民族的なのと別に、規則的なビートを教えた。あとはそれに、俺のリュートを合わせて、歌えばアコースティックな音楽のできあがりだ。
音楽はひとりでやっててもいいが、誰かと合わせるのも醍醐味だろう。
その内、マティアスにも別の楽器を仕込んでみたいとか思ってたりするが——まあ、それはいずれでいいだろう。
ダンスパーティーには何故か前夜祭があって、これはパートナーを見つけられなかった者同士で、慰め合ったり、リア充に怨嗟を叫んだりする愉快なイベントだ。
うちの寮にはそれはそれはたくさんのあぶれたやつがいて、俺が5年かけて普及させてきた歌を一緒に歌い散らして大いに騒いだ。カホンも大活躍だった。
まあ、あぶれた男女で愚痴をこぼし合う内に、じゃあお前らで行けよと囃し立てて成立したところもあったりはしたが、それはそれだ。
そして、当日を迎える。
ダンスパーティーの会場となる、いつもの一番大きな修練場には男女で揃っていないと入場ができないということになっている。だから、学院内で待ち合わせるのが一般的だ。リアンには食堂でセッティングをしておいたと心強いことを言われた。
堅苦しい衣装へ袖を通し、マティアスが寄越してくれた人に髪の毛までがっちり油で固められた。ロビンは臭いに敏感だからか、これを嫌がっていたが諦めて受け入れていた。
さて、どんなかわいこちゃんが現れるのか。
大人っぽく見せたがる、健気なかわいさのある女の子。うーん、自分でリクエストしておいて、何だかいまいち想像力が足りてない。
なんて思っていたら、食堂に場違いなドレスの女性が現れた。
裾がふわりと広がった大きなスカート。
豪華さは保ちつつも、決して派手にはなりすぎた印象はない。
色は――ベージュと言ったら、ババ臭い感じもあるが、そういう色だった。
たっぷりとした栗色の髪を綺麗にまとめて結い上げている。
綺麗な女だと思いながらまじまじと顔を見て――
「あ、レオン、お待たせ!」
ミシェーラ姉ちゃんやんけっ!!!!
そら、そら、まあ、うん。
かわいいさ。
綺麗さ。
だけど、違うだろう……。
ミシェーラ姉ちゃんは知らないけど、レオンハルトとしてはお姉ちゃんだもの。
確かに、胸部装甲はそこまで重視しないと言ったさ。
確かに、年上だとも言ったさ。
確かに、子どもらしさが抜けない感じだとも言ったさ。
だけどさあー。
だーけーどーもー、さーあー?
「レオン、今日は決まってるね。どう、このドレス?
ちょっと地味かなあって思ったんだけど……似合ってるかな?」
「完璧に綺麗だよ、ミシェーラ」
「ほんとっ? やった、えへへ〜」
ちくしょう、かわいいなあっ!!
大好きさ、確かにミシェーラ姉ちゃんのことは大好きだ。
だけどさあ、違うだろう。
違うんだよ、こうじゃないんだよ。俺が求めてたのは。
「じゃあ行こっか。エスコートしてもらえるのかな?」
「……して欲しい?」
「してくれるんなら」
「じゃあ、行くか。ミシェーラ」
長い手袋をはめているミシェーラ姉ちゃんの手を取り、会場へ向かう。
俺が求めてたものとは違うが——まあ、これはこれでいいことにしておいた。
姉弟なのにちゃんと手を繋いだことなんてなかったし。
それに。
この機に乗じてミシェーラ姉ちゃんにツバをつけようとする悪辣の徒を近づけさせないでいられるからなっ!
今夜の俺はミシェーラ姉ちゃんの騎士様だぜ。
声かけてきたら全力で殺気放って威嚇してやる。