ロビンの恐喝
騎士魔導学院には、ダンスパーティーなる行事がある。
1年の時も2年の時も3年の時も4年の時も、一度として、一秒として参加してこなかった行事だ。
きらびやかな衣装を着て、優雅に男女で踊る――というだけのイベントだ。
まあ騎士にしろ、魔法士にしろ、そういうものに出席することがあるかも知れない、というような名目で開催されているんだろう。
で、実情としては若い男女が恋に落ちるような人間ドラマがあったり。
貴族らしく、水面下で色々と俺の頭じゃ想像できないゲームをしていたりもするんだと思う。
もちろん今年も出るつもりはなかった。
何せ、俺はまだ入学適齢期未満の身で、踊るとなっても背が合わない。
それにダンスなんて知らない。やったこともない。
社交界なんてものに興味の欠片もない。
だから、出るつもりは、なかった。
なのに。
「レオン……お願い、一緒に行こう……?」
「やだ」
「でも僕、ひとりで行くのやだよ……」
「マティアスがいるだろ」
「マティアスくんは毎年、女の子との予約がいっぱいらしいから頼れないし……」
「リアンもいるし」
「リアンも大人気で近寄るのもできないよ……。
だからお願い、レオンっ、僕、人前で踊るなんてできないし……ほらっ、僕と一緒で、できないレオンがいてくれたら心強いからっ!」
「やーだぴょん」
「……尻尾」
「ん?」
「もふらせてあげない……」
ロビンに恐喝されて、出ることになってしまった。
ロビンは今年度の魔法大会で準優勝を果たした。
そしてダンスパーティーは、剣闘大会と魔法大会の上位者を集めて踊らせるのが恒例だった。
そこでロビンも出るつもりはなかったのだが、強制招集とされてしまったのだ。
サボればいいのに、ロビンは負けた、踊りたかった人に申し訳ないから、と嫌がりつつも出るらしい。律儀だ。
「ダンスパーティーってさあ、相手見つけないとダメなんだろ?」
「……そうだね。女の子の、ダンスするパートナーいないと、踊れないし……」
「俺、相手見つかる気がしねえよ。ロビンは宛てあるの?」
「……同じクラスの娘に、色々……えへへへ……」
「クソぅ、クソぅ……ロビンのくせに……」
「だ、大丈夫だよっ、レオンだって見つかるって、きっと!
えと、えと……ほらっ、もし見つからなくても、僕から、お願いして——」
「払い下げ品なんかいるかよっ!」
そもそも、騎士魔導学院は男女比のバランスが取れていない。
騎士養成科は100パーセント男子のみという、非常にむさ苦しいことになっている。
で、女子は魔法士養成科にいるが、ここでの男女比率は、男6:女4となっている。
圧倒的に、女が足りていない。
そこへマティアスのように、ダンスパーティーの一夜で何十人もの女子を相手にするクソ野郎がいるから、さらにグッとあぶれる確率が高まるのだ。
まして俺は、学院じゃいつのまにか悪童とかって不名誉すぎる渾名をつけられている始末。
あることないこと、悪い噂まで垂れ流されてしまっている。しかも、背も低い。
そんな俺に、ダンスのパートナー?
ハッハッハ、見つかるはずもないだろう。ちゃんちゃらおかしい話だけどなっ!!
マジ憂鬱。
ブルーだ。
ブルースでも弾きたい。
「どうしたもんか……」
「口説いてくればいいだろう」
「死ね」
「だからキミはすぐに、そういうっ!」
「わたしが紹介してあげましょうか?」
とりあえず、学院で話してみたら、意外なところから救いの手が伸びてきた。
リアンは何でか女子の噂だとかにも詳しい。そんなリアンが、誰か見繕ってくれると言うんなら……。
「いい人いる?」
「レオンはどのような女性が好みですか?」
「選べんの?」
「まあ……一応、希望程度は聞いておかないと互いに、つまらないことになってしまうでしょうから」
「僕はやはり、品のある女性だな」
「お前には誰も聞いてねえよ」
「この学院の女性は皆さん、気品を持ち合わせていますよ」
「そしてお前はさらっとフォローがあれだな……色男だな」
「まあまあ、レオンの好みは? やはり、獣人族の女性ですか? 確か、3年生にいた気がしますね」
「マジでっ? ——って、俺を何だと思ってんだよっ!?」
「尻尾狂い」
「ええ。一部ではそのように認知されていますね」
「……クソっ、否定しきれない自分が悔しい」
何で尻尾の良さをこいつらは分かってないんだ。
世界が俺に追いついてきていない。
「それで、冗談は置いておくとして……好みの女性は?」
「そうだな……。まず、胸部装甲があること」
「薄い方が好みじゃないのか?」
「いや、まあ……うーん、まあ、そこまで重視はしねえけど、あった方がいいだろ。
まあ、あっても形が悪いよか、小さくて形がいいって方がいいけど……難しいな」
「僕は少し控えめな方が好みかも知れないな」
「うっそ、マジで? お前があ? 何でも豪華な方が好きなんだろ?」
「キミこそ僕を何だと思ってる? いいかい、女性の胸というのは愛でるべき対象だ。
豊満な胸というのももちろん素晴らしいだろう。しかしだ、目的は愛でることにあるのだから、つつましやかで草原に咲く一輪の花のような可憐さも良いのだ」
「言い方がキザなんだよ」
「ふっ、こういう話を下品に仕立てるのは僕の貴族としてのポリシーが許さな——」
「リアンは? 女のタイプ」
「まだ喋り途中だぞっ! 最後まで聞け!」
「わたしは並程度で。あんまり大きくても肩が凝るものですし、ほどほどが良いと思われますね。肩こりは大敵ですよ」
「着眼点が違うな」
「おい、僕を置いて話を進めるな」
「はいはい、マティ坊はちっぱい好きな」
「だからっ、僕は愛でるべきものとして……!」
「胸以外でレオンの好みは?」
「リアン、頼むからキミも僕を置いていかないでくれないか?」
「色気がある方がいいよなあ」
「その年で色気とか言うんじゃない、レオン」
「色気ですか……。では、どちらかと言えば大人らしい女性の方が良い感じですかね」
「そうだなあ……。ま、落ち着きがあって、ちょっと下品な話にがんばって食らいつこうとするんだけど恥じらいを隠せないで、だけどそれに耐えながら健気に話に混ざろうとするような……」
「ニッチだな、キミの趣味は」
「ふむ……けれどそれだと、大人らしいというよりも、子どもらしさが抜けない女性というような感じでしょうかね?」
「あー、そうかもな、大好きかも」
「なるほどなるほど……」
「どうして僕らは昼間っからこんな下世話な話をしているんだ……?」
「ぴったりの女性がいますよ」
「マジでかっ!?」
「ええ。倍率は高い娘ですが、恐らくレオンなら……いけるかと」
「おおっ、マジか、マジか。すっげえテンション上がってきた。あ、でも俺、ダンスできねえや」
「ダンスの授業もあっただろう」
「え、あったっけ?」
「いえ、その時、レオンは丸々1年も学院にいませんでしたから」
「あー……そん時にやったの? 良かったような、間の悪かったような……」
「やれやれ……僕が教えてやろうか?」
「リアン、おせーて」
「ええ、いいですよ」
「だからどうして僕を蔑ろにするんだっ!?」
「その相手って、どんな人?」
「それは当日のお楽しみ――ということにしておきましょう」
焦らしやがって、焦らしやがって、このこのう。
しっかしリアンはすごいな。嫌味な感じがさっぱりない。もしもこれがマティアスだったら鼻につくことばっかり言われてたはずだ。
さらっとダンスの練習だけして、うきうきでダンスパーティーを待つこととした。
果たしてどんな相手がくるものか。
「ふっふっふ……年齢を利用してセクハラしまくってやるぜぃ……」
「レオンって、生きてて楽しそうだよね……」
ロビンにぼそっと言われた言葉は、けっこう刺さった。