リアンとミシェーラの希望進路
「卒業後ですか。わたしは好きにして良いと父に言われています。
このまま騎士団へ入るのもやぶさかではありませんし、自由気ままに旅暮らしをするのもいいですよね。
実家へ帰って家族とともに暮らすのも楽しいかも知れません。会ったことはないんですが、幼い弟がいまして。
正直、どうしようかとまだまだ考え中ですね」
リアンにも尋ねてみたら、マティアスやロビンと違ってカラッと考えていた。
自由にしても良いとは、貴族にしちゃあ随分と放任主義だな。
「商売をしてみるのも良いかも知れませんね。
各地を巡って珍しい品を仕入れては売る、行商人とか」
「セールストーク上手そうだもんなあ……」
「お褒めに預かり光栄です」
「よっ、能面!」
「はて、ノウメンとは?」
「え? あー……んー、のっぺりした笑顔の仮面というか」
「おお、ノウメン。わたしにぴったりじゃないですか。ハハハ」
「笑えるのか、お前、それで……」
つくづく変なやつだ。
それに何か中身がこいつ成熟してる感じがあるんだよな。
まだ若いのに。いや、こいつが転入してきた時からそうだったような気もする。
「レオンはどうするつもりなんですか?」
「考え中。ほら、学院卒業したって、俺まだ若いから。慌てることもないだろ?」
「それもそうですね」
「……何かお前、投げやりな感じねえ?」
「おや、そんなつもりはないのですが……最大限に他人の意見を汲み取った上で肯定しているだけに過ぎませんよ」
否定ってのをなかなかしないんだよなあ、こいつ。
「まあ……わたしは少々、特殊な事情がありましてね」
ミステリアスにリアンが笑う。
「特殊なのは性格じゃねーの?」
「おお、よく分かりましたね。さすがです、レオン」
よく分かんねーやつ……。
「ミシェーラは、卒業後は?」
最後に尋ねたのは、ミシェーラ姉ちゃん。
魔法士養成科の授業が終わるのを待って声をかけて捕まえた。
「屋敷に帰って……」
懐かしの、俺の生家か。
あそこの使用人達は元気なんだろうか。あと見たこともない、俺の弟。
「それから、王都かな」
「王都?」
「お父様がそこにいるから」
「……屋敷と、別に?」
「うん。わたしが学院に来るまで暮らしてたお家はお母様のご実家なの。
お母様が体が弱いから、静かなところで過ごした方がいい、ってことで。
でもお父様は王都にお屋敷を持っているから、わたしはそっちへ移って……結婚、かなあ」
け、けけけけっ、こんっ!?
「結婚っ!? すんの!?」
「え、ええっ……? そりゃ、するよ?」
「何で! 誰と!」
「相手とかは決まってないんだけどね。あははは……」
あはは、て……。あれ?
あれ、いやおい、それよかあれだよ。
何かこうお嫁さんに夢見てるってよか、ミシェーラも貴族だし……。
「せ、政略……結婚、みたいな?」
「うん」
マジかよ……。
マジでかよ……。
ミシェーラ姉ちゃん、政略結婚するのかよ……。
いや、そうだよな、うん、冷静になれば別に珍しい話でもない——にしろ。
「それでいいの……?」
「何が?」
「……親の決めた相手と結婚だろ?」
「うーん……でも、もうずっと昔から決まってることだし……仕方ないんだよね」
そういうもん——なのは分かるけども。
いいのかあ? 良いイメージがさっぱりないのに、それっていいのかあ?
「そんな顔しないでよ、レオン」
「……でもさあ、いいの?」
「いいんだよ。お母様も、お母様のお母様も、そのまたお母様も、ずっとそうしてきたんだもの。
そうして続けられてきたことなんだから、わたしだって同じことをするだけ。ただそれだけなんだよ」
「ミシェーラがやってみたいこととかは?」
「うーん……かわいいお嫁さんになって、元気な赤ちゃん産むことかな」
「……さいですか」
それなら、何も言うまい。
言うまいが——ヤダなあ、何か……。
「それで……そんなにため息ついてるの?」
「何かさあ……何この気持ち? 何だと思う?」
「嫉妬よ、それは。レオン、あなたはクラシアさんに恋してるのね」
「違いますぅー、そういう感情じゃありませんー」
「もう、つまらないの」
フォーシェ先生がジト目をしてくる。
「何で皆して、そういう勘違いするかね……」
「だってそうとしか思えないじゃない?
でなきゃ……そうね、まるで親しいお姉さんとか、妹に対するみたいな態度よ?」
フォーシェ先生、ビンゴ!
景品はないけど。
「それにしても、早いのねえ……。もう卒業後のことを考えてるなんて。
毎年、教え子を送り出してるけど、いつもいつもすぐに時間が過ぎちゃって、何だか取り残されてる気分」
「いやいや、せんせーは今、オルトと同い年だから三十路も過ぎて、ええと……あれ、すでにアラフォー?」
「数えないでっ!
やめて、たまに結婚報告とかくるの心に刺さるのっ!
わたしは魔法と結ばれているから幸せなのよぉっ!!」
「幸せなら必死に聞くまいとするなよ……」
「あーあーあーあーあーあー、聞こえませぇーんっ!!」
これだから行き遅れは——げふんげふん、何で心の声を聞いたかのようにめちゃくちゃ鋭い視線向けてくるんだか。
「あたしだって、好きで独り身なわけじゃないのよ?」
「あっハイ」
「聞きなさい、レオンハルト・レヴェルト!」
妙なスイッチ入れちゃったかあ?
「これでも学生時代はモテてたんだから!」
「オルトが言ってたっけ、そういや……。
『ヨランドくんはそれはそれは素晴らしい、魔法士の卵だったよ。
彼女は少しでも珍しい魔法を使った学生を見つけては、飢えた魔物のように一目散に追いかけていくんだ』って」
「〜っ……やめて……それはやめて……」
本当だったのか。
ガチヘコみじゃねえかよ。
「違うの、純粋な好奇心だったのよ……。
色々とつき合ってもらって、でもあたしはその時は恋愛とか興味なくって、面倒臭いからポイ捨てしていたの。
優先順位の問題だっただけなのよ、なのに一段落ついたころにふと気がついたら不名誉な噂が流れてて……ううう……」
残念だなあ、やっぱ。
どうせ、最初に俺を研究室へ誘った時みたいに思わせぶりな態度で引きずり込んでいったんだろう。
それで思春期真っ盛りの引っ掛けられてしまった学生諸君は勘違いして、気があるとか思っちゃったんだろうな。
そこへ「優先順位の問題」とやらでフォーシェ先生があちゃー、な感じでやっちゃったんだろうなあ。
さぞや傷心しただろうなあ、引っ掛けられちゃった学生諸君は。
「でもいいの、わたしは魔法と結ばれるのよ!
だから全然、これっぽっちも寂しくなんてないし、研究に一段落ついてふと周囲を見た時の虚しさとかどうとも思ってないんだから!」
「いや、虚しさ感じてるじゃん」
「どうとも思ってないのよぉっ!!」
顔を手で覆ってしまったフォーシェ先生の肩を叩く。
「レオン……?」
「俺は知ってるよ、フォーシェ先生のいいところ」
「レオンっ……」
「きっと、せんせーみたいな残念な人が好きって人もい——ぐふおっ!?」
みぞおちに叩き込まれた。
「残念とか言わないで、失礼しちゃうわね!」
「その年で……ぷんぷんすんのは、しょーじきキツ——」
ギロっと、魔物並みの目で睨まれた。
「……せんせーにもきっといいあいてがみつかるはずだからだいじょーぶだよー」
「あら、嬉しいこと言ってくれるのね」
言わせたんだろうが。
言わせたんだろうがよ。
何遍だって言ってやってもいいけど、その度にボコられる気がして黙っとくけど。
「はぁぁ……何か虚しい」
しかも言わせといてさあ、そういうさあ。
俺の方が虚しくなるっつーの。
「あ、卒業しても、あなたは研究室に来てくれてもいいのよ。
まだまだ研究したいことは山ほどあるから」
「……卒業までに終わるようにスケジュール立ててください」
それに最近、さっぱり魔法が使えるような手応え感じてないし。




