マティアスとロビンの希望進路
「なあレオン、少し話したいことがあるんだ」
「パス」
「何でだっ!? どうして即答――いや、断る!?」
「だぁーって、お前のその神妙な声のトーン、明らかに面倒臭いし……」
身構えて言われると嫌になるってもんだ。
魔物の討伐をする、という演習授業。馬を駆ってスタンフィールド近郊を駆け回り、一人頭5頭の魔物を狩れという内容。早々に俺とマティアスはそれを終わらせ、空いた時間にスタンフィールドの都の食堂でランチタイムを過ごしている。こんな簡単な演習に、丸一日も使う必要はないと思ってしまうが中には初めて魔物と戦う、なんていう箱入り坊ちゃんもいるようだ。
「友達甲斐のないやつだな、キミは」
「マティアスくんはもっと広ぉーくお友達作った方がいいんじゃねえの?」
「ふっ、僕はキミと違って大勢のガールフレンドがいるから問題ないんだよ」
「死ね」
「死ねと気軽に言うんじゃないっ!」
二言目にはすぐモテ自慢をしやがって。
どーせてめえの人柄じゃなくて家柄を見て近寄ってんだ、っつーの。ふんだ。
「だったら俺に相談しねえで、そのガールフレンドちゃん達に相談しろよ」
「いやダメだ、彼女達はそういうのに向かない」
「ばっさり言うよな、お前も」
「適材適所、というものがあるんだよ」
「あっそ」
「それでその適材たるキミに話したいんだが……」
流したつもりなのに持っていかれた。
まあいいや、聞くだけ聞いてやろう。
「実は、卒業後のことで考えていることがあるんだ」
「卒業後? ……騎士団を担うんじゃねえの?」
「ああ、ずっと、そうしようと思っていた。まずは騎士団に入り、トップに登り詰め、父上から家督を譲られて領主になろうと」
ご立派な将来設計だこと……。
「だが、ここ最近になって、それでいいのだろうかと考えるようになってな」
「ん?」
「騎士団は閉じた世界だ。
国王の剣となり、国民の盾となり、ディオニスメリア王国を守護する——という大層立派なご題目はあるが、今やその理想は形骸化している」
「……そんで?」
「本当に立て直すには、もっと広い視野を持たなければいけないんじゃないだろうか?」
あっ、俺知ってる。意識高いってやつだ。意識高いたかーい。
自分探しとか言って旅に出ちゃうようなパティーンだ。でもって、東南アジアらへんに行って、口を揃えたように大多数が人生観が変わった、とか言っちゃうやつだ。自分は特別なんだとか思いながら、同じことをしたやつとは全く同じような感じになっちゃってるやつだ。
「だから、旅に出ようかと——」
「はいビンゴー!!」
「何がだ?」
「ああ、こっちの話。続けて続けて」
まあ否定はしないけど、マティアスが旅ね。
キラッキラのピッカピカでいないと生きていけなさそうな感じにしか見えねえのに。
「だが……父上は僕に期待をしている。騎士団へ入り、トップへ登り詰めること。幼いころから、そうするのだと教えられてきた。もちろん、僕もそうしたい気はあるが——卒業後すぐ、というのはどうだろうと思ってしまうんだ」
「親父と話せば?」
「反対されるのは目に見えている」
「説得しろよ。それでダメなら、そっから先はマティアス次第だろ。諦めきれないんなら出てけばいいし、諦めるんなら覚悟決めて進めよ」
親に反対される程度で諦められるんなら、そんな程度の気持ちならやらない方がマシだろう。
中途半端にやるのが一番悪い。そういうのは途中で道に迷って、時間をムダにしたと嘆く未来が待っている。やり直すチャンスに巡り会える人間はそう多くない。
「……まったく、キミは想像通りのことを言うな」
「はあ?」
「いや、それでいいんだ。……そうするしかないとは分かっている。
だが僕だって、たまには悩むのさ」
「いや、別にお前がさっぱり悩んだりしない完璧超人だなんて思ってねえよ」
「ふっ……やれやれ」
「取り繕ってもムダだっつーの」
「キミはどうするんだ?」
「俺?」
「そもそも、キミは学院を卒業して……12歳、か? 若すぎるだろう。レヴェルト卿のところへ帰るのか?」
「あー……んー、まあ、一旦は帰るけど、決めてねえんだよなあ」
そろそろ、考えねえとダメか。
のんびり、じいさんの余生につき合ったりしてもいいけど、どうせなら色々と見て回りたいしな。どこか一箇所に落ち着くのはまだまだ先でいいような気もする。リュカの件もあるし——。
「ロビンや、リアンはどうするんだろうな」
「……そうだな。あんま、そういう話って今までしてなかったし」
「まだまだ先と思ってはいたが……もう1年と半分しか、いられないのか。こうして考えてみると、あっという間になりそうだ」
相談料として昼飯代をおごらせて、学院へ帰った。
進路か。こんなんに悩むのも、随分と久しぶり——でもないか。
前世じゃあ、高校を出てからずっと、このままでいいのかって焦燥感があった。
まあでも。
後悔はしてない。
いっそ、レオンハルトとして音楽家――なんてのは高尚か。
歌ってリュートを鳴らして、いつかギターを作って、それ一本で各地を回って過ごすのも悪くないかも知れない。青臭くたっていいさ。俺はまだ、推定11歳だ。
「卒業後?」
「そ、マティアスが何か考えててさ。ロビンはどうなのかなーって」
「とりあえずは故郷に帰る……かな」
「ロビンの故郷って?」
「ヴェッカースタームの南部だよ」
「……ヴェッカースターム」
「ヴェッカースターム大陸。ディオニスメリア王国の南にある大陸だよ。
森と荒野と湖の大陸なんだ。こっちと違って、たくさんの獣人族が暮らしてていいところだよ」
ほほう、獣人族がいっぱいか。
それは胸が躍る。色んな尻尾がそこにはあるということじゃないか。
「あ、レオン、目」
「は? 目?」
「僕の尻尾見る目になってる……。ダメなんだからね?」
「うぇへへへ……良いではないか、良いではないか」
「ダメですぅー」
ロビンの尻尾へ手を伸ばしたが、さっと避けられた。
「…………」
「…………」
もう一度手を伸ばす。
掠らない。
もう一度。
早くなる。
「とうっ、たあっ、ていやっ、せいやっ、はあっ!」
尻尾を触ろうと手を伸ばしまくったが、ことごとくかわされた。
やるじゃないか。
「……ロビン、尻尾」
「お預けです」
「ちっ。……そんで、そのヴェッカースターム? の故郷に帰ってからは?」
「うーん、魔法士として生計を立ててもいいんだけど……」
「けど?」
「僕は金狼族っていう一族なんだけど、けっこう、魔法って軽視されてて……。
やっていけないこともないんだろうけど、ずっと故郷で過ごすのもどうかなあって思ったりして。
だけど戦士としての務めだってあるし……うーん……」
「戦士としての、務め?」
「あ、うん。僕ら金狼族の他にも、同じ森の中には色んな種族がいてね、その村を魔物や、外敵から守るっていうのは金狼族が代々務めてきた役目なんだよ。だから戦士の一族とか言われたりもするんだけど、僕みたいに外へ行く仲間はほとんどいなくてさ」
ロビンもなかなか、複雑な事情を持ってるみたいだな。
どこの若者も、外の世界というやつには憧れるものなのかも知れないな。
かくいう俺だって、片田舎から華の大都会へ繰り出してきた口だったし……。
「いっそ、マティアスくんに雇ってもらおうかな?」
何するのか知らないけど、と付け足しながら冗談めかしてロビンは笑った。
「そんなら、俺の専属尻尾として……」
「ダメです」
振られた。
レオンハルト悲しいっ。